20 友達
「……はぁ」
感情的になってしまって、逃げ出してしまった。
年甲斐もなく、馬鹿みたいだ。
この胸の中に暴れる気持ちをどうする事も出来なくて、私は公園へと逃げ込んだ。
跳ねる心臓を押さえつけ、息を整えながらベンチに座る。
家に帰っても良かったのだけど、一人だけの空間に戻ってしまうと自己嫌悪に圧し潰されてしまいそうで。
この広い空間で、孤独を紛らわそうとしていた。
「何してんだ、私」
自分から憤って逃げきて来てどうする。
せっかく少しずつ築き上げていた陽葵との信頼も、これでは元の木阿弥。
自分からまた壊してしまった。
あの頃と何も変わっていない。
都合が悪くなったら見て見ぬふりをして逃げ出してしまったあの時と。
何も変わっていない自分に嫌気が差して、溜め息だけが溢れた。
「結局、私は変われないし、誰かとの関係を築けるような人間じゃなかったって事かな」
そう結論づける他ない。
ずっと出来なかった事を、今さら時間が巻き戻ったって。
私自身が何か変わったわけじゃないのなら、結果も変わりっこない。
そういう事だったんだ。
ただ、自分が人間関係に不適合な人間であるという事を知っただけ。
自分の事を好きだと思った事はないけど、今回ばっかりは自分にうんざりする。
こんなにも自分が嫌になるのは初めてかもしれない。
「はぁ……」
誰もいない公園で、ただ溜め息をついた。
「雪っ」
そこに、私を呼ぶ声が響く。
誰もいない公園で私の名を呼ぶのだから、私の事なのだろう。
顔を上げると、そこに見えたのは肩で息をする陽葵の姿だった。
「……えっと」
何て声を掛けていいか分からない。
ついさっき別れたばかりで、私の方から拒絶したのに。
あの頃みたいに、私が一方的に遠ざかったのに。
どうして今、陽葵がここにいるのだろう。
「勝手にどっか行かないでよ、話終わってないんだけど」
どかっと陽葵が隣に座る。
ぱたぱたとシャツを煽ぐ仕草で、体が熱くなるくらい走っていた事が伝わって来る。
「よく、ここにいるって分かったね」
陽葵と別れてから、そう時間は経っていない。
最初からここだと当たりを付けていないと来れるはずのない時間帯だった。
「体力ないんだから、どうせここら辺だろうなって思っただけ」
「……失礼な」
「実際そうでしょ」
「……そうだけど」
私が無意識でしている事を、陽葵の方が知っている。
幼馴染っぽいな、なんて感じている自分が恥ずかしかった。
「何で勝手に決めんのよ」
「何が」
「話す前に勝手に帰ったでしょ」
「……だって」
多くの人を振る陽葵にとって、友達になろうとしている私も否定されるのだろうと。
だからこの関係性には未来がない、と。
そう思う事の何が間違っているのだろう。
「白状するけど」
陽葵の手が私の頬を捉える。
そのまま陽葵の方へ寄せられて、互いに見合う。
「あたしが雪を友達と認めなかったのは、曖昧にしていたら雪がずっとあたしの事を求めてくれるから。それが気持ち良かったんだよ」
「え」
私の語彙力もいよいよ貧弱だ。
驚いてしまうと、どう返事していいのかすぐに分からなくなる。
「雪って何考えてるか分からない事多かったからさ、この関係だと素直に言葉にしてくれるからそれが嬉しかったんだよ」
「……そうだったんだ」
確かに私は陽葵の事を知ろうとはしていたけど、自分の事を知ってもらうような事はしていなかったかもしれない。
それが陽葵にとって私を不透明にしていったのかもしれない。
曖昧な関係を形にしようとする私がいた事で、初めて陽葵は私を見る事が出来たのかもしれない。
「でも、勝手すぎたね。ごめん雪にちょっと甘えてた」
陽葵の手が離れ、彼女の頭が下がる。
それを見ていたあたしは、どうする事も出来ないまま黙って見下ろしていた。
「いや、元々私がダメな部分もたくさんあったから……」
別に陽葵だけが悪いわけじゃない。
むしろ、そもそも私がダメな所が多すぎて壊れていった関係だ。
それを一方的に謝られるのは違うと思った。
「だからさ、今度こそやり直しさせてよ」
陽葵が顔を上げる。
その瞳に迷いはなくて、強い光を内包している。
「それって……」
「うん、友達に戻ろうよ。雪」
その言葉を聞いて、頭の奥が痺れた。
ずっと求めていた関係性だった。
「えっと……その、いいの……?」
「いや、雪から言い出した事なのに確認とらないでよ」
「それは、そうなんだけど……」
また、おかしな事になってしまわないだろうか。
陽葵を怒らせてしまったり落胆させてしまうんじゃないだろうか。
曖昧な関係で期待が少なかったからこそ、私と一緒にいられたのではないかと。
希望の先に落とし穴があるように思えてならなかった。
「ごめんね、雪」
「……えっ」
今度は体ごと抱かれていた。
私を包み込むように、陽葵の手が私の体を受け入れていた。
陽葵の心臓がドクドクと脈打っているのを感じる。
きっと走って来たせいだと思うけど。
「今度はちゃんと受け入れるから」
抱かれたまま、頭を撫でられていた。
その仕草の一つ一つで私を認めてくれている事を伝えてくれていた。
ようやく私は安堵し始める。
「……分かった、かも」
「かも、かよ」
その手が離れて行くと、屈託なく笑う陽葵がいた。
「雪はあたしがいればいいんだよ」
「……陽葵は友達たくさんいるのに?」
流石にこれは気になる発言だった。
「そうだよ、あたしは独占欲強いから」
「ちょっと、強すぎ」
ていうか、それって横柄って言うんじゃないかなって思ったり。
「でもその独占欲を発揮するのは雪だけだからさ、許してよ」
そうやって羽澄陽葵という人間は、何でもない事のように笑いながら、大事な事をさらっと口にする。
この人は天性の人たらしなんだ、と。
知っていたはずなのに、忘れていたそれをようやく思い出す。
「……ずる」
だから、苦し紛れにそう言うしかなかった。
肯定でも否定でもない、曖昧な言葉を。




