1.死神
「お前は……。つくづく運の悪い男だな」
奴は俺を見て言った。
奴の足元には、一つ前のバス停から乗ってきた妊婦が頭から血を流し、苦しそうにこちらを見つめている。
「さきほどは……席を譲っていただいて……ありがとうございました」
そんなことはどうでもいい。
今にも奴の右手にある大きなカマが振り下ろされようとしているんだぞ。
奴のカマを持つ手が上がるのが見えた。
「ちょっと待て!」
俺は思わずそう叫んだ。もちろん何の作戦も策略もない。
「蒼井颯、人の心配をしている場合か?」
死神は俺を見て笑った。
そう、奴こそが死神だ。
死神がどう見えるかは、見る側に権利があるらしい。
恐ろしいだろう――そう思うから、いかにもな死神像が世間に溢れている。
だが、実際はどうだ。
俺は実はそれほど怖くない。
その理由は今はどうでもいい。
だから奴は俺からみたら普通の男にしか見えなかった。
同じ白いシャツを着た若い男だ。
いや、俺は今朝、白いシャツを着ていたはずだ。
こんな赤いシャツは絶対に選ばない。
そして自分でもわかっている。
俺もそっち側に行くんだろうってことを。
朝、「あと5分」と二度寝をしたことを、今頃後悔しても遅い。
俺の乗ったバスは横転し、煙をあげ、今にも爆発しそうな状況なのだから。
「その勇気に免じてもう一度チャンスをやろう。
だが条件がある。お前が叶えられていないことを叶えてみろ。
わかるだろ? お前なら。
もしかなったらお前にもう一度命をやろう。この妊婦もな。
俺もこのゲームに参加したい。ちょうど退屈していてな」
そう言って、死神は顔を変えた。
見覚えのある男の顔に……。