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呪い その6

翌日、例の如く体力を奪われたせいで、夕方近くまで寝ていたあたしは、見知らぬ訪問者に戸惑っていた。

「わたくし、こういうものです。あなたの上司より依頼されて参りました」

玄関先で差し出された名刺には、弁護士と記載されている。

「弁護士?上司?」

そんな名刺を渡されて、玄関先で立ち話など出来なかった。

あたしは部屋に弁護士を招き入れ、マグカップにティーバッグを直接いれてお茶を出す。

西日が射す窓近くに、弁護士はあぐらをかいて座っていた。

「それで、弁護士さんが何の用なの?」

私の問いかけに、にこりともしない弁護士が淡々と答える。

彼が言うには、あたしが高層ホテルで過ごした、元職場のオーナーは既婚者だったらしい。朝まで気絶していたせいで居場所がばれて、奥様がご立腹なのだとか。あたしを訴えると息巻いているようで、調査のためにこの弁護士が遣わされたというわけだ。

「結婚してたの、あの人?」

「知らなかったのですか?」

「もちろんよ!それに、何もしてないわよ、あたし達」

キスはしたけど……

「それを証明できますか?」

「できるわよ、あたし処女だもん」

そう言うと、弁護士は驚いた顔をしてこちを見る。

「えっと、そ、そんなはずは……適当な事、言わないでください」

「適当じゃないわよ。試してみる?」

無愛想だった顔が、急激に赤くなる。

かわいい、照れちゃって。

……いやいや、何考えてんの、あたし!

こんな人、好みでもなんでもないのに。

自分の気持ちを切り替えるように、咳払いを1つしてから質問する。

「これって浮気調査?相手に直接聞くなんて危なくない?それとも何か証拠があって、それを見せつけにきたとか?」

あたしがそう聞くと弁護士は数枚、写真のコピーを取り出す。

「は?これが証拠?」

「はい。奥様がお持ちになったものです。プライベート空間でお2人、仲良く写っている数々です」

あたしは絶句して弁護士の顔をまじまじと見た。

良く見るとまだ若い。

本当に弁護士かな?

地味で内向的。勉強しか興味がなかったので、最短で資格をとった童顔さん、とか?

まぁ、可能性は否定しないが、それにしてもお粗末な仕事をするもんだ。

経験のなさゆえか、あるいは……

「あなた、本当に弁護士?」

「え!」

「資格取得したのいつ?」

「さ、3年前です」

「年齢は?」

「……個人的な事ですので、あなたには関係ありません」

自分が疑われているのは分かったのか。

あたしは大きな息を吐き出して写真の1つを指差した。

「このプライベートな空間って、あなたは実際に行った事あるの?」

「それは……」

「奥様の話だけを聞いて、調査もなしにここに来たの?」

「……」

「はぁ、じゃあ説明してあげる」

あたしは写真の1つを指差す。

彼の手があたしの肩を抱いて、楽しそうに写った酷く荒い画像の写真だった。

「これ、去年の忘年会の写真よ。オーナーとあたしの周りにも、たくさん人はいたの。この写真、あたし達だけ切りとって、引き伸ばしたんでしょう?」

自称弁護士は驚いた顔で写真をまじまじと見る。

「15人も入れる個室居酒屋をプライベート空間と呼ぶのなら、そうなのかもしれないわね。それからこっちは……」

すぐ隣の写真を指差す。

彼があたしの頬にキスをしようとして、あたしがそれを手で押し退けている。

「彼の店だから、プライベート空間と呼んでいるのかしら?このアングルでわかると思うけど、これ、他にも従業員がいて、その子が撮った写真だからね。ちなみに、”オーナー、セクハラで訴えるか、責任とらせますよ”って数人が言って、本人は責任とって結婚してやると笑っていましたよ。だから、ここの従業員全員、オーナーが独身だと思ってます」

年間売り上げが3ヶ月も前倒しで達成した瞬間、感極まったオーナーが従業員全員にキスして回った時のものだ。もちろん、男女関係なく。

「それからこっちは……」

そこからあたしは、本当の証拠が何一つない写真を、逐一全部丁寧に説明してやった。

この前の高層ホテルの写真でもあれば、まだ証拠とよんでも良いのに……。

自称弁護士はもう、何も言い返す事ができないようだ。

「ね、あなた奥様に雇われた役者か何か?どっちでもいいけど、あたしはもう職場復帰すら諦めていて、今は無職なの。それが彼の意思だったのか、奥様の指示だったのか分からないけど、もう会う事はないから安心して」

どうしようかと考えあぐねているような顔の男。

こいつ、優柔不断なのか、頭が弱いのかどっち?

