21 私は陽葵の友達として
陽葵と“友達”の関係に戻れた。
たったそれだけの事が、私には何よりも大きな事だった。
心が軽く、舞い上がるような心地だった。
もう私は陽葵の数多くいる友達に嫉妬を覚える必要はない。
彼女達と私は横並びの存在なんだから。
「……横並び?」
朝、起きてその事実に違和感を覚える。
いや、それは当然のことで何もおかしい事はないはずなんだけど。
「皆と一緒かぁ……」
以前、北川さんは言っていた。
『一人だけ違うって、何者にでもなれるような気がしてさ』
私は一人だけ陽葵にとって違う存在だった。
曖昧なだけかもしれないけど、でも曖昧にしないといけない理由があったという事だ。
『雪って何考えてるか分からない事多かったからさ、この関係だと素直に言葉にしてくれるからそれが嬉しかったんだよ』
その理由を陽葵はそう明かしてくれた。
陽葵は以前の私に囚われていた、何も言わず無視して去っていた私を。
当然だ、陽葵にとってその私しか知らないんだから。
それが急に思いを口にするようになったのだから、戸惑いもあったのだろう。
だけど、そうして元の形に収まった友達という関係性。
明瞭になって、明瞭になった分、他との差がない。
それは当たり前の事なのに、こうして考えると腑に落ちない部分があった。
私はどうなりたいのだろう。
これ以上の関係性なんて、望むべくもないのに。
「でも、なんか納得いかない……」
さっきまでの心の軽やかさは消え去っていた。
“女の心は秋の空”
ふざけた言葉だなと思っていたけど、まさか自分に当てはまる時が来るとは思ってもいなかった。
「おはよ雪」
朝になると陽葵が迎えに来てくれる。
「おはよう陽葵」
私も挨拶を返す、これも友達としては普通の事だ。
何だったら顔見知り程度でも起こりえるコミュニケーション。
「陽葵がこうして迎えに来てくれるのってさ、私だけ?」
「え、そうだけど……それが何?」
うん、という事は登校という意味では他の友達よりは私の方が優先度が高いという事だ。
「他に誰かと行ったりはしないの?」
「雪と行くのに、他の人と行けるわけないでしょ」
……なるほど。
この一緒に登下校に関しては、幼馴染としての先行者利益に近いものがある。
そうなると、友達というより幼馴染としての要素が大きいのかもしれない。
「幼馴染と友達ってどっちの方が陽葵にとって大事なの?」
「なにその質問」
陽葵が困ったように頬を掻いていた。
「私ってどっちなのかなって」
「いや、それ区別する必要ある?」
陽葵にとっての私は幼馴染としての要素が強いのか、友達としての要素が強いのか。
その上でどちらを優先するのか聞いてみたかった。
「雪は幼馴染で友達なんだから、それを分ける必要ないし分けられないでしょ」
という事は、つまり。
「幼馴染であり友達である私の方が、他の友達よりも優先度が高いって事でいい?」
「いや、そういう理屈にはならないでしょ……」
陽葵は若干呆れているようだった。
どうやら私はその他大勢の友達とやはり横並びらしい……。
◇◇◇
学校に着いて、どうして陽葵にとっての私の立ち位置を気にしているかを考える。
私はその他大勢と横並びではいけない、そういう焦燥感がある。
それは、きっとこの先に起こる出来事を私は知っているからだ。
陽葵は高校卒業をした後、大学生活を送っていく中で友人との関係性を切ってしまう。
それは仲の良い北川さんであっても例外ではない。
それが起きてしまうと陽葵が私に何を伝えたかったのかを聞く事が出来なくなってしまう。
そしてその後の……。
いや、今はそこまで考えるのはやめておこう。
陽葵とはこうして同じ時を過ごしているのだから。
とにかく、誰よりも陽葵との関係性を深めないといけない。
そうしないと、この先で彼女との関係性を切られてしまう可能性があるからだ。
そこに私は焦りを覚えている。
昼休み。
今日も陽葵は私と一緒にお弁当を食べる。
「陽葵の好きな食べ物って、なに?」
「……は?」
二人で向かい合ってお弁当を食べながら、私は質問をしてみる。
陽葵は髪を耳にかけて、おにぎりを頬張ろうとしている所だった。
「急になに」
「いや、単純に知りたいと思ったから」
私は陽葵の好意に甘えて、何も知らなかった薄情な女だ。
彼女の事を知りたいのは私にある思いの一つで、そしてこの先の関係性を
深めていく為にも重要な事だと思う。
例えば、お弁当に陽葵の好きな食べ物を用意して分けてあげるとか。
こうすれば、私は陽葵の事を知りつつ関係性も深める事の出来る隙のない作戦になると思う。
「ていうか、これだけの付き合いでいまさらそんな質問する?」
「……」
痛い所を的確に突いて来る。
それは私も自覚があるので許してほしい。
「ほら、好みって変わるし。今の好きな物を聞きたいなって」
「……ああ、そういうこと」
何とか上手く誤魔化せたようだ。
陽葵はおにぎりを口に含んでモシャモシャと咀嚼しながら、視線を右上に寄せる。
その食べっぷりは見ていて気持ちいい。
きっと今の気分を考えてくれているのだろう。
「ラーメンかな、豚骨ラーメン」
「……」
いや、さすがにラーメンは学校では用意できない。
カップラーメンを持ってくるのも何か違うし。
「ちがうのでお願いしたい」
「なんで却下されてんの?」
陽葵は眉間に皺を寄せていたが、それでも再び考えてくれていた。
「寿司かな」
いや、生ものじゃん。
「ねぇ、それは厳しい」
「何が?」
「とにかく、次」
「次って何……」
陽葵は再び視線を上に寄せる。
次こそは、用意できるものを言って欲しい。
「クレープ、いちごバナナチョコのやつ」
「……うーん」
「好きな食べ物言って唸られるの雪が初めてなんだけど」
まぁ、それなら用意できなくはないけど。
でもお弁当にクレープ持ってくる子っているかな。
ましてやそれを分ける子なんて見た事ないんだけど……。
それに、クレープだと“陽葵の好きな物を用意してきたよ”感が出てしまい露骨な感じがする。
それだと面倒くさい女になってしまう。
もっと自然に距離感を縮めつつ、胃袋を掴むのが大事だと思う。
「ピーマンの肉詰めとかじゃダメなの?」
「なんでそっちがあたしの好きな食べ物を指定し始めてんの?」
……本末転倒になっていた。




