11 ワンちゃんなのかな
「……雪が、お弁当持ってきてる」
お昼休み。
私はお弁当を持参してきた。
それを見た陽葵は、目を丸くしていた。
「昨日の残りも多いけどね」
昨晩の夕食の残りと、朝でもすぐに作れる料理の合作だった。
こういうのは過去の私には出来なかった事だ。
「本当に作ったんだ?」
「作ってくれる人なんていないしね」
悲しいかな、自分の事は自分でするしかない。
「雪のお弁当、興味あるんだけど」
「ん?」
陽葵は私のお弁当を見つめていた。
それはつまり、どういう意味なんだろう。
「なんで?」
陽葵にも自分のお弁当はある。
美味しいわけでもない私のお弁当を、わざわざ食べる必要はないと思うのだけど。
「雪が作ったんでしょ?」
「そうだけど」
「なら、本当かどうか確かめる」
「……それ、必要?」
理由を聞いてもやっぱりよく分からなかった。
いや、お弁当をあげるくらい全然いいんだけど。
「それで嘘だったら、あたし達の信頼関係が崩れるってこと」
「……あー」
どうやらまた私の嘘を疑っているらしい。
でも冷静に考えて、私がそんな意味のない嘘をつく必要があるだろうか?
陽葵の言ってる事は分かりそうで、やっぱりよく分からない。
というか食べて何が分かるのだろうか。
「ほら、早く」
陽葵は私の前に座ると、ガタガタと椅子を揺らす。
何となくその姿が、ご飯を前にそわそわしているワンちゃんを連想した。
「お手」
私は陽葵の前に手を出してみる。
「……は?」
容赦のない睨みだけが返って来た。
さっきまでのつぶらで華憐な瞳が嘘のようだった。
「ごめん、ワンちゃんみたいで可愛かったから、つい」
怒られそうで怖かったので釈明する。
“馬鹿にしたからクスメイトに降格ね”とか言われても困るし。
陽葵なら言いかねない。
「……ペット扱いすんな」
けれど陽葵はそれ以上言及してくる事はなく、視線を反らすだけだった。
これ以上言うと陽葵が不機嫌になるのは目に見えていたから、もう言うのはやめておこう。
「どれでもいいよ」
私はお弁当箱を開いて、陽葵の前に置く。
少しでも機嫌を治して欲しかった。
私としてはこの料理のラインナップに新鮮さはないから、どれを食べられても問題はない。
「……本当に手作りっぽい」
陽葵は私のお弁当をまじまじと眺める。
随分と疑われているけど、正真正銘私が作ったお弁当だ。
「味の保証はないけどね」
「そこまで期待してない……じゃあ、これ貰う」
何気に失礼な事をさらっと言いながら、陽葵は私のお弁当箱からハンバーグを箸で割って摘まんだ。
そのまま口元に運ばれて、咀嚼していく。
「……これ、雪が作ったの?」
多少の驚きはあったのか、口元に手を添えて目を丸くしていた。
だけど、ごめん。
「それ種が出来上がってるやつを買って、焼いただけ」
「……騙したんだ」
ジト目を向けられていた。
「さすがにひき肉からこねたり出来ないって」
そこまで料理にこだわってもいないし、したいわけでもない。
テキトーにそこそこでいい。
「でも、他のはちゃんと私が作ってるから」
誰が作っても同じような味のメニューしかないけれど。
その証明のために、卵焼きとアスパラベーコンを陽葵のお弁当箱に乗せた。
「雪は食べなくていいの?」
「いいよ、別にそんなお腹も空いてないし」
食欲が湧かない日は、お昼を抜く事も多い。
あまり健康には良くないから食べるようにはしてるけど、陽葵にあげるのなら惜しくはない。
「じゃ、じゃあ……もらうけど」
卵焼きに、アスパラベーコン。
陽葵は続けてパクパクと口の中へと運ぶ。
咀嚼して、胃の中に送り込まれていく。
「どう?」
「……普通に、美味しいけど」
「なら良かった」
まぁ、誰が作っても同じ味になるような料理だし。
時短を意識したラインナップに、陽葵を唸らせるような味わいもないだろうけど。
「これで私を信用してもらえた?」
「……これに関しては嘘はないかもね。どれをとっても明らかに手作りだし」
疑惑は晴れたようで何よりだ。
じゃあ、私も食べようかなとお弁当箱に箸を伸ばす。
「ほら、これ」
すると、陽葵のお弁当が私の前に寄せられる。
私のよりも遥かに手が込んでいる料理のラインナップだった。
「さすがにコレを超えるのはムリかなぁ」
私は料理好きというわけでもないので、陽葵のお弁当のハードルを越える事は出来そうになかった。
「そうじゃなくて、あげるって言ってんの」
「……私に?」
「もらってばっかりじゃ悪いでしょ」
なるほど、物々交換という事らしい。
特に断る理由もないのだけれど……。
「これ、陽葵のお母さんが作ったんでしょ?」
「そうだけど」
……それは何だか気が引けるなぁ。
お母さんだって陽葵の為を思って作ったんだろうし。
朝にお弁当を作る苦労は正しく報われて欲しい、なんて柄にもなく思ってしまう。
「遠慮しとくね」
「何でよ」
お腹が空いているわけでもないし。
気が進まないものを食べるのは、食べ物にも失礼な気がするし。
それに……。
「食べるなら陽葵の手作りの方がいいかな」
それが一番の理由かもしれない。
どれだけ手が込んでいようと、私の知らない人が作ったものにあまり興味はない。
陽葵が私の料理に興味を示したように、私も陽葵の料理なら興味があった。
他の事は結構どうでも良かったりする。
「……あたし、お弁当とか作らないんだけど」
「知ってる」
家事能力の乏しさは、私と陽葵の数少ない共通点かもしれない。
その他全ての事は陽葵が圧勝しているから、強く印象に残っていた。
「だから、もしもの話」
そういう日が来てもいいなぁという、それくらいの妄想に過ぎなかった。
陽葵は器用だから、その気になればすぐに上達して私なんてすぐに追い越してしまうだろう。
「ちなみに、私のお弁当は何が好きだった?」
「卵焼き」
即答だった。
思ったよりも反応が良くて驚く。
「じゃあ、あげるよ」
無関心に食べる私より、美味しく食べてくれる陽葵にあげた方がずっといい。
彼女の命に繋がる物を私が作れたのなら、それはそれで意味があるように思えた。
「くれるなら、もらうけど」
なぜだろう。
私の目には、陽葵が尻尾を振っているように見えた。
「……やっぱりワンちゃんなのかな?」
「だからペットじゃないって」
そうは言いつつも、私が渡した卵焼きをそのまま受け取って食べる陽葵。
そういう欲求に素直な所は、可愛いなと思って眺めていた。




