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呪い その8

夜中、あたしは定期的にゆさゆさ揺れる感覚で目が覚めた。

なに?なにが起きているの?

貞操の危機?

ま、それでもあの人ならいいかな。

そう言えば、名前も知らない。

……それにしても、痛みも快楽もないけど、今はどんな状態だろう。

薄く目を開けると視界は真っ白だった。

なに、これ……?

自分の体を確認したが、仰向けに寝かされていて、衣服はきちんと着ている。

目の前に、白い手に包まれた塊がある。

それで理解した。

宙にある白い塊が定期的な平行運動をしており、それと連動してあたしの体が揺れていたのだ。

慌てて上に手を伸ばし、白い手をかき分けるようにして囚われた人物を探す。

顔も見えないほど覆われた事なんて、今までなかったのに。

何度もかき分けてようやく人の腕を見つける。

「やめて、この人を離して!」

あたしは恩人さえ犠牲にしなきゃいけないの?

必死で白い手を男から剥がす。

ぶちぶち音を立てながら、落ちては蒸発する手。

引っ込め、引っ込め。

あたしの中にいる何か、今すぐ引っ込んで!

この人を奪わないで、返して!

引き剥がすために白い手を掴み引き千切る。

こんなに多かったっけ?

いつの間にか増えてる?

ふといつものやり方を思い出した。

あたしは身を捩って横に移動する。ゴロゴロと3回転ほどして、いつもの痛みが背中に走った。

背中に腕を伸ばして、さらに窓を見て反射で映る姿から白いものが消えているのを確認する。あたしの背中は何もない。いつもはそれで終わり。

男は気絶しているだろうが、念のため息があるのを確かめよう。

ふと男を見ようとして、しばし固まる。

目の前には白い塊。

「どうして?」

白い手はあたしから離れたら消えるのではないのか?

今まではあたしが離れればなんとかなったのに、これじゃどうにもならない。

どうしよう、どうしよう!

「うっ……」

中からくぐもった声。

生きてる!

早く助けなきゃ!

あたしは再び塊に近寄り、ぐっと手に力を入れて千切る方に集中した。

ぶちっ、ぼとぼとぼと、じゅわ。ぶちっ、ぼとぼとぼと。ぶちっ、ぼとぼとぼと、じゅわ。

不快な音と共に蒸発するようにして消える手。

最後の1つが床に落ちて蒸発するまで、あたしはその作業を夢中で繰り返す。

「ねえ、大丈夫?起きて!返事して……。お願い…………」

安らぎを与えてくれた人を、こんな形で失いたくない。

何度か頬を叩いてみたが、何も反応がない。脈はあるが、どんな影響が出ているのか判断できなくて怖い。

「どうしよう……」

小さく呟いたあたしは、彼から距離を取り、三角に座って泣いた。

どうしていいか分からず、不安で仕方ない。

泣いて泣いて、どうして自分が泣いているのか分からなくなった頃、ようやく涙が止まった。

もう一度倒れている男に近づいて、息をしている事を確認する。

苦しそうでもないし、ちゃんと息をしているが、救急車を呼ぶべきだろうか。

呼吸に乱れがないか注意していたせいか、その唇に目がいく。そうすると、少し唇が動いたような気がして、耳をそっと寄せる。

しかし何も聞こえない。顔を男の正面に向け、じっと唇に注目する。

「!」

視界に白いものがちろりと入る。

ガバッと窓を見ると、自分の背中から彼に白い手が伸びようとしていた。

慌てて距離をとったあたしは、いつものカバンへ適当に荷物を入れる。

金のカードを持って、そのまま家を出た。







家を出てしばらく、あたしは何を持ってきたのかも分からないまま家を飛び出した事を思い出し、カバンを開いて中身を確認した。

タブレットに財布、いつも持ち歩いている充電器に水と化粧ポーチ。

それに金のカード。

「よかった。なんとかなりそう」

タブレットを開き、女性専用の夜行バスに空きを見つけたあたしは、すぐに予約して大阪に向かった。

高速道路の流れる灯りを目で追いながら、あたしはこれからの事を考える。

写真館”はなちるさと”の周辺を散策し、旅行客を装って行ってみよう。

それから?

