32 私が出来ること
夜は退屈で、暇な時間を弄ぶ事が多い。
スマホを開けば娯楽に溢れているはずなのに、今の私はそれに浸れるような気分じゃない。
なぜか何をしても面白くなかった。
気になるのは陽葵の事で。
私が彼女に対して何が出来るかを考えてみる。
何か喜ばれるような事がしたいと、私は感じていた。
それは仲を深めたいという打算的な気持ちも少なからずあるけれど。
それよりも、こうして今を過ごしている時間に意味を見出したかった。
本当であれば絶交していた陽葵との関係性、そこで私は虚無に近い時間を過ごした。
だから、こうして一緒に時間を過ごせる事の価値を私だけが知っている。
だから、私に何が出来るかを考えて。
ふと思い至る。
「……陽葵の誕生日、だな」
以前までだったら希薄な意識で過ごしていた陽葵の誕生日。
だけど今の私ならきっとそこに意味を見出せると思う。
けれど、そこで思い留まる。
「……なに、あげたらいいんだろう」
いや、もうすぐ陽葵の誕生日が近づいている事は分かってはいた。
だけど、問題は私が彼女の好みを把握しきれていない事だった。
だから以前、北川さんに陽葵の好みを聞こうしたけど有耶無耶になって、陽葵に聞いても変な感じで終わってしまった。
「改めて北川さんに聞いてみる……?」
いや、でもあの時は友達に戻るために聞いただけで。
友達に戻った私が、そこまで遠回りする必要はない。
本人から直接聞けばいいだけの話……のはずだ。
◇◇◇
朝は陽葵が迎えに来てくれる。
プレゼントを探るなら、このタイミングがちょうどいいだろう。
「陽葵って今ハマってるものって何かある?」
とは言っても明け透けに“プレゼントに欲しい物ある?”と聞くほど、私も無粋じゃない。
出来ればそれとなく陽葵から好みを聞き出して、誕生日に渡して喜んで欲しい。
「んー……? あ、強いて言うならこれかな?」
陽葵がスマホをかざして画面を私に見せてくる。
それはラインの画面で、白い球体のような二頭身のキャラクターがスタンプとなってせわしなく動いていた。
その内のいくつかは、私にも送られた事があるもので見覚えがあった。
「これにハマってるの……?」
「可愛いでしょ?」
可愛い……可愛いのかな。
この白くて真ん丸なキャラクターが……。
まぁ、それは一旦置いておくとして。
これが誕生日プレゼントに繋がるのかと考えてみる。
「そのスタンプって結構持ってるの?」
「もちろんコンプしてるし」
「……あ、そう」
「急に冷たくない?」
スタンプをプレゼント……というのも微妙な気がしたけど、その線は消える。
仮にグッズ展開があったとしたら、そっちはどうなのだろう。
それは割とアリなような気がした。
「それって、ぬいぐるみとかアパレルとか売ってたりするの?」
「うん、あるよ」
光明が見えた気がした。
「そっちは買ったりするの?」
「んー。あんまりかな? ぬいぐるみは絵と少し違うし、アパレルになるとあたしの趣味の範囲外って感じだし」
「……あ、そう」
「だから何で聞いた後、急に冷たくなんの?」
陽葵はオシャレさんなので持ち物のこだわりも強い。
それとこれとでは話が別らしい。
とりあえず、白いキャラクターのプレゼントの案は全部消えた。
「で、どう可愛いでしょ?」
「まぁ……可愛いんじゃない」
愛嬌は感じる。
丸々とし過ぎてるから、もうちょっとだけ痩せた方がいいと思うけど。
「雪もめっちゃ聞いて来るし、興味あるんでしょ。良かったらスタンプ、プレゼントしてあげよっか?」
「……え」
「え、ってなに?」
どうして私よりも先に陽葵がプレゼントをしようとしてくるのか。
順番がおかしい。
「陽葵が私にプレゼントするのはおかしい」
「……いや、めっちゃ普通だと思うんだけど」
皆まで言えないのが口惜しい。
「欲しくなったら自分で買うから大丈夫、だから陽葵は私にあげようとしないで」
「受け入れられてるのか、拒否られてるのか分かんないんだけど」
どっちも正解。
昼休み。
私は困っていた。
あんまり露骨に聞きすぎて勘づかれてしまっても良くないし、かと言って直接聞くのは台無しのような気もするし……。
それでも私自身でプレゼントを選ぶ事が、以前の私との違いを感じてくれるはずだ。
……そう思っているけど、それは私の考えすぎなんだろうか。
案外普通に聞いて、欲しいと思った物を渡す方が喜ばれるのかもしれない。
一人で考え込んでも答えが分かるわけもなく、同じ所をグルグルと周回ばかりして気分が悪くなる。
「やっと昼休みだー」
なんて大きく息を吐きながら陽葵が私の前に座ろうとしている。
椅子を引いて屈んだ時に、胸元が開いているブラウスからネックレスが垣間見えた。
耳元にはピアスもしていて、彼女はアクセサリーをよく身に着けている。
私はそういう装飾品を好まないので知識はほとんどないが、彼女がそういったものを好んでいる事くらいはさすがに分かっていた。
「学校でアクセサリーって先生に怒られたりしないの?」
かなり遠回しな質問から、陽葵の好みを探ってみる。
「いまさら言われるわけないでしょ、皆着けてるし」
正確には陽葵周りの友達だけしか身に着けていない。
基本的に身に着けない人の方が大多数だ。
「学校では目立たないように控え目なのにしてるとか?」
「いーや? 休みの日でもおんなじようなのしか着けてないよ」
「……そうなんだ」
ネックレスはシルバーのチェーンネックレスで、ピアスも同色の円を描いたようなフープピアス。
どれもデザインとしてはシンプルで、そんなに華美な物は好まないのかもしれない。
「あ、なに、雪もこういうの興味出てきた感じ?」
私がここまで聞くのは違和感があったのか陽葵が前のめりになってくる。
下手に“興味ない”なんて言って、じゃあどうして聞いてきたのかと疑問に思われるのも困る。
そこから誕生日プレゼントを連想する可能性もありえるからだ。
ここは程よく肯定しておこう。
「ちょっとだけね。陽葵の見て何となく気になっただけだけど」
「へーいいじゃん。最初のきっかけなんてそんなもんだしさ、今度一緒に買いに行ってみる?」
一緒に……?
それはどうだろう。
でも一緒に行って見てから誕生日プレゼントとして渡したのでは、インパクトに欠けてしまうような気もする。
意外な角度で渡すからサプライズは成立するわけで。
「陽葵とは行かない」
「あのさ……今日の雪の興味を示したと思ったら急に引いてく感じなんなの?」
結果的に陽葵の違和感は強くなっていた。
それはそれでよくない。
私の行動理由をあまり推測して欲しくはない。
「陽葵と一緒に買い物に行ったら、陽葵の方が気になって私の事なんてどうでもよくなるから」
これは事実だ。
自分の買い物なんて最初からどうでもいいんだから。
だけど、陽葵の方ばかりを気にしてしまう理由は秘密にしておく。
「そ、それって良い意味……? 悪い意味……?」
それは私もよく分からない。




