呪い その23
「大丈夫です。この感じだと、すぐに目を覚ますでしょう」
「あたしと同じことを?」
膝を払いながら桜の精は立ち上がる。
「少し違いますが、目的は同じです。雑多に入り乱れた能力を調整し、安定と定着を目指しました」
んー、よく分からないんだけど……。
じっと目で訴えてみる。
「簡単に言うと、能力の底上げをしました。お2人は恋人同士に見えましたので、早急な対策が必要かと」
「……」
目前の桜の精をまじまじと見る。
「どうして、そう思ったの?」
尋ねると桜の精は考え込むようにして、顎に人差し指を当てて答える。
「お2人の纏う空気が、同じような波長をしていましたので。仲の良い夫婦間に見られるような波長でしたが、呪われている状況と、彼の抵抗力の微弱さから、未婚だと推察致しました。未婚である理由が呪いなら、早急な対策が必要かと」
うん、聞いたあたしがバカだった。
まったく意味が分からない。
波長って何?
それって目に見えるの?
「問題はお2人の感情の昂りです。未桜さんは他人の霊体に干渉できますよね?」
「干渉……?」
あたしのアホ顔を見た桜の精は、首を傾げながら聞いて来た。
「他人をコントロールできるという自覚はありますか」
首を横に振って答える。
「そうですか。ここには耐性のある方が多いので、手本をお見せするのが難しいのですが、訓練すれば隣に座るだけでも、相手の動きを制限したり、思い通りに動かせるようになります」
「そ、そんな怖いコトがあたしにできるの?本当に?」
「訓練すれば可能です」
桜の精の言葉を補足するように、若月さんが付け加える。
「能力値の差に大きく影響されるわ。紙呪なんて使わなくても、短時間的な錯乱を引き起こしたり、思い通りの行動を取らせる事ができる。相手が自分より格下なら、よりイメージ通りになるってわけ。魂結の訓練前に礼が言っていた事よ。最終的に目指すのはそこだったの」
な、なるほど。
「ただし、壮大な事は無理よ。数秒動きを止めるとか、物を取ってもらうとか、そんなヤツよ」
あたしが若月さんの説明に頷いていると、桜の精から警告めいた言葉。
「ただし、この呪いは異性を引き寄せます。相手の欲望を刺激し、あなたへ向かわせる。これは一種の栄養補給です」
栄養補給?
「そもそもこの呪いは、私に取り憑いていた怨霊が、自らを強化するために生み出したものです。男を引き寄せ、霊体を喰らう魔物。独立したそれが、自らに還元されないとも知らずに感染させた、忌まわしい呪いです」
「じゃ、じゃあ、その怨霊を退治したら、この呪いは消える?」
桜の精は申し訳なさそうな目であたしを見る。
「呪いは元凶となった怨霊を祓っても消えません。解呪の方法を探すしかありませんが、私もずっと試みていますが、未だ成功していません」
すっと頭を下げる桜の精。
これは、謝っているのだろうか?
どうしよう。呪われたのはこの人のせいじゃないのに、責任を感じているって事?自分だって犠牲者なのに……
あたしがどう声をかけようかと迷っていると、桜の精は頭を上げてあたしを見た。
「解呪方が見つかれば、必ず伝えます。ですのでそれまでに、完全にご自身の能力と同化させてください。呪いがなくても発動できるように」
「あ……はい!」
「この呪いは定期的に、他人の霊力を欲します。白い手は呪いではなく、あなたの能力が具現化したものです。相手の魂を保護しつつ、霊力を奪う。1晩、しっかり眠れば回復する程度の、微量を上手に採取するためのモノです」
「え!」
驚きで、それ以上何も言えなかった。
あの白い手こそが、呪いそのものだと思っていた。それが、まさか自分が創り出したものだったなんて。
「男女の感情の機微について、私からは何も申し上げられません。ただ、あなたが彼を求め、彼が情けから保護を放棄した場合は危険だと思ってください」
キビってなんだろ?
