呪い その19
「思ったよりも強力だな。このままだと、側にいるのは困難だ……ですよ」
敬語が取れかかっている。もう、いらないんじゃない?
そんな事を考えながら、薄く開き始めた視界に銀色が揺れていた。
「若月レベルで自らを保護できなければ、お前の体力がもたない」
もう、お前って言ってる。
視界の幅は変わらないが、ピントが少しあって来た。
銀色はあのカードだ。所々切れて、ボロボロになっている。
「だからと言って放置もできないしな。この呪いは定期的な生贄を欲しているようだし、力が暴走すれば人死にがでる」
それって、あたしの事!?
「暴走ってどういう状態ですか」
目が見開くと同時にそう尋ね、勢いよく体を起こす。
床に座り込んでいるあたしを、見下ろす礼さまの瞳は冷たい。
「耐性のない人間が、この呪いに当てられ続けたら、霊体が損傷して魂が穢れる」
肩にグッと力を感じる。鷲木さんがあたしを支えている手に力が入ったからだ。
「それって、あたしが人を殺してしまうってこと?」
「他人がそう思うってことだ」
他人とは誰を指すのだろうか。
「呪いを抑えるのは大変なのに、簡単に発動する。10の力を使って1しか押さえられないとなると、普通は隔離される。そうでなければ、身内から死んで行くことになるからな」
それって、あたしが身近な人を殺しちゃうって事よね。
「そんな事がないように訓練してるんですよね?」
礼さまは首を横に振って答える。
「神宝の規定によると隔離だが、家によっては処刑もあり得る」
「この時代に、そんな事ある?」
恐ろしい話だが、現実味がない。
「隔離とは、どのような状態なのでしょうか」
鷲木さんの緊張した声が背後から聞こえる。
「家にもよるが、どこも本家には地下牢か塗籠があると聞いた。少なくとも、オレの実家にはある」
「塗籠って?」
地下牢だけでも恐ろしかったが、一応聞いておこうと口を開いたあたしは、答えを聞いて後悔した。
「窓のない隔離部屋。隔離目的で作られているから、当然隠し扉になっている。ま、地下牢と意味合いは同じだ。昔は山奥に隔離するなんて事もあったようだが、この現代で山奥に行ったところで隔離は難しい。稀で使用頻度が低いんじゃ、家を維持する意味もないから、山奥はないだろうが……」
礼さまの回答に、若月さんが何かを思い出したように言う。
「今、1家だけ隔離部屋を使っているって噂があるわね」
あぁ、と思い出した様に礼さまは言う。
「剱の呪われた子か。まあ、あそこは色々あったから、噂の真偽も怪しいけどな。それだけ力の強い跡取りがいるって主張して、周りに牽制かけときたいだけなんじゃないか?正式な当主が誰かもはっきりしないし」
呪われた子?
「そ、それって、女の子ですか?」
見上げて問うあたしに、2人の視線が刺さる。
「不明なのよ」
若月さんが答えてくれた。
「他家の事は情報が少ないの。特にその家が隠そうとしている事はね」
「山奥で見たって女の事か?噂では、隔離は塗籠だと聞いたぞ。特殊結界の中で拘束されているらしいから、山奥で遭遇ってのはあり得ないな。ま、噂だし、どこまで本当かは不明だが」
隔離が山奥だとしても、拘束されているのでは、あんな場所をふらついているはずがない。
気落ちして床を見ていると、頭上から礼さまの声。
「他家の事情はともかく、問題は神宝関係にバレないように生活する必要があるって事だ」
その神宝がよくわからない。難しい顔で首を捻って考えていると、礼さまの声が降ってくる。
「全然、ピンときてないな」
あたしは再び顔を上げて、礼さまに頷いて返事をした。
「神宝ってのは……ま、歴史を辿ると、瓊樹・剱・加賀美が、安堂寺を倒そうと手を組んだってのが始まりだと言われている。そのあまりに強大な力に対抗し、元々三つ巴だった家が手を組み、安堂寺を説き伏せて4家になった。それが平安の頃には傍流までできて、十家になり、それで神宝十家門と呼ばれている」
「強大な……力?」
あたしは力の強弱がよくわからなくて、首を傾げた。
「ま、ようは出る杭は打たれるって事だ。それが協定を結んで、表面上は平和を保ちつつ今まで続いているから、己の内情は秘匿しつつも、他家の技量や勢力を常に気にしている。オレや若月みたいに、能力持ちを見つけたら、敵か味方か知りたいし、手付かずなら手に入れたいと思わないか?」
あたしは黙って頷いた。
「手に入れるってのは、一族に組み込むって事だ。婚姻関係を結ぶってのが手段としては多い。ま、ある程度は金で解決してきたんだろう。当主や相手がどう言おうが、周りが勝手に動いたりもするし、愛のない結婚なんてものは当たり前だな」
礼さまが冷めた口調で言い、そのまま続けてこちらに問いかける。
「それがいき過ぎたらどうなると思う?」
無理に結婚させる、それ以上ってなんだろ?
