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27 私は決意する


 休日になった。

 陽葵(ひなた)と出掛ける事は昔でもあったけど、そう数は多くなかった。

 そして今と昔では、この出掛ける事に対する意味も変わってきている。

 とは言え、遊ぶ事にそこまで意気込むのも違うような気がしていて……。


「なんか、不安になってきた……」


 いや、決して陽葵と会う事が嫌になったわけではないんだけど。

 純粋に楽しみにしている気持ちもちゃんとあるんだけど、それを上回る厄介なイベントが待っているからだ。


「美容室って……」


 確かに私の髪は無造作だし、重たいけど。

 だからと言って知らないお店に入っていきなり変えるというのは抵抗感がある。

 陽葵がいるとは言っても、陽葵がいるからこそ身構えてしまう部分だってあるし。


 約束の時間は迫っている。

 私は身支度を整え、家の扉を開けた。




        ◇◇◇




「おっす(ゆき)


 繁華街の駅前で待ち合わせをして、壁に背を預けていた陽葵が私に気付いて手を振る。

 陽葵は黒いキャップを被って、大きめな白シャツにデニムのショートパンツにレザーブーツを履いていた。

 耳元にはピアス、胸元にネックレスや、手首にはブレスレッドをつけていて、小さな革のバッグを持っていたりと。

 とてもシンプルな装いでありながら、小物のアクセントや、陽葵の生来の容姿の良さも相まってかなり輝いていた。


「……こんにちは陽葵」


「テンション低くね?」


 眩しい。

 いつも陽葵が光輝いている事は重々承知していたけど、こうして外で会うとその輝きに眩暈がする。

 ちなみに私は白のTシャツの上に黒いワンピースを着て、濃いめのデニムとスニーカーを履いている。

 特にアクセサリーはなく、生成り色のトートバッグを肩に下げている。

 無難な組み合わせだとは思うんだけど、陽葵を前にすると冴えない感じが否めない。


「いや、こうして休みに陽葵と会うの久しぶりだなと思って」


 曖昧な感じにぼかして、説明にもなってい事を口にする。

 それでもその気持ちが全て嘘というわけでもない。

 人が行き交う中でも、一際目立つ陽葵の姿に当てられている感覚は確かにあった。


「あー、確かにね。雪はあんまり外に出たがらないから」


「疲れるからね」


「それで来て早々テンション低いのか」


「そういうわけでもないんだけど」


 改めて陽葵と私の格差というか、その違いを感じる。

 それは初めから分かっていた事だけど、学校という平均化されている世界を抜け出すとその個性の差が如実に表れる。

 私も自分をもう少し磨いた方がいいのかと思う一方で、人には身の丈というものがございまして……。

 なんて諦めに近い感情も湧き上がる。


「まぁ、そうだよね。雪から遊びたいって言ったんだしね」


「それはそう」


 外に出掛けるのは疲れるけれど、それを上回る理由が陽葵相手ならある。


「よし、それじゃさっそく行こうか」


 そうして陽葵は私の手を取って歩き出す。

 陽葵は時々こうして何気なく手を掴んでくる。

 いつまで経ってもそういうスキンシップに慣れない私は、いつも心の置き所に困っていた。







「いらっしゃいませー」


 陽葵に連れて来られたのは、それはそれはお洒落な美容室だった。

 店内は白で統一されていて、テーブルなども白が強い木材が使用されている。

 床も灰色が混ざったようなマッドな質感の石が使われていて、無機質な空間はモダンな雰囲気を漂わせていた。

 とりあえず分かったのは、私には場違いという事だ。


「あ、陽葵ちゃんのお友達ですね。はじめましてー、いつも陽葵ちゃんにはお世話になっております」


「……あ、はぁ、こちらこそ(?)」


 美容師さんもそんな空間に負けず劣らずの美人さん。

 くりくりした瞳と人懐っこい笑顔に陽キャのオーラが充満していた。


「今日はこの子をお願いします」


 陽葵に肩を叩かれる。

 店員さんとお客さんなのに、お互いの気安い雰囲気が信じられない。


「任せて下さい、陽葵ちゃんの時よりも頑張っちゃいますよぉ」


「いや、それは複雑なんですけど」


「冗談ですってぇ、どっちも百パーセントでやりますよ」


 ……お、お願いだ。

 お店でこれ以上アウェイな空気を感じさせないで欲しい。

 