あたしが鷲木さんに積極的にアプローチしても、彼が保護を放棄するなんて事、あるだろうか。
「ま、そこは中学生に心配されるような事じゃないわね。大人だもの。後は微調整でしょ」
若月さんがそう桜の精に答える。
「ちゅう……がくせい?…………中学生!」
あたしが聞き返すと、桜の精は困ったような顔で少し微笑み、首を横に振る。
「な、なんだ、冗談ですか」
びっくりした。時々あどけなく見えたって、中学生には見えないわ。
「学校には通っていませんので、中学生は正しくありません」
「……?ん?んんん?」
あたしのパニックになりそうな顔を見た若月さんは、苦笑しながら教えてくれた。
「彼女、14歳よ」
「!!」
驚き、絶句したまま、桜の精を見る。
不思議な空気を纏う少女は、小さく微笑し、あたしにアドバイスをくれた。
「日常生活の中で、あなたの呪いに触れて、寄ってくる人が今後必ず出てきます。中には不快で、嫌悪するような人も出てくるでしょう。だから、そのような方で実験すると良いと思います。大切な方を守るために、呪いの制御は必須ですから」
そう言うと桜の精は、倒れたままの鷲木さんを見て、次いであたしに目を向ける。
「どうか、幸せになることを諦めないでください」
ほんのり笑った桜の精を見つめ、ゆっくり、しっかりと頷いた。
銀杏並木の装飾は、すでに消灯を迎えていた。待ち合わせの時とは違う世界に来たみたいに、景色はその色を失い、冬の寒空が灰色の雲を散らして広がっている。
あたしは電飾の巻かれた、暗い銀杏の木を見上げていた。
「これが、ヤドリギならよかったのに」
キラキラしていた木を思い出しながらそう呟き、ヤドリギなんて見たこともない事に思い至る。
木の幹に背を預けたあたしは真後ろに手を回し、木の感触を掌に感じながら、鷲木さんを見上げた。
揺れる瞳とぶつかる。
優しいこの人は、相手を思いやるあまり行動を躊躇する。
だから、キス1つ出来ずにここまできた。
半年経ってようやく、考えている事がわかってきたのだと思う。
呪いを警戒するあまり、あたしに手を出さないのだと思っていた。それは自衛の本能からいうと当たり前の事だ。
それが間違いだとようやく理解した。
呪いが現れる事によって、あたしが自己嫌悪に陥ると分かっているから何もしないのだと。
でも、このままじゃ、一生キスできない。
……キスから先も、期待できない。
「もうじき終わっちゃうね、クリスマス」
動きたい、でも動けない。オレンジの瞳にはそんな葛藤が見える。
自分を律する事ができるこの人は凄い。だけど、時にはその殻を破ってほしいなんて、ワガママかな?
「ねえ、銀のカード持ってる?」
そんなものなくても、今なら大丈夫だと思った。でも、念の為聞いてみると、鷲木さんはしっかりと頷いてくれる。
それを確認したあたしは幹に触れていた手を動かし、木から離れて鷲木さんに差し出した。
いつものように、そっと、でもしっかり抱きしめてくれる。
あたしをすっぽり包みこむ肩幅と腕に、安堵感が広がる。それと同時に物足りなさが胸を通り過ぎた。
ヤドリギの意味も、この人は分かっていないのかも。
あたしは鷲木さんの首に腕を回すと、腰を彼に押しつけたまま、上体を逸らしてその顔を見る。
オレンジの瞳が燃えるように揺れていた。
「あ……」
我慢できなかったのは、あたしのほうだった。
自ら顔を寄せ、夢中で唇を合わせる。躊躇いがちに答える彼は、徐々に熱を増していく。
白い手は、まだ出てこない。
「はっ……」
息を吸うために顔を離したあたしは、オレンジの瞳を見るために再び上体を反らそうとした。しかし、後頭部を優しく、でもしっかりと掴まれて出来なかった。
「え……」
そう小さく漏らした後、激しく唇を塞がれる。
冬の冷たい風が気にならない程の、情熱的なキスだった。
「んん……!」
少し息苦しくなって、鷲木さんの背中を拳でトントン叩くと、ようやく離れる顔。
その瞳は燃えるように激しかった。
「未桜さん」
名前を呼ばれるだけでぞくぞくする。