「えっと……」
何も思いつかなくて回答できずにいると、礼さまは続けて言う。
「あれこれ理由をつけて攫う。それも無理そうなら抹消する」
「まっしょ……う?」
「能力の高い者が他家のモノになるくらいなら、抹消してやろうって輩が必ずいる。危険因子として神宝十家門の会議にかけて、正式に抹殺しようとする奴だっている」
「そんなの犯罪じゃない」
「犯罪が露見しないだけの力があるって事だ。一旦危険因子とみなされると、神宝の関係者全てから身を隠す必要が出てくる」
それはどの程度の規模の話なのだろう。
「時代が変わり、婚姻を結ぶというのが敬遠されるようになった。自由恋愛を唱える者がでて来たからだ。完全になくなった訳じゃないが、表面上は攫って家に入れるって事はない。その代わり、抹消の方に勢力が傾いている」
「なにそれ!」
あたしは自分の両頬に手を当てて叫んだ。
めちゃくちゃ怖いんだけど。
「オレも若月も、神宝関係者に漏らしたりしないが、至る所にその目がある。昔と違って、危険視されたら即処刑なんて事はないが、何をされるか分かったもんじゃない。安堂寺や瓊樹ならある程度融通が聞くが、加賀美や剱はオレ達からすれば治外法権だ」
「剱は怖いわね。呪われているからすぐに処刑って事はないでしょうけど、攫って、調べて、他人に向く呪いだと知ったら……」
知ったらなんだというの?
あまりの寒気に、また呪いが出てくるかと思った。ぶるっと震えがくる。
「あまり、脅かさないでください」
鷲木さんがそう言ってくれた。しかし2人は至って真面目な顔で答える。
「「脅しじゃない」」
礼さまの彫刻のような顔が、冷たさを増したように感じる。
「未桜ちゃんの周辺もそれとなく調べているけど、どこに関係者がいるのか分からない以上、油断できないわ。接客業だし、人目に触れる機会も多いでしょう?」
「いっそ形だけでも、安堂寺にしとくか?」
若月さんが礼さまに訝しげな目を向けて聞いた。
「どうやって?」
「オレの婚約者にしておく、とか」
鷲木さんを取り巻く空気が、ピリッと鋭くなったような気がした。背後だから見えないが。
そのまま何も言葉は発していなかったが、敏感に感じ取った若月さんが首を横に振る。
「無理ね」
あっさり流れた会話に、ほっと胸を撫で下ろす。礼さまがそれに頷きながら口を開いた。
「まぁ、見つかっても、瓊樹と安堂寺系列なら、迂闊に手は出さないだろ。オレ達が関わってるってのはすぐに分かる事だし、警戒すべき家は3家に絞られる」
「その3家とは、1つは剱でしょうか?残りは……」
鷲木さんが礼さまに問う。
「加賀美家、加賀美家傍流の辺見家だ」




