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かつて絶交した幼馴染と再会できたなら、その時はあなたを二度と離さないと決めていました。  作者: 白藍まこと
-友達-

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36 私は違和感を感じている


 7月1日


 至って普通の平日であるこの日が、どういう日であるか。

 それは人によってそれぞれだろうけど、今の私にとっては特別な意味を持ち合わせている。

 それは他ならない陽葵(ひなた)の誕生日だからだ。


 しかし、なぜだろう。

 今日この日を迎えて、私はそわそわと落ち着かない。

 学校に行って、いつも通り授業を受けて、放課後に陽葵とこの家に帰ってくればいいだけ。

 準備は済んでいる。

 もう特にやる事はない。

 だから、こんなにも焦る必要はないはずなんだけど。


「……いや、準備したからこそ緊張するのか」


 これらを陽葵が受け入れてくれるのか。

 わざわざ彼女の誕生日を独り占めするのに、私は足り得る存在なのか。

 今後の私達の関係性を続けていくきっかけになるだろうか。

 期待は、不安の裏返しにもなってしまう。

 だから、こんなにも落ち着かないんだ。




        ◇◇◇




「おっす(ゆき)……って、なんかテンション低くない?」


 朝、いつも通りに迎えに来てくれた陽葵は私の様子を見るなりそんな感想を口にする。

 なぜか、私の異常は見抜かれていた。

 

「私のテンションが低いのはいつもの事でしょ」


「そのデフォのローテンションよりも低いから言ってるんだけど」


「……」


 普通は私の最初の一言で終わる会話のはずなのに、幼馴染という関係性はこうして糸も容易く会話を繋げてしまう。

 細やかな差が分かるというのは仲の良い証明ではあるのだろうけど、こういった場面では逃げ道を塞がれてしまう要因にもなってしまう。


「そこはほら、今日は誰かさんの誕生日なんだから盛大に祝ってくれないと困るんだけど?」


 “誰かさん”と言われても、このタイミングでは陽葵の誕生日しかないと思うんだけど。

 でも陽葵からすると、自分で自分の誕生日を祝えと言うのもおかしいから濁しているのも分かるんだけど。

 だけど、私はその陽葵の誕生日だからこそ、今こんな状態に至っている訳で。


 ……お互いに、ままならない状況らしい。


「後でちゃんとお祝いするよ」


「そのテンションで?」


「その時になったらハイテンションになるよ」


「……えー?」


 全然信用していない目を向けられていた。

 気持ちは分かるけど、そこはもう私を信じてもらうしかない。


「まぁいいや、じゃあそれは期待するとしおいて。今日からしばらくは私の方が年上なわけだよね?」


「……それが、何」


 確かに誕生日は私の方が後だから、数か月だけの年下ではあるけど。


「敬語とか使ってくれてもいいんだよ?」


 陽葵は不敵な笑みを浮かべながら、そんな子供じみた事を言う。

 

「未だにそんな事言う人いるんだ」


「あたしが雪に言ったのは初めてだけど」


 確かによく聞く会話ではあるけど、私自身に言われたのは初めてかもしれない。

 以前の私と陽葵とでは無かった会話なのだから、これも仲が深まっている証拠だろうか。

 でも、それが必ずしもやるべき行為かと言えば、それはまた別の話だ。


「ほら、これも誕生日のお祝いの一環として。ハイテンションで祝ってくれるんでしょ?」


「……」


 誕生日のお祝いとして、私らしくない行為をしてみて欲しいという事なのだろう。

 敬語で話すくらいで陽葵が喜んでくれるのなら、それはコスパの良い行為ではある事には間違いないだろうけど。


「お誕生日おめでとうございます、羽澄(はすみ)さんもこれでまた一つ大人に近づきましたね」


 お望み通りの敬語で接してあげた。

 日常にはない会話だから、さぞかし陽葵も喜んでくれるだろう。


「アレだね、雪の敬語は余計にテンション低く感じて距離感遠くなるからダメかも」


「……」


 陽葵はぽりぽりと頬をかいて、思っていたのと違ったみたいな反応をしている。

 素直に言う事を聞いたのに、この返しはこれはこれで酷いんじゃないだろうか。


「どっちなのさ」


 ちょっと理不尽だったので、私はスクールバックを軽く振り回す。

 “おおっ”と驚いた声は出ていたけど、陽葵はさっと躱してしまっていた。

 反射神経がいい。


「うん、いつもの雪がいいね。それが一番かも」


「なら最初からそう言ってよ」


「でもほら、お祝いの日ってのは変化も大事だし」


 ……そう。

 いつもと変わらない日常を、少しでも特別にしたいのなら変化は必要だ。

 つまり、私がすべきは陽葵の日常への変化を起こす事。

 それがプレッシャーとなっているから、私はやはり朝からこんなテンションにならざるを得ないのだ。


「そんな事、分かってるよ」


「分かってるのに、むしろテンション低くなってるのはどういう事?」


 これ以上説明すると、陽葵に気持ちを曝け出すような物だから。

 ここからの気持ちには蓋をしておかないといけない。


「その低いテンションが変化ってことかもね」


「物は言いようすぎる」


 さすがにこれは私も当てつけが過ぎるとは思った。

 でも、全てを打ち明けるわけにも行かないのだから仕方ない。


「……というか、それで言ったら陽葵も私に敬語で接してくれてもいいんだけどね」


「なんで?」


 一応、精神年齢的には私の方が多分年上だから。

 とは言っても、学生の延長に過ぎない大学と浅い社会人生活を送っただけでは、人間としては全然成長はしなかったのだけれど。

 変わったのは、後悔が降り積もった所くらいだ。

 それでも数か月先の誕生日で陽葵への敬語が適応されたなら、私にだって適応されていいはずだ。


「精神年齢はきっと私の方が上だから」


「……なるほど」


 思いの外、陽葵は納得してくれたようだった。


「それなら白凪(しろな)さん、もうそろそろ出発しないと学校に遅れてしまいますよ?」


 本当に陽葵は敬語になった……なったのだけれど。


「違和感しかない」


 陽葵は先生や先輩ですら砕けた話し方を通す人だから、あまりに聞きなれない敬語は違和感しか生まなかった。


「何でもかんでも変化すりゃいいってわけじゃないって事かもね」


「……それは、そうだね」


 なら、必要な変化は何だろうと考えてみて。

 その答えは、もう既に私が散々してきたという事にすぐに気付く。


「とりあえず、誕生日おめでとう陽葵」


「うん、ありがとう」


「ちゃんとしたお祝いは放課後で」


「待ってるよ」


 私が陽葵を素直に求めること。

 その変化が私に最も必要な事だった。

 だから、その結果がこうして期待と不安になっている。

 いいんだ、行動したからこその緊張なのだから。


 それに気付いた私は、この重い心も少しなら我慢できる。




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