25 あたしは雪の事が気になる
「あのさ、改めて聞きたいんだけど。なんであたしと友達に戻ろうと思ったの?」
雪からその話を持ち掛けられた時は、理由をちゃんと聞いていなかった。
どうしてそんな思いに至ったのかを知りたかった。
「その方がいいから」
「……」
なんて言うんだろ。
雪は気持ちを伝えてくれるようにはなってきてると思うんだけど、深さがないよね。
表面だけは口にしてくれるんだけど、その根っこはまだ口にしてないと言うか。
その詳細をこっちは聞きたいんだけど、言葉足らずのままというか。
それでも言ってくれるようになっただけ、すごい変化だとは思ってるんだけど。
「そう思った理由は?」
だから、あたしから深堀していく。
「……この先の人生で後悔すると思ったから」
雪はこちらに視線を向けず、ぼそりと呟く。
言いづらいのか躊躇っているのか、まだ言い足りない事があるのか。
それは分からないけど、何か含みがあるようには聞こえた。
「それってつまり、あたしとずっと一緒にいたいって事でいい?」
「……友達ってそういうものでしょ」
「あ、逃げた」
今のは一般論にすり替えて自分の気持ちを表現するのから逃げている。
雪は以前よりそういうのも上手くなっている気がするから、コミュニケーション能力は上がっているのかもしれない。
なんでいきなりそうなったのかはよく分からないんだけど。
「逃げてないし、何なのさっきから質問ばっかりやめてよ」
「お互い様でしょ?」
最近は雪もよくあたしの事を聞いて来るようになった。
好きな食べ物だったり、好きな友達のタイプだったり、休日の過ごし方についてだったり。
今さらのような会話が多い気はするけど、それでも雪があたしの事を気に掛けてくれるのは素直に嬉しかった。
だからあたしも自然と雪の事をもっと聞きたいなと思うようになっている。
以前の雪はもっと触れづらくて、どこか冷たかったから。
「じゃあ陽葵は私の真似してるってことね」
「か、かわいくねー……」
だけど、なんでだろう。
口数が多くなった雪は妙に捻くれた返しも多くなったような気がしないでもない。
妙な頭の回転の速さは感じるけど、もうちょっと素直になってくれてもいいんじゃない?
「可愛くないのは自覚あるよ」
ふん、と雪は鼻を鳴らしながらそっぽを向く。
機嫌が悪い時に分かりやすいのは今も昔もずっと変わらない部分だ。
「そうやってすぐ不貞腐れるのは可愛いんじゃない?」
気持ちを伝えるようになったと言っても、誰にだって避けたくなる部分はある。
それを直接言わないで、遠回しな表現で逃げ回ろうとする雪の姿は可愛いとも言える。
そんな捉え方で見ているあたしもちょっと捻くれてるのかもしれないなぁ。
「可愛い人が可愛いって言うのって、どういう気分なの?」
「……おう」
おっと、急な流れ弾が届いたと思ったら変な所に飛び込んできた。
本人は無自覚だろうけど、その言葉はあたしのむず痒い所を的確に突いて来る。
「あたしが雪を可愛いと思うかどうかは、あたし次第なんだからいいでしょ」
「……それは、そうかもしれないけど」
納得はしてないみたいだけど、強く否定もしない。
雪自身の事を話すのは、やっぱりまだ得意じゃないんだろうね。
「陽葵って変わってるって言われない?」
「それもお互い様だと思うけど」
あたしはあたしなりに、雪は雪なりに変わっていると思う。
◇◇◇
休み時間。
友達と集まって他愛ない話が続く。
以前まではこの会話もそれなりに面白いと思っていたけど、ここ最近は何か満ち足りていないような枯渇感を覚えるようになっていた。
その原因は雪にあると思う。
雪があたしの色んな所を刺激してくるから、その刺激を求めるようになっているのかもしれない。
友達との会話は、内容もテンションも合うけれど、それだけに予測もついてしまう。
共有できる楽しさはあるけれど、雪のように突然与えられるような喜びはない。
だからだろうか。
こうしている今も雪の事が気になっていた。
ふと、頬杖をついていた顔を反らして雪の方を見る。
「……あ」
すると目が合った。
雪は何食わぬ顔で視線を反らしてしまったけど。
雪もあたしの事を気にしてくれているのだろうか。
こうして誰かと話しているあたしを気に掛けてくれているのだろうか。
それは何だか嬉しいなと思う。
それを確かめたくて、あたしは雪の方を見続けていた。
また目が合う。
今度の雪は目を反らさずに、こちらをずっと見続けている。
何か言いたげな瞳をしているけど、あたしと雪の席は対角線上にあるからその声は届かない。
あたしは手を振ってみた。
何の変哲もないコミュニケーションだけど、こういう事も以前の雪は返してくれなかった。
二人きりなら別だけど、公衆の中でこういうやり取りを嫌っていたからだ。
それでも今の雪とあたしなら、どうなるんだろう。
そんな期待を込めてみた。
「……あは」
雪が小さく手を振っていた。
何の意味があるのか分かってなさそうにしていたけど。
それでも、あたしの問いかけに応えてくれた。
「ちょっと、陽葵聞いてる?」
「ん、ああ、ごめんごめん。聞いてるよ」
視線を友達に戻す。
それでも心は雪の側にあるんだけど。
このふわふわとした心地は、以前の雪とあたしの間ではなかったものだ。
どこか変わりつつあるあたしと雪の関係性に、何か期待を抱いている。




