呪い その9
エレベーターを降りて表札を見ながら移動し始め、突き当たりに目的の店があった。
ドキドキしながらチャイムを鳴らす。店舗の中にチャイムの音が響くのが分かったが、物音はしない。
シーンとして何の反応もない。中に人がいて、撮影中とか、相談中とかなら、待っていられるのに、完全に留守ならどうしようもない。
「もう、1回だけ……」
ピンポーンと鳴る遠くの音。
やはり無反応だ。
「ダメか……」
がっかりして、力無くその場を離れた。
1階のロビーに戻ってきて、椅子に座る。戻ってくるかもしれないしと、しばらく待つ事にした。
1人、2人、人が入ってきてはエレベーターに乗り込む。
行き先を確認して、同じフロアで人が降りたらすかさず向かう。チャイムを鳴らして様子を伺い、反応がなければまた1階に戻ってきて待機。
中に入れてくれた女性の帰りとも鉢合わせたが、次の客を装って誤魔化し、夕方までその作業を繰り返した。2度、3度、同じ人(どこかの店舗の人かな?)とすれ違い、不審そうな視線を幾度か味わった後、ついに諦めて建物から出た。
黄昏色に染まる空を見上げて、途方に暮れる。
希望や期待が萎んでいくような感覚のまま、これからどうしようかと考えながら、見知らぬ街をトボトボ歩き始めた。このまま横浜に帰るか、それとも明日、もう一度訪ねてみようか。
明日、訪ねるとしたら……
「泊まるトコ、どうしよう」
予算はあまりないが、ある程度閉鎖された空間でないと、安心して眠れそうにない。
初対面の配達員や、自称弁護士ですら我を失ったんだから、ネットカフェみたいなところ、危ないよね?
だからといってすぐ帰るには諦めきれない。
安い宿を探すため、大通り沿いに充電できそうなカフェを探す。
10分ほど歩くと、PCやタブレットで作業をしている人が多くいるカフェを見つけた。
壁際にコンセントを視認したあたしは、そこに入ることに決めた。
アイス・カプチーノを注文して、コンセントのある席を探す。適度に混み合っている店内で、身を寄せ合うようにして話す男女の右隣に座った。
充電しつつ安宿を検索しながらカプチーノを啜っていると、隣に座る男の声が聞こえてきた。
「そうかあぁ、ようやく香奈も会社辞めるんだね。申し訳ないことに、事務作業が引くほど溜まってんだよね」
「ふふ、張り切って処理しなきゃ。これで、また一緒に働けるね」
チラリと横目で見ると、テーブルに置かれた女の手に、男が掌をかぶせて話をしている。
微笑ましい。
……そして、うらやましい。
「営業のほうはどう?」
あたしから見て奥に座る女がそう尋ねると、男からは自慢げな声がする。
「オーナーには褒めてもらえてるよ。あっちも、こっちも」
また横目で見る。シャッターを切る動作と……もう一つはテーブル上の何かを指している。
無意識に先ほど行った”はなちるさと”と重ね合わせていた。髪を直すふりをして顔を隣に向けると、そこにはタブレットが置かれていた。
「今日はオーナーはいないのよね?」
「うん、こっち案件で礼ちゃんトコに行ってるよ」
タブレットの端を、指でトンとタップしながら男が言い、女がそれに問い返す。
「礼さんのところって、横浜?」
【オーナーはいない】
【横浜】
どきっとした。
顔を正面に戻したが、耳は左に集中している。
「いや、東北の方だったかな。勧誘かもね」
自分の鼓動が耳元で聞こえるような気がする。
「随分人も増えたから、そろそろ管理が大変そう。それにとっても忙しそうで……。オーナーはちゃんと眠っているのかしら」
「そこは僕も心配だなぁ。こっちの案件も増えてんだよね。僕の営業じゃなくて、うさちゃんの力が大きいんだけど」
「2人とも優秀だわ」
「僕は飛び込み営業得意だけど、交渉力はうさちゃんに負けるよね。特にこっち側。なんでもない案件を仕事に変えてくるのって、素直に尊敬するよ」
「へえ、すごいのね」
完全に2人の世界だが、気になって仕方がない。
どうしようか、声をかけようか。
でも、まったく関係ない人たちだったら?
いや、ここは見知らぬ土地だ。知り合いが存在しない世界。
なるほど、旅の恥はなんとやらって、こういう事?
「あ……あの、はなちるさとの関係者ですか」
あたしは短い葛藤の後、そう言って隣の男女に声をかける。
2人が同時にこちらを向く。
「これ、なんですけど」
あたしは思い切って金のカードを出した。今は消えている住所のところを指差してみた。
「あ、結界カードじゃん」
え?
結界カード?
「それ、誰にもらったの?」
こちらを向いた男の顔は、目がくりんと大きい。マッシュヘアがよく似合っている可愛い雰囲気の男性だった。一緒にいる女性はふわりとした感じの格好で、薄く微笑んでいるような表情であたしを見ている。可愛らしくて、雰囲気のよく似た2人だった。
「地元で、通りすがりの人に」
そう答えると、2人は顔を見合わす。
ややして答えたのは男の方だった。
「地元って横浜?」
あたしは驚いて男を見る。
目が合ったのを確認すると、ゆっくり頷いた。
「じゃあそのカードくれたのって、背の高い髪がくりっくりのイケメン?」
夜に見た彼と、眉間に落ちてきたその髪を思い出す。確かにくりんとカールしていたような……?
そうか、よく思い出してみると、背も高かったような。
「多分そうです。あの、このカード、住所が時々しか現れないので自信なかったんですけど、写真館であってますか?」
「住所?あぁ、そういう事」
男がそう言い、奥の彼女が身を乗り出して答える。
「昼間は写真館です。19時以降に用のお客さんですか?」
男はあたしから顔を背け、彼女に向かって首を振る。
「いや、礼ちゃんが金のカードを渡したんなら、客じゃなくて候補者じゃないかな」
「あ、それじゃあ……」
「うん。時間帯で言えば19時以降だろうけど。それに、ひょっとしたらトラブル中かもね」
男は少し振り返って、あたしにちらりと視線を寄越して言う。
「通りすがりってんなら、礼ちゃんに聞いても何もわからないだろうし、やっぱりオーナーに聞くしかないね」
あたしはじっと2人の会話を聞いていたが、我慢出来なくなって口を挟む。
「オーナーさんって、いつ戻るんですか?」
彼女と向かいあってた男がこちらに顔を向け、やはり首を横に振る。
「しばらくって言ってたから、1週間は戻らないんじゃないかな」
「そんなに!」
どうしよう。
1週間分も滞在費なんてないし、その間にあの人はどうなっちゃうんだろう……
それならせめて、せめて何か情報が欲しい!
「あたしの犠牲になった人を助ける方法、お2人ならご存知ですか?」
「犠牲?」
訝しげな表情でそう問い返してきたのは男のほうだった。
話すのが少し怖い。
でもあたしは勇気を振り絞って、なるべく簡略化して説明した。
高校の時に遭遇した不思議な現象と、金のカードをくれた男と交わした会話。そしてなによりも親身になってくれたのに、あたしの呪いに晒された人の話を。




