16 普通じゃない
「服、ありがとね」
陽葵が私の渡したパーカーとデニムに着替える。
私が着ると相当大きいそれは、陽葵が着ると袖丈はちょうどで、身幅は余裕そうだった。
スタイルの違いを間接的に教えられた。
「あ、うん……」
しかし、問題はこの空気だ。
お互いに何とも言えない空気が、この狭い部屋を支配していた。
何だか私はとんでもない事をしてしまったのではないかと自分を省みている。
陽葵に嘘をつきたくないという気持ちが空回り、言う必要のない事まで言い過ぎた気もする。
でも、それは陽葵のせいでもある。
あんな姿をいきなり見せるからであって……でもそれでおかしくなる私が悪いのか。
そもそもお風呂に入るよう提案したのは私だし……。
でも、それを言うなら雨が降って来たせいでもあって……。
「なに、全部隠されちゃって不満とか?」
陽葵は座椅子に座りながら、こちらを振り返ってパーカーの首元を指で伸ばす。
私はベッドに座っているから見下ろす形となって、少しだけ胸元の肌が見えていた。
ここまで来ても、口元に笑みを浮かべなら挑戦的な表情をする陽葵には恐れ入る。
「変に煽って来ないでよ」
「これを煽りだと思うのは、雪にやましい気持ちがあるからでしょ」
「そんな気持ちないけど」
「女子同士で胸元見せたからって普通そんな反応しないから」
……それは、そうだろう。
別に女子同士で肌を見てしまった所で何が起きるわけでもない。
でもそれは私だって同じだ。
仮に異性の体を見たって、何とも思わない。
そういう感情を抱いた事がなかったからだ。
「私だって女子の裸見たって何とも思わないよ」
「説得力皆無なんですけど」
陽葵は上目遣いで薄ら笑いを浮かべている。
随分と余裕そうな表情だ。
その態度が私の何かに火をつける。
「陽葵だから見たいと思っただけだって」
「……どうだか」
その試すような表情が少し固まっているが、先程までの動揺は消えている。
少し気持ちを整理する時間が出来たせいかもしれない。
私の言葉を陽葵は咀嚼していた。
「そうは言ってるけど、それって証拠ないしね。本当は誰にでもそう思ってる変態さんかもしれないし」
「それはさすがに心外なんだけど」
別に、誰かの裸に興味があるわけじゃない。
陽葵の体を見たり触りたいと思ったのは、陽葵を知りたいという欲求の延長線上に過ぎない。
性的なものに興味があるのなら、他の誰にでも抱く感情のはずだ。
でも私はこの感情を陽葵にしか持ち合わせていない。
それが私にとっての証明だった。
「友達の事を深く知ろうと思うのは当然だから、別に私はおかしくない」
何もおかしい事じゃない。
私の興味がある人が、たまたま魅力的な体つきしていたという話なだけだ。
同性にだってそれくらいの感情を持ち合わせる事は普通に有り得る。
陽葵は女性の中でも理想的なスタイルをしているから、そんな感情を誘発されただけにすぎない。
大事なのは順番だ。
私は陽葵を知りたいと思った先に、たまたま露わになった体があっただけ。
私は陽葵を欲情的だと思ったから、陽葵を知りたいと思った訳じゃない。
これは似ている様で、順序が変わるだけで持つ意味は大きく変わっていく。
「……それって、普通じゃないと思うけど」
「だから、普通じゃない事してる人に言われたくない」
忘れてはならないのは、先におかしな事を始めているのは陽葵だという事だ。
陽葵は罰と称して、私を見たり触ったりしている。
私は不可抗力で見ただけだし、お礼として触っただけだ。
それなのに、私の方にだけ疑惑を持たれるのはおかしい。
陽葵の理屈が成立するのなら、それは陽葵自身もおかしい人だと認める事になる。
「普通じゃない雪がいるから、罰を与える事になったんでしょ」
「普通は罰なんてしないって」
これの堂々巡りだった。
陽葵はいつも大事な所で変な言葉を使って逃げ回る。
その言葉の奥に、どんな気持ちを隠しているのかよく分からない。
「じゃあ罰だって色々あるのに、どうして脱がしたり噛んだりしたの? 目的は?」
他にやりようはいくらでもあったのに。
それなのに、自分がやられたら色々言ってくる行為を、陽葵自身が私に行っているのだから何か意味があるはずだ。
「少なくとも雪の言うような、その人を知ろうとしてやってる行為じゃない」
「じゃあ、なにさ」
その陽葵の目的を聞いているのに。
当の本人は口をつぐんで、こちらを見据える。
「傷ついてもまだあたしと仲良くしようって事は、相当な気持ちがあるって事でしょ? その確認」
傷つける事で私への気持ちを確かめてるって、歪すぎる。
言葉だけじゃ信じてくれないし、傷をつけても尚信じてくれていないのだから。
いよいよ、陽葵がどうしたら私を信用してくれるのか分からなくなっていく。
「……人の事を普通じゃないとか言わないで欲しいんだけど」
「でもあたしは雪みたいに変態じゃないからね」
「私は変態じゃない」
「変態じゃなかったら胸を触りたいなんて言わないでしょ」
それなら簡単に説明がつく。
シンプルに誰にでも湧き上がるであろう衝動があったからだ。
「陽葵が見せびらかすから悪いんだよ」
もし仮に、私と陽葵の胸のサイズが逆の立場だったなら。
私はそこまで大きな衝動には駆られていないのかもしれない。
単純に自分より豊かな物に惹かれただけの話。
「……ねぇ、やっぱり変態すぎなんだけど」
陽葵が体を曲げて、胸を隠す。
「さっき自分から見せといてよく言うよね」
「まさかこっちもそこまで危険人物だとは思ってないからね」
私が興味を持っている人が、たまたま自分よりも豊かな物をもっていた。
それは理性的にも本能的にも気になるように仕向けられてしまっている。
その衝動を包み隠さず伝えているのに、どうして信頼は回復しないのだろう。
むしろさっきから変態扱いされていく事には不満が募る。
「別に危険じゃない、陽葵以外のは興味ないんだから」
「それがあたしにとっては一番危険なんだっての」




