7.同じ空
とりあえず、店を探すことにした。
颯とは、仕事で食事をしたことはあるが、
二人で食べたことはまだない。
何が好きなのか、嫌いなのか……。
そういえばこうやって相手の事を考えることも
久々な気がした。
「何が食べたい?」
私がそう聞くと、颯は少しだけ考えるふりをした。
「光里さんが食べたいもの」
「それ一番困るやつ」
私は苦笑いして歩き出す。
昼の街は人が多い。
会社員、学生、買い物帰りの人。
いつもと同じ昼の景色。
でも今日は、隣に人がいるだけで少し違って見えた。
「パスタとかでいい?」
「いいですよ」
「ほんとに?モデルなのに」
「モデルでもパスタくらい食べます」
「なんかもっと…葉っぱとか」
「葉っぱ?」
颯が吹き出した。
「光里さん、俺を草食系男子だと思ってます?
意外と肉食なんですよ」
颯はガオーっライオンのような仕草を見せる。
どう見てもそんなに強くは見えないが、
ただ事故にあったばかりとは思えないほど元気だ。
そういう意味ではサバンナでも行きていける
体力の持ち主なのかもしれない。
「本当に大丈夫なの?」
「なにがです?」
「事故」
颯は少しだけ肩をすくめる。
「俺、丈夫なんです」
「それで済ませていい話?」
「光里さんが心配してくれてるなら」
少し笑う。
「それだけで治りそう」
「軽いなあ」
「軽いくらいがちょうどいいんです」
そう言って、彼は少し先を指差した。
「この店どうです?」
小さなイタリアンの店だった。
「あ、いいね」
私は少し驚いた。
「よく知ってるね」
「え?」
「ここ、パスタ美味しいよ」
颯は一瞬だけ言葉に詰まった。
それからすぐに笑う。
「なんとなく雰囲気で」
「ふーん」
ここは前はよく来たお店だ。
長らくここには来ていない。
一人なら絶対に入らなかっただろう。
まだ昼前だから店内は静かだった。
窓際の席に座り、メニューを開く。
「トマト系好き?」
「好きです」
颯はテーブルの上のフォークを手に取った。
くるくると指で回す。
その動きを見て、私は一瞬だけ視線を止めた。
……あれ?
でも、すぐにメニューに視線を戻す。
「じゃあこれにしよ」
私は適当にパスタを指差す。
颯は素直に頷いた。
注文を終えると、少し沈黙が落ちる。
颯は窓の外を見た。
「いい天気ですね」
「そうだね」
「こういう空、なんか好きなんです」
「空?」
「うん。理由はわからないんですけど」
颯は少し首を傾げる。
「見てると落ち着く」
私は水を一口飲んだ。
「そういうのあるよね」
「光里さんにもあります?」
「うん」
「例えば?」
私は少し考える。
「コーヒーかな」
「コーヒー?」
「朝に飲むと落ち着く」
颯は興味深そうに聞いている。
「ブラックですか?」
「うん」
「苦くないですか?」
「最初は苦手だったよ」
「じゃあなんで?」
私は少し笑った。
「好きな人がブラックだったから」
その言葉に、颯の手が止まる。
それから小さく頷いた。
「……ああ」
少しだけ笑う。
「やっぱり」
「なにが?」
「いたんだ。好きな人……まだ好きなんですね……」
私は肩をすくめた。
「え?まだ?」
颯はそれ以上聞かなかった。
でも、少しだけ考えるような顔をしてから言う。
「じゃあ俺もブラック飲めるようになろうかな」
「なんで?」
「真似したら」
少し照れくさそうに笑う。
「少しは好感度上がるかもしれない」
私は思わず笑った。
「それ作戦?」
「作戦です」
颯はフォークをまたくるくる回しながら言う。
「だって俺」
少しだけ真面目な顔になる。
「光里さんに嫌われたくないし」
「嫌ってないよ」
「ほんとですか?」
「うん」
颯は少し安心したように笑った。
「よかった」
そして、ぽつりと続ける。
「じゃあ俺」
少しだけいたずらっぽく言う。
「まだチャンスありますね」
「え?」
「好きな人、“いた”んですよね?」
私は一瞬だけ言葉に詰まる。
颯は慌てて手を振った。
「あ、すみません」
私は少し空気をかえようと笑ってみせた。
「営業トーク?」
「違います」
即答だった。
それから少しだけ照れたように言う。
「わりと本気です」
ちょうどその時、パスタが運ばれてきた。
「いただきます」
颯は嬉しそうにフォークを取る。
一口食べて、目を少し丸くした。
「うまい」
「そんなに?」
「はい」
それから、少しだけ真面目な顔で言う。
「こうやって誰かと食べると」
窓の外をちらっと見る。
「ちゃんと生きてる感じがする」
私は何も言わなかった。
ただフォークを持つ。
そして一口食べる。
トマトソースの味が、少しだけ濃く感じた。
その時、ふと颯が言った。
「この店」
私は顔を上げる。
「前にも来たことある気がするんですよね」
「え?」
「いや…」
颯は少し困ったように笑う。
「勘違いしないで下さい。元カノとかでは
絶対にないので!」
そんなに必死にならなくてもいいのにと
思いながら、なぜかほっとしている自分がいる。
そんな気持ちに気づかれたくなくて
私は窓の外に視線を移した。
黒い服の男が通り過ぎるのが見え、
一瞬だけ、こちらを見た気がした。
颯の手が止まる。
その男を見たまま、颯が小さく呟いた。
「……またか」
「え?」
私が聞き返した時には、
颯はもういつもの笑顔に戻っていた。




