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呪い その5

「あ、あの……」

正直に話そうか、誤魔化そうか。

「ご、ゴキブリがでて」

「やだ、それは逃げたくもなるわよね!殺虫剤がないって事ね?待ってて、貸してあげるから」

女性はそう言うと、2件隣の扉を開けて消える。

あたしはとっさに出た言葉に、自分でも戸惑っていた。

しかし通報ともなければ、呪いのせいで我を失った配達員が前科者になる可能性が。

「どうしよう」

これも全て呪いのせいだ。

ふと、短パンのポケットに入れたカードの存在を思い出した。頼みの綱とも思えたそのカードは、連絡先の記載もないし。そう思いながら取り出したそれは、ほんのり発光しているように見える。




はなちるさと

大阪市中央区本町4———

19:00〜23:00

担当:若月





「大阪市中央区……本町?住所!住所が現れてる。どうして?」

カードをよく見ようと、表に裏にくるくる捻りながら見ていると、コツコツとエレベーターの方から足音が聞こえてくる。

慌てて肌けた衣類をかき集めて肩を隠す。扉に背を預けたまま、こちらに向かってくる足音と、手に持ったカードの両方が気になっていた。

こんな姿で顔を上げる事もできず、慌てて伏せて下を見る。伏目がちで隠し見たところ、どうやら男性のようだった。スーツのような裾に革の靴。大きな足が目の前を通る時、少し緊張した。

背中の腕は反応しないようだ。それには少し安堵し、胸元で集まった布を片手で抑えつつ、不自然すぎないようにカードに目を向けた。

住所はさきほどより薄くなっている。慌てて出て来たので、タブレットもメモも持っていない。

【大阪市中央区本町4……】

あぁ!

末尾を確認するまで待てずに消えてしまった。どうしようかと考えている間に、足音は遠ざかり、入れ違いに先ほどの女性が戻ってくる。

「ごめんなさい。殺虫剤が見つからなくて。そんな格好でここにいるのもなんだし、ひとまず家来ない?」

気さくに笑いかけてくれたその人の好意に、あたしは素直に頷いて立ち上がった。

「絶対あるはずなの。お茶でも飲んで待ってて。すぐに見つけるから」

こんな人がいるのなら、あたしは人間不信にならずに済みそうだ。









2時間後、あたしは殺虫剤を手に自宅の扉前に来ていた。

お茶やお菓子などをご馳走になって、ついでに彼女の話し(主に会社の愚痴)を引き出して時間を稼いだ。ゴキブリに逃げられるのではないかと心配してくれたが、話しを始めると止まらないほど愚痴を溜め込んだ人だったので助かった。

2時間待ったのだから、まだ男がいたら諦めて警察か救急車を呼ぼう。もしいなかったら実家からの荷物を開けて、助けてくれたお姉さんに何かお裾分けしよう。

そう思って、そっと自宅扉の取手を引く。

当たり前だが鍵はかかっておらず、隙間から見る自宅には人の気配がない。

それでも慎重に、なるべく静かに滑り込む。

殺虫剤を構えつつそろりと中へ進み、部屋の中を見回した。

やはり、人はいない。

ベッドにも膨らみはないし、カーテンも開いたままでベランダが見えている。念の為風呂場も覗いたが、誰も隠れていない。

「よかった」

ほうっと大きな息を吐き出して、その場にへたり込んだ。









玄関を施錠してから、荷物を開封する。お裾分けできそうな野菜と果物、それにお菓子と借りた殺虫剤を抱えて、あたしは2軒隣を訪問した。

「退治できた?」

心配そうな瞳に向かって、あたしは少し苦い笑顔で答える。

「いえ、逃げられてしまいました。あたしも殺虫剤、常備するようにします」

「そうね。マンションだからあまり出ないけど、カバンの中に入り込んだりして出る事あるものね」

「え!そんな事あるんですか」

「あるわよ〜。実際、買い物の袋から出てきた事あるもの。床に置いた瞬間、カサカサってね」

言い訳に使っただけのゴキブリは、実際に見ていない。しかし鳥肌が腕を駆け上がる感覚があった。

「あら、想像しちゃった?ごめんね」

悪戯っ子のような顔で謝る女性に、あたしは再度礼を言ってお裾分けを渡す。

「こんなに?悪いわよ」

「いえ!さっきは途方にくれていたんです。本当に助かりました。気持ちですから、もらってください」

「それじゃあ……」

遠慮がちにそう言った女性は、あたしの差し出したものを受け取ってくれた。

よかったと胸を撫で下ろして自宅へ戻ったあたしは、再び金のカードと向かい合った。

「やっぱり、住所なんて書いてない」

でも、確かに見た。

『大阪市中央区本町4』

本町なんて全国的にある町名だけど、確かに大阪って書いていた。

タブレットを引き寄せて検索する。

「あるわね」

中央区に本町という駅があった。

そして、そこには”はなちるさと”もあった。

「この写真館、前にも検索で見たわね」

でも、若月なる人物はサイトに載っていない。もう一度金のカードを見る。




はなちるさと


19:00〜23:00

担当:若月




どうやって住所が現れたのか。条件はなんだろう。

1人で眺めていた時と、さっき現れた時の違いって何?

「あ!」

白い手、かも?

「それなら」

あたしはカードをベッドの上に置いてからキッチンに向かい、上の棚からワイングラスを取り出して水を入れた。

指にも水を付けると、そっと縁をなぞる。

コウゥゥーっと綺麗な音が静かに鳴り響く。

「違うわ」

少し水を減らして再度鳴らす。

「あ、近いかも」

さらに減らして調整する。

すっとなぞった指先から弾ける音。ぞわりと這い上がる感覚。

「きた」

振り返ってベランダへ続くガラス窓を見る。部屋の照明が反射したそこには、白い手が現れていた。

慌ててカードを見るためにベッドに駆け寄る

消えかけのような住所が読めた。

末尾を覚え、タブレットの画面を見る。

「同じだわ」

若月なる人物はいない。営業時間も違う。それに、ただの写真館だ。

でも、住所と店舗名が一致している。

他に手掛かりがないのなら、ここに行ってみようかな。

「撮影プランに除霊的なものがあったり……しないか……」

ヘアメイクや衣装付きのプランと、証明写真のプランがあるくらいで、不可思議なものにスポットを当てたようなメニューはない。

営業時間は19時まで。

また不安になってきた。大阪まで行って、間違ってたら無駄に浪費することになる。

無職だと何度も思い出しては悩むを繰り返す。

「住み込みで働く?」

実家は遠くなるが、引っ越しも1つの手段かもしれない。京都や奈良が近ければ、親が遊びに来た時に観光案内できるようになるし。

そう唐突に思いついた。

ざっと部屋を見回す。

カラーラックが2つ。それくらいしか家具はない。

ベッドは備え付けだし、椅子もテーブルもない。元々、物を手元に置く習性がないので、カラーラックと布団を捨てれば、スーツケース1つで引っ越しが出来そうだ。

そう思うと、本当に引っ越してやろうかと思い始めた。


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