「はぁ……」

あれこれ、色々どうしよう。

何も思いつかなくて、流れる景色を見ていたあたしは、いつの間にか眠っていた。








明け方、あたしは”梅田”と呼ばれる地域に降り立った。時間を潰すところは無限にありそうだ。

適当に入ったファストフード店で朝食を済まし、タブレットの充電をしながら検索する。

「本町、本町……あぁ、ここから2駅なんだ」

時間もあるし歩いてみようかな。コーヒーを啜りながら、あたしは地図と睨めっこしていた。

体は気だるい疲れがあったが、いつ何時あれ(・・)が現れるかと思うと不安でたまらない。

こんな早朝に開いているとは思えないが、偵察だけは済ませておこうと思った。

「充電終わったら、行ってみよう……」

そう思って画面を見ていたあたしは、いつの間にかうとうとし始め、頬杖をついたまましばしの眠りに落ちる。








「はっ……!」

ふいに覚醒し、辺りを見回した。

気がついた店員さんが、ふっと笑いかけてくれて、席を占拠していた罪悪感が薄れる。

時計を見ると10時過ぎだ。

かなり長い時間ここに居座っていた事になる。

何か影響なかっただろうか?

改めて辺りを見回す。

特に被害が及んだ形跡はない。

とりあえず、ほっと胸を撫で下ろして席を立った。








1時間くらいで歩けそうだったので、人が密集しそうな電車は避けようと思った。

サイトによると開店時間は10時。昼前には到着しているだろう。

予約で埋まっていても、5分でもアポイントが取れればいいな。

時々タブレットで地図を見ながら、見慣れぬ土地の景色を見物しながら歩く。住所を頼りに店を探したが、ほとんど迷う事なくたどり着いた。

「ここ、かな?」

コンクリートの壁を見上げながら、あたしは地図に目を落とした。

少し奥まったところに各店舗のポストがあり、そこに”はなちるさと”の名を見つけてほうっと息を吐き出した。

「よかった」

そう呟いた瞬間、そこに驚きの文字。

『完全予約制』

「え!嘘……」

飛び込みはダメって事?

あんなに悩んで、たくさん調べたのに!

まさかの完全予約制とは。

「で、でもでも、とにかく呼び出してみよう」

あたしはマンションの呼び出し盤で、”はなちるさと”の号室を押してしばらく待った。

「……………………」

無反応。人がいるのかいないのかも不明だ。

もう一度だけ。

「………………………………」

がっくり肩を落としてその場を離れたようとしたその時、こちらに向かってくる女性がいた。

あたしが持っているカバンを見て、微笑みかけてくる。

「あなたもジム?」

そう問われて、ほぼ無意識に頷いていた。

頷いてから、ジムにしては軽装じゃないかと自分の荷物をちらりと見た。

しかし目の前の女性も大きな荷物など持っていない。不自然じゃないのなら、とりあえず話を合わせておこうと思い口を開く。

「ちょっと、早く来すぎちゃって……」

「じゃあ、私の次の人かしら。ここで立ちっぱなしも疲れるし、ロビーで待ってたら?」

そう言うと女性は目的の店を呼び出す。応答の声もなく開くガラスの扉。

どうぞと言わんばかりの顔について行くと、5歩も行かないうちに椅子とテーブルが出てきた。

「ありがとうございます」

椅子に近寄りながら女性に声を投げかけると、会釈だけが返ってきた。

建物の奥に消える彼女の行き先に、きっとエレベーターがあるのだろう。

あたしは5分くらいその場で待機してから、建物の奥に向かう。想像通りの場所にエレベーターがあったので、目的のフロアまで移動した。


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