呪い その20
その回答にあたしは首を傾けて礼さまに言った。
「残り7……じゃなくて5家は大丈夫なんですか?」
先の3家に礼さまと若月さんの実家を除いても、まだ5家残っている。
その疑問には礼さまから説明があった。
「瓊樹家の傍流に”青木”、”上津原”、”日下部”があり、ここは協力的だから大丈夫だ。安堂寺の傍流には”蜂須賀”と”物部”があり、協力的ではないが、オレが当主の間はなんとかなる」
「なるほど……」
そう呟いてみたが、もうなんの事だか分からなくなっている。考え込んでしまったあたしを置き去りに、若月さんが礼さまに目を向けた。
「剱が抱える組織には警戒しなきゃ」
「そうだな。非能力者もいるようだが、人数だけは多い。警戒し過ぎって事はないだろう。加賀美も剱も、秘密主義だから実態は不明だしな」
2人の間で問題が次々出てくる。こちらが口を挟む隙がない。
「前から気になっていたのですが」
ふいに、2人の会話に割って入る鷲木さん。2人に向かって、そう前置いてから聞いた。
「神宝十家門の全体組織として、お2人がやっている事は、認められているのですか?」
この質問に2人は顔を見合わせ、しばしの沈黙をもたらした。
ややして、若月さんが発言する。
「もちろん、非公式よ。神宝とは別に組織を立ち上げた事が分かれば、反対が出ることはもちろん、つぶしにかかってくるでしょうし」
「今はまだ小規模だから、目にも止まっていないだろうがな」
「そうそう。あたしは実家を出た放蕩息子で、親が嘆いているってのは有名な話よ。ただし礼は安堂寺家の当主だから、神宝関係には呪いのメンテナンスに来ているだけって体裁なのよ。お仕事を振っているのも、完全に外注ってことにしているから、ここの組織にも組み込んでいないわ」
納得したような鷲木さんの声。
「はやりそうですか。でも実際には共同設立者で認識は合っていますか」
「そうね。礼のスカウトがなければ、ここまでの人数は集まらなかったわ」
「礼さんが頻繁にここに出入りするのは、その体裁があれば大丈夫なのですね」
ああ、と言って、若月さんは鷲木さんとあたしを見ながら言う。
「礼は未桜ちゃんと同じで、本当に呪われているのよ。厳密に言えば、安堂寺家の呪いを一身に引き受けている。定期的に瓊樹の魂結で保護しなきゃ、呪いが進行して死んでしまうのよ」
あたしは自分の目をこれ以上は無理ってほど、大きく開いた。
「瓊樹が安堂寺家当主の命を握っている。茅の輪では抑えられないほどの強い呪いでね、メンテナンスが必要で頻繁に会う必要がある事は業界全体が知っている事よ。ちなみに、礼が魂を見る事ができるって事を知っている人は、ほんの一握りよ」
だから、と言って、若月さんは口に指をあてて、内緒とでも言いたげな動作をする。
「2人も外部に漏らさないようにね」
「はい」
鷲木さんの即答に、あたしは慌てて追随する。
「は、はい!」
「実際、礼さんの呪いのメンテナンスは、どれくらいの頻度が必要なのですか」
あたしが聞きたかった事を、鷲木さんが聞いた。
「1週間に1度は必要ね。キス出来たら、1ヶ月に1度くらいでもいいんだけど」
ウインクした若月さん。鷲木さんにしたのか、あたしにしたのかは分からなかった。
「手を翳して呪いを認識したら、相手の霊体に触れ、それに幕を張っていくようにするのよ。幕を張れたら小さく小さくしていく。もちろんこの魂結は、かける側の能力によって精度が大きく変わる。今、瓊樹の中で一番精度が高くて、長持ちする魂結を作れるのはあたしなの。それでも、礼の呪いでは1週間程度しか持たないのよ」
「それは、呪いが強力すぎるという事でしょうか」
鷲木さんの問いかけに、若月さんはゆっくり頷く。
「霊体は肉体を包む殻のようなもの。体内に入れば、それだけ霊体に干渉しやすくなる。霊体に干渉できるということは、間接的に魂に干渉できるという事よ」
