22 私は陽葵の好きなタイプが知りたい
視点を変えよう。
何も食べ物ばかりにこだわる必要なんてない。
要は陽葵の好みに近づいていけば、それで距離は自然と縮まるはずだ。
だから、一つずつ陽葵の好みを知り、私に出来る事をやっていけばいい。
そうなると……。
放課後。
今日も陽葵と一緒に帰る。
「あー、なんか外暑くなってきたよね」
時期は六月を迎え、気温もどんどん上がっていた。
陽葵はブラウス姿になっていて胸元のボタンを開けネックレスが見えていた。
袖も捲っていて、かなりラフな印象だった。
「確かに暑いね」
「そういう雪も袖捲れば?」
「いや、いい」
私はブラウスの上にニットベストを着て、袖は伸ばしたままでボタンも留めていた。
我慢できる範囲というだけで暑いは暑いのだけど、肌を見せるのは抵抗感があった。
「ふーん、あたしなら耐えられないんだけど」
陽葵の手にはペットボトルのサイダーが握られていて、ごくごくと喉を潤していた。
「陽葵の好きな人ってどんな人?」
「ごふっ」
むせていた。
「た、タイミング……ていうか、なにその質問」
いや、陽葵がずっと喋っているから、飲むタイミングしか私が話し出すきっかけがなかったんだけど。
「いや、そのままの意味なんだけど。どういう人が好きなのかなって」
そのタイプに近づいていけば、一番近い友達になれると思ったから。
「そーいうあたしの恋愛系の話はしないって前言ったじゃん」
陽葵は自分自身の恋愛事情については明言を避ける事が多い。
だけど、今回はそういった話ではない。
「そうじゃなくて、女子同士で仲良くなるのに気にするポイントとかあるでしょ?」
「……あー、そういうこと」
「そうそう、こういう子が好きみたいな」
「……むず」
陽葵はそれでも乗り気ではなく、鬱陶しそうにこちらを見る。
そんな難しい質問じゃないと思うんだけど。
「見た目は、やっぱり派手な方が好きなの?」
質問をしないと陽葵は喋ろうとしなさそうだから、こちらから具体的に問いかける。
「別に……好みだけで言えばメイクは薄くていいし黒髪とかの方が好きだけど」
「へぇ……意外」
「なんでよ」
「陽葵の友達派手な人ばっかりだし」
「それとこれとは別でしょ」
それはそうかもしれないけど、北川さんとかはそれはもう鮮やかな金髪だ。
他の子も基本的に髪を染めていたりメイクもしてるし、てっきりそういう見た目の子が好きなのかと思っていた。
それとも周りがそういう人が多いから、逆に黒髪が新鮮なのだろうか。
とりあえず、見た目に関して私が大きな変化は必要ないのかもしれない。
一応は黒髪だし。
「性格はやっぱり陽葵みたいな明るい感じの方がいいの? いわゆる陽キャ的な」
「まぁ、それはそれで楽しいけど。ずっと一緒にいるなら落ち着いてる方がいいんじゃない?」
「……それはまた欲張りな」
「なんでそうなるの」
陽キャも陰キャも行けるなんて……その対応力の広さが陽葵のコミュ力の高さを物語っているのかもしれないけど。
とりあえず、私が無理に明るくなる必要もないようだ。
「陽葵みたいにお洒落さんの方がいいとか?」
私はお洒落とは無縁だった。
もし変われるとしたらこの部分かもしれないけど、正直気は進まない。
身の丈に合わなさそうだから。
それでも陽葵がそういう子が好みなら考えないといけないとは思うんだけど……。
「別に? 興味あるならそりゃ楽しいけど、ないならそれはそれで尊重するし」
「……それまた懐が深い」
「いいことなのに何で不満げなの」
だって、それだと結局私はそのままでいいという結論になってしまう。
それはつまり、現状から突き抜ける要素がない事を意味している。
「ねぇ、それだと私は陽葵の友達としてオールオッケーって事になるんだけど」
そもそも陽葵が挙げている条件は、多くの人に当てはまりそうな緩い条件だから当然と言えば当然なんだけど。
それにしたって私は全ての条件を満たしてしまっている。
これでは改善のしようがない。
「じゃあ、そういう事なんでしょ」
ふん、と陽葵は鼻を鳴らしながら再びサイダーに口をつける。
太陽の光が反射して透明に輝いていた。
「つまり陽葵は誰でもいいってこと?」
「……いや、そんなわけないでしょ」
ジトっとした目でこちらを見据えられる。
しかし、その目を向けたいのはむしろ私の方だ。
さっきから私に対して条件が寛容過ぎて、変な忖度を感じる。
「おかしい、これだと私が問題なしって事になる。そんなはずないのに」
「……あのさ、分かってて言ってるんじゃないんだよね?」
「なにが?」
「いや、真面目に言ってるならいいんだけど……」
陽葵は大きな溜め息を吐く。
結局、私は何を改善すればいいか分からないままだ。
「ねえ、なにか私に直して欲しい所ないの?」
もう埒が明かないので直接聞くことにした。
陽葵が思う、私に直して欲しい所を出来るだけ直す。
シンプルな答えだった。
「え、なに、結局そういう話なの?」
「そういう話なの。で、何かないの?」
「え、ええ……」
陽葵は困ったように顎に手を当てて考え込む。
やはり何か思う所があったのかもしれない。
「ほんとに強いて言うならだけど、思った事は言って欲しいって言うか……」
それはもう克服したはずだ。
「思った事は言ってるよ。だから私の直して欲しい所はどこって聞いてるの」
「いや、だからそれで十分なんだって」
「嘘だ」
「嘘じゃないって」
そんなはずない。
だとしら私は本音さえ語っていれば陽葵にとって完璧な友達という事になってしまう。
「分かった。じゃあ陽葵にとっての私のいい所、気に入ってる所を教えてよ」
そうだ。
着眼点を間違えていた。
短所を穴埋めするよりも、長所を伸ばした方が良いとはよく聞く話だ。
陽葵が私を気に入ってくれる部分を伸ばす事で、より良い友達になれるんじゃないかと考えた。
「……やだ」
「……え」
しかし、その願いは届かず。
陽葵は強く口を引き結んでいた。
「何でさ、教えてよ」
「いや、それは言えない」
短所は教えてくれるのに、長所は教えてくれない……それって。
「私に好きな所なんてないって事?」
「そうじゃない、そうじゃないけど言いたくない」
何を言ってるんだこの人は。
それくらい友達なら教えてくれてもいいでしょ。
「そんなのおかしい、あるならちゃんと言ってよ」
「いや、言ったら変な空気になるから無理」
「なんで気に入っている所を教えたら変な空気になるのさ」
むしろそうやって隠される方がおかしい空気になってると思うんだけど。
「分かった、もう一つ雪に直して欲しい所あった。空気読めなさすぎな所」
「……はい? 読んだ上で陽葵が謎だから聞いてるんだけど」
「だから、それが読めてないのっ」
結局、陽葵が口を割る事はなかった……。
私は何をすればいいのか、未だに掴めずにいる。




