30 あたしとのこれから
今日の雪は饒舌だ。
これからの事についてたくさん話してくれる。
それは今まであまり話せなかった未来の事だった。
『陽葵は私がいなくて寂しい?』
興味本位で投げかけた質問が返って来て、思わず息を呑んだ。
あたしが雪をどう思っているのかを掘り下げて、その真意に近づいていくと自分の気持ちがはっきりしてしまう。
あたしも雪も、一緒にいれない事を寂しく感じていた。
でも、お互いの進路は決まりつつある。
だけど、まだ決まってもいない。
その曖昧さはゆとりにもなるけど、不鮮明なまま気持ちに靄を掛ける。
「雪は一人暮らし慣れてるだろうけど、あたしは初めてだからね。不安もあるよ」
でも、だからと言ってどうする事も出来ないまま会話を進めてしまう。
寂しいと言っても、別れは誰にだってあるもので。
むしろ高校時代まで一緒にいれたのだから、長く付き合えた方なんだし。
雪もそんな感慨にふけっているだけなのかもしれない。
だから、あたしが必要以上に感傷的になっちゃダメだと思った。
「ふーん、ちなみに北川さんと一緒に住んだりとかするの? ルームシェア的な」
「具体的には決めてないけど、別々だよ多分」
そして雪はよく紗奈の名前を口にするようになった。
でも友好的な感じじゃなくて、どこか不満そうにその名を呼ぶ事が増えてきている気がする。
その意味は何なんだろうとも考えてしまう。
「そうなんだ、なら困った事あったら私に聞いてよ」
でも、雪もこれ以上踏み込んでくる事はない。
お互いに寂しさを感じたまま、それを解消する事も出来なくて、ただその寂しさを撫でるような会話だけを繰り返す。
それは少しだけ気が紛れるような気はするけど、寂しさそのものを取り除く事は出来ないから根本的な解決にはなっていない。
「そーだね。雪とは連絡もとれるんだし、会おうと思えば休みの日に会う事だって出来るしね」
だから、あたしは約束だけはしておこうと思った。
別々の場所に住んでも、この繋がりが消えないように。
「今みたいに毎日は会えなくなるけどね」
「まぁ、そりゃね」
雪は確かめるようにあたしに問いかける。
それは分かりきっている事だけど、雪はその寂しさを撫でるような行為をやめようとはしない。
その言葉の先に、雪が何かをしてくれるのかもと期待しているあたしがいた。
「陽葵は一人になりたいとか思ったりする?」
「え、いや、あんまり思わないけど……」
「友達全員と縁を切りたいと思ったりとか」
「ないない、そんなの思った事もないんだけど」
急に雪が変な質問をしてくるので、慌てながら否定する。
でも雪の表情は至って真面目で、ふざけている素振りはない。
だから余計に困惑した。
「じゃあ、一人にはなろうとはしないでね」
なんの忠告なんだろう。
雪はストローに口をつけて、どこか満足そうにカフェラテを飲み干していた。
あたしが求めていたものとは少し違った反応だった。
「誰かいてくれたら、きっと陽葵の助けになると思うんだよね」
「そりゃそうだろうけど……」
誰か、とは誰の事なんだろう。
そのままの言葉で受け取れば、その相手は紗奈という事になるんだろうけど。
お互いに“寂しい”と言葉にして、雪はそれでいいんだろうか。
一緒にいてくれる相手が紗奈で、雪の心配は晴れるんだろうか。
他人に代わられてもいい程度の心配しか、あたしにはしてくれないんだろうか。
「じゃあ仮にあたしが一人になりたくなって、友達と縁を切ろうとしたら雪はどうするの?」
だから、そのよく分からない例えが現実になった時、雪がどうしてくれるのかを聞いてみる。
その答えを聞いたら、雪があたしの事をどれくらい思っているのかが分かる気がしたから。
「その時は私に必ず相談して欲しいかな」
それでも、まだ弱いなと思ってしまう。
もっと強く思ってくれたらいいのに。
「相談もしたくないパターンもあるでしょ」
「じゃあその時は、私が駆けつけるよ」
それはあたしが欲しい答えに近いかもしれない。
それでもまだ遠いような気もするけど。
「それとも陽葵は私がいないとやっぱり生活出来ないのかな?」
そこで急に上から来るものだから。
あたしも素直に返事をしたくなくなった。
「それは雪の方こそなんじゃない? あたしがいない大学で一人で生活なんて出来る気がしないけど」
それは雪に対する腹いせと、皮肉を込めたのだけど。
売り言葉に買い言葉、いわば友達同士のじゃれ合いの合図のつもりだった。
反発してくる雪と遊ぼうとしただけのこと。
「……そうだね、私も陽葵がいない一人の生活だとダメになるだろうね」
そこは素直に認めるから、肩透かしをくらう。
どうして反発しないんだ。
「反応に困るんだけど」
「本当の事だからね」
それだと雪はあたしがいないとダメと、本当に認めてしまう事になるのに。
雪はそれを否定しなかった。
だから、答えはもうすぐ目の前まで見え始めている気がする。
それを確かめる勇気だけが、まだお互いにないだけで。