もはや、あたしの理解力では何を言っているのか分からなかった。
ただ1点、素朴な疑問が脳裏を占める。
「どうして、キスなんですか?」
あたしは疑問に思った事をそのまま聞いてみた。
「体内に近い方が霊体に影響を及ぼしやすいの。これは呪い全般に言えることね。未桜ちゃんなら、なんとなく感覚でわかるんじゃない?」
理屈はわからないが、感覚としてはなんとなく理解できる。あたしは静かに頷いて、若月さんの次の言葉を待った。
「体の結びつきが霊体に干渉を許しやすい環境を作る。性的な興奮も干渉を許しやすいの。だから、未桜ちゃんの呪いには男を惑わす力が備わっている」
あたしは突然豹変した人々を思い出していた。苦しそうにしていたのは、呪いに抗っていたのだろうか。
そんな事を考えていたあたしをよそに、鷲木さんの真剣な声が、問いかけとなって若月さんに向かっていた。
「その魂結は、わたしでも扱えますでしょうか」
若月さんは自分の人差し指を頬に当てて、少し頭を傾げて考えている。
「茅の輪と魂結は性質としては真逆なのよね。茅の輪が出来そうなら、魂結は難しいと思っていいわ」
「そう、ですか」
鷲木さんのがっかりした声がする。
「それと、未桜ちゃんの呪いに抗えるかどうかも問題ね」
「抗う……」
「そうよ。自分の魂を保護しつつ、呪いに惑わされず、その中心に入っていけなければ、とても封印なんてできないわ」
「そう……ですか……」
実力不足を思い知って落ち込んだのだろうか。でも、あたしのために落ち込んでいるようで少し嬉しい。
「だから、魂結は未桜ちゃんが身につければいいと思うの」
「え?」
蚊帳の外だと思って鷲木さんの心中を、アレコレ妄想して楽しんでいたあたしは、急に名前が出て気の抜けた声が漏れる。
「ま、オレと逆って事だな」
礼さまがそう言って、鷲木さんに目を向ける。
「弟子入りは認めないが、茅の輪はきっちり教えてやる」
もはや、完全に敬語は消えている。もう、弟子でいい気がするんだけど、口を挟んでヘソを曲げられても困るので黙っていた。
「未桜ちゃんにはコツを掴むまで、来る頻度を上げてもらおうかしら」
「あ、はい!」
元気に返事したあたしに、鷲木さんが立ち上がって、横から手を差し出して来た。
見上げると遠慮がちで優しい笑顔。
「一緒に頑張りましょう」
あたしは頷いてその手を取った。
その後、あたし達は正式に付き合うことにした。
と言っても、まだ呪いを制御できないあたしのせいで、キスすらしていない。
鷲木さんは実家を出ようとしていたが、一緒に暮らせるわけでもないので、あたしから言ってやめさせた。
訓練のために”はなちるさと”にいく日をなるべく合わせ、その日は一緒に過ごす。
それだけでも大きな進歩だ。
付き合い始めた頃なんて、あたしのテンションが高かったせいか、話しているだけで白い手が出て来て大変だった。銀のカードを数枚購入したとかで惨事は免れたが、ちょっとした金額だったし、アイテムに依存している状態じゃ、それ以上の進展は望めない。
キスの経験くらいならあるが、好きになった人とはまだないのは嫌だった。
「そんな急に成長しないわよ」
夏まっ盛りの夜、若月さんはそう言って笑った。でも、あたしは少しでも早く魂結を上達させたい。自分の成長速度に幻滅しながら、その励ましを頷きで返した。
「はい……はい。え、行方不明者の捜索、ですか。はい。かしこまりました。それでは、次の機会にお願いします」
鷲木さんが礼さまと何やらタブレットで会話している。イヤホンをしているので、礼さまの声は聞こえないが、今日は訓練がないみたい。
通話が終わって、落胆している彼の背中。呪いを封じるのは鷲木さんの修行している茅の輪の方だから、あっちも精度を上げないと一緒にいる事が困難なままだ。
あたしも鷲木さんも、夏の熱気のように、じりじりと焦りを感じていた。