少しイラっとしながら言葉を待つ。

しかし、男は俯いて、膝に置いた手をぎゅっと握りしめている。

乗り込んできておいて、黙り込むの?

そしてそこに居座るの?

あたしの睡眠を妨害しておいて。

夕方までたっぷり寝たくせに、そう考えてしまった。

相手の態度にイライラがつのる。

「あたしは証拠もない不倫疑惑で解雇されたって事なのね。これって不当解雇にはならないの?事前通達もなく、突然明日から来なくていいって、出勤したら紙1枚でお知らせよ?訴えたいのはこっちのほうなのに!」

口調が自分でも驚くほど強くなっていた。

はっと我にかえったあたしは、目の前の男に目を向ける。

え?

肩を震わせて……

「あの、泣いてる?」

そうたずねると、ぐすっと鼻を啜る音と共に聞こえた言葉。

「い、いえ。すみません」

ええぇ!

泣かれても困る。

「やぁね、ちょっと強く言いすぎたわ。解雇されたのは事実だし、これからどうやって生きていこうか考えていたから……」

「い、いえ。こちらこそ。すみません……」

ぐいっと涙を拭った男に心の中で呆れていたはずなのに、あたしは知らず腕を伸ばしていた。

「ね、泣かないで」

そう言いながら、男の手を掬い上げるようにして両手で包む。

どんな顔で泣いているのだろうと、急に顔が見たくなって、下から覗き込むようにした。

ぎゅっと閉じられた瞼から、涙が溢れている。

本当に困ったな、どうしようかと思っているのに、あたしの手はその頬に触れていた。

「あたしが未経験って事、あなたが奥様に証明してあげたら」

その言葉に驚いたのは、男はもちろん、あたしもだった。

何言ってんの、あたしの口!

狼狽えた男の両頬を、あたしの両手が挟んでいる。

驚きで見開かれた瞳に、別人のように色っぽい自分が写っていた。

「良いんですか?」

男がそう聞き返す。

良いわけないじゃない!

そう口に出したいのに、あたしの腕は男の首に絡んでいる。

男の唇が近づいてくる。不細工でもないし、嫌悪は感じないが、初めてを捧げても良いほどの男ではない。

贅沢言うなって心の何処かで聞こえた気がするけど、まだ夢見ていい年齢でしょ!?

「〜〜〜〜〜っ」

心は焦っているのに、体が反応してくれない。

男の顔が最大になった瞬間、見ていられなくて目を閉じた。

胸に男の手を感じる。

恐怖も歓喜もない。

どうしようと焦るのに、あたしの手は男の頭を抱えている。

やだ、これじゃノリノリだと思われてしまう。

この時、あたしは初めて白い手の出現を願った。

出るなら早くして!

薄く目を開けて意識をはっきり保とうと口を開いた。

「きて……」

あたしの言葉に、男が嬉しそうに自分の服を脱いでいく。

意味が違う!

「〜〜〜っ!」

そこに。

きた!

背中からゾクゾク来る悪寒。肩甲骨の間から突出したナニカの感触。

男を包み込み、白い指先が小刻みに動いているのが分かった。

目の前で気絶した男の顔が見える。

あたしは全力で男の体を蹴飛ばし、白い手が千切れるくらい男から離れた。

肩で息をしながら、暗くなり始めた薄暗い外に目を向け、窓ガラスに映り込んだ自分を確認する。

白い手は背中に少し見えていたが、ひっこんでいく途中のようだ。

完全に見えなくなるまで待って、男に駆け寄る。

手首を持って脈がある事を確認すると、ほっと息を吐き出した。

そのまま座り込みたかったが、慌てて男の腕を掴み引っ張る。

重すぎて動かし難い。途中から両脇を抱えるようにすると何とか動かせたので、引きずるようにして玄関に向かう。背中で玄関扉を開け、男を外へ出そうとしたその瞬間。

「手伝いましょうか」

背後からかかる男性の声に、心臓が痛いほど跳ねた。

半開きの玄関ドアの向こうに、スーツ姿の男が立っている。

消えかけの夕陽に反射する瞳は少しオレンジ色で、あたしは何も言えずにその瞳を見つめていた。

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