 席に案内される。

 美容師さんの隣には陽葵も立っていて、鏡越しに私の様子を同じように見ている。

 なにこの状況……。


「今日はどうなさいますか?」


「……えっと」


 どうと言われてもなぁ。

 あんまり考えていなかった。


「雪は髪どれくらい切りたいとか、ある?」


 そこで陽葵が私に尋ねてくる。

 私の意見を汲み取るために、ここまで来てくれたんだろうか。


「んー……別にないけど」


「まぁ、その長さにこだわりあるなら無理に切らなくてもいいけど。整えてもらうくらいでもいいんじゃない?」


 そう言って陽葵は私が不快にならないラインで譲歩してくる。


「ちなみにイメージがつかないようでしたら、こちらを参考にされるのは如何ですか?」


 すると、美容師さんがヘアスタイルが一覧となって画像が映っているプリントを提示してくれる。

 それを見ていて、何だか気が変わって来る。

 せっかく来たんだし、陽葵もイメージ変えてみて欲しいって言ってたし。

 良いタイミングなのかもしれない。


「……じゃあ、これで」


 私は気になったヘアスタイルを指差した。


「あ、ボブカットでよろしいですか?」


「はい、それでお願いします」


 オーダーは決まった。

 後はこの身を任せるだけだ。

 早めに終わる事を期待する。


「えっ、そんなにいくの?」


 しかし、声を上げていたのは陽葵の方だった。


「いいんじゃないかな、せっかくの機会だし」


 なんと言うか、どうせ行くなら行ってしまえという精神が強くなっていた。


「そ、そこまで大胆に行くとは思ってなかったんだけど……」


 物心ついた時には腰元まで髪を伸ばしていて、その長さを変えた事はない。

 つまり陽葵もその長さの私しか見た事がない。

 だから陽葵にとっても意外だったのだろう。


「きっとお似合いだと思いますよ、お顔は小さいですし肌も白いですし」


 よく分からないお世辞を聞きながら、私は美容師さんに髪を切ってもらう。







「ありがとうございましたー」


 美容室を後にする。

 肩が随分と軽くなったような気がするのと、首元に風が通っていく感覚が新鮮だった。

 店員さんが色々とやってくれたので、髪は艶々としていて毛先は綺麗に内側に巻かれている。

 髪の毛に対するテクニックが凄すぎて、きっと明日には別物の髪型になっているであろう事は容易に想像がついた。


「ね、ねぇ……そんな切っても良かったの? 明らかにノリでやる短さじゃないよね?」


 陽葵は恐る恐ると言った感じでこちらの様子を覗いて来る。

 私の決断に、若干引いているようだった。


「似合わない?」


「いや、いいよっ。すっごい似合うと思うけど、それと雪が気に入るかは別問題だからさ」


 短くしてみて分かった。

 髪が短いと、自分が剥き出しになっているような気がして落ち着かない。

 髪が長いと、その分だけ自分を隠してくれるような気がして落ち着いた。


「そうだね……私はやっぱり長い方が好きかな」


「えっ」


 陽葵が青ざめる。

 何か責任感のようなものを感じているのかもしれない。


「も、もしかして、誘ったのはあたしだから、あたしの勢いでやっちゃった感じ……?」


 それもあるかもしれない。

 でも、何か吹っ切れてしまったのもあると思う。

 私はこの先もずっと、あの長い髪を維持してきた。

 だから、そのままだと陽葵と絶交してしまったあの頃の私で居続けてしまう気がした。

 これは私なりの過去の決別であり、未来への決意でもある。

 少しでも自分を変える事で陽葵との未来を築いて行けるような、そんな自分勝手な思い。


 でも、それとは別に……。


「そうだね、陽葵のせいだね」


「ご、ごめん……まさかそんな事になるとは……」


 何はともあれ、きっかけは陽葵。

 それは間違いない。


「責任とってよ」


「ど、どう責任をあたしがとれと……?」


 だから、勝手な事をしてしまうけど、この決意は陽葵も一緒に連れて行く。


「また前みたいに伸ばすから、その時には私が気に入る髪型を陽葵が選んでよ」


「ど、どれだけ掛かるの、それ……」


 陽葵は困っているが、私は至って本気だ。


「逃げるの?」


「いや、うん、雪がそれでいいなら……責任はとるよ」


 陽葵といる未来を創るために、これから先ずっと何年も掛かるような遠い未来への約束をした。




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