「はい」
短く返事をすると、彼の左手があたしの後頭部に添えられる。
「ん……」
ぐっと引き寄せられ、再び唇が塞がれる。出会ってから、今日までの遅れを取り戻すかのような、そんなキスだった。
ピピピピピピ
キスを邪魔するアラームのようなけたたましい音。
鷲木さんのカバンからだ。
「未桜さんの終電が近い」
「終電……」
ああ、この人は、と思った。
自分は京都から来ていて、あたしよりずっと終電が早いはずなのに。
「アラームの設定はあたしなの?」
「もちろんです」
当たり前のように言う顔に、愛しさが込み上げてきた。
「じゃあ、一緒に帰る?今日なら、その……キスから先でも白い手が出てこないかも」
おずおずと見上げたオレンジの瞳は、照れて逸らされるかもしれないと思った。
「!」
そう思った瞳がキラリと光ったように見えたが、抱き寄せられた事により見えなくなる。
「行っても、いいのですか?」
気遣うような言葉の奥に、見え隠れする欲望。
「今日しかチャンスがないかもよ?でも銀のカードは身につけていてね」
くすりと笑う声。
「シャツは着たままになりますね」
少し想像すると、きゅんと体の奥が震える。
「し、仕方ないわよね。殺したくないもの」
あたしはそれを誤魔化すように言い、鷲木さんの手を引いて駅へと足を向ける。
きっと、冬香さんはキスくらいは出来るようにって思ったのだろう。
それに感謝しつつ、あたし達は終電に飛び乗った。家に着く頃にはクリスマスは終わってる。
でも、夜が明けるまでは、クリスマスって事でいいよね?
ぎゅうっと、鷲木さんの手を握り直した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「この続きは……あでっ」
ゴーグルを外しながら言う光に、礼がデコピンしながら呆れた表情を向ける。
「感想、そこか?もっと他にないのか」
う〜んと唸りながら答える光。
「未桜さんの見る目が変わりました。良い方に」
「それは何より」
「ところで師匠」
光は真面目な顔になって礼を見る。
「この胸の高鳴りは、ただの影響でしょうか。いや、影響ですよね?鷲木さんを好きになってしまったなんて事、ないですよね!?」
「はあ?」
呆れたような表情の礼が光を見る。
「未桜さんの感情が流れてきて、好き、せつない、大切にしようって感情と、鷲木さんが交互に頭の中を回転しています」
へえ、と礼は言って1つ頷く。
「誰の感情に影響されているのか分かってんなら、大丈夫だろ」
「どうせ好きになるなら未桜さんがよかったのに、鷲木さんが頭から離れません」
ふぅん、と言いながら、光の瞳を覗き込む礼。
「面白い影響のされかただな。ま、その扉を開けるも、開けないもお前しだいだな」
真剣な顔で考え始める光。ふと顔を上げて礼を見る。
「この時、冬香さんが合流したことによって、師匠も能力の底上げがあったんですか?」
「……どうしてそう思ったんだ」
面白そうにこちらを見ていた顔が、急に真顔に戻る礼。
「最後に出て来た若月さんがレベルアップしてたじゃないですか。だから一緒のタイミングで何かあったのかなあと思って」
「へえ」
口角は上がっているのに笑っていない礼の表情に、少し嫌な予感を覚える光。
「あはは、気のせいかもですね」
繕ったような薄い笑いを乗せて頭を掻いた。
「あ、もうお昼ですね!いや〜朝あんなに食べたのに、お腹って空くもんですね」
両手を腰に当て、窓に向かって空を見上げる。
何が不味かったのか分からないが、話題を変えるのが良いような気がした。しかし何も思いつかなくて、適当に言葉を繋いで誤魔化したが、沈黙が返って来てヒヤヒヤする。
「ふっ……」
笑ったのか、呆れたのか分からなかったが、背後から息と一緒に溢れた礼の声。直後、頭にがしっと手が置かれ、髪をぐしゃぐしゃにされた。
「ま、今は勘弁してやるか。まだまだ見るべきものはあるしな」
ほっと安堵の息を吐く光。
訪れる夜が長くなる事を、この時はまだ知らない。




