呪い その17
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「じゅ」
光の漏らした言葉に礼が繰り返して聞いてくる。
「じゅってなんだ。呪?」
大きく首を左右に振る光。
「純情で可愛かったんですね、未桜さん!」
キラキラした目で言った光に、礼は苦笑いを返す。
「あんなに積極的だったのは、呪いのせいなんですか?」
ゴーグルを外しながら言う光に、礼は少し考えるようにして答える。
「アナリーズでのことか?う〜ん、因果関係はあるが、呪いの影響ではないな」
「呪いのせいで性格が徐々に変わっていったのかと思ったんですけど」
光がそう言うと、礼は首を横に振る。
「あれは菟のせいでああなったんだ。呪いは関係ない。性格を変えていくのは、怨霊だからな」
光は3つ目に見た、クイーンから抽出された話を思い出していた。
取り憑かれた母親が、徐々に壊れていくあの過程がまさに、怨霊の影響だったなと思い出す。
「お、光……」
呼ばれて回想から戻る。礼を見るとその手には【菟】と書かれたカード。
「見る?」
「見ます!」
元気に叫んだ光は、すでにゴーグルを装着していた。
「時系列が同じとは限らないけど、呪いや怨霊への対処が分かるかもな」
「あ、そっちですか」
「……2人の絡みもあるかもな」
「…………ちょっと、1人にしてもらえます?いでっ!」
こめかみあたりを弾かれた光は、それでも嬉しそうに始まりを待つ。
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トゥルルルルル
トゥルルルルル
トゥルルルルル
着信のコールを数えて、何回目で切ろうかと迷いはじめた頃、ふいに応答があった。
「はい」
聞きたかった人の声が耳元から響く。あたしは焦りと照れから、名乗るのも忘れて言った。
「へへ。かけちゃいました」
「未桜さん?」
「は、はい」
名乗ってないうえ、始めて見る番号だったに違いない。あたしって気づいてくれてよかった。
「横浜からですか?」
鷲木さんの声が嬉しそうなのは、あたしの気のせい?
「ううん、滋賀で短期バイトに来てるの。5月末までホテルに住み込みで働かせてもらえるから、その間に次の仕事を探すつもり」
「そのお仕事の、お休みを教えて頂けますか?オーナーと時間が合えば、会って頂きたいのです」
業務連絡のような内容だが、声を聞けただけでも嬉しい。
「わたしも付き添いますので、一緒に向かいましょう」
「え、いいの?」
「もちろんです」
接点が続いているうえに、気にかけてくれてると思っても、いいよね?
あたしはシフトを見ながら、休みの日を伝える。
「今日のお仕事は、もう終わりですか?」
「はい」
会ってくれる、とか?
期待の声を抑えつつ聞いたつもりだ。でも少し跳ねた声になっている。
「それでは、また後ほどご連絡致します。オーナーに確認して折り返しますので」
「はい」
今度は少し声色が沈む。
「では、また」
「あ、あの!日程だけなら、メッセージとかでも、いいですよ」
「かしこまりました」
鷲木さんはそう返事すると、なんの躊躇いもなくぷつっと電話を切った。
「メッセージとか、余計な事言わなきゃよかった」
通話は終わっているのに動けない。
「あたしばっかり夢中でヘコむなぁ」
あたしはツーツーと鳴る音すら惜しくて、固まっていたというのに。
嬉しそうに聞こえたのは、あたしの願望ってことか。
床に仰向けで倒れ込み、ドーム型の照明をぼんやり見ていた。
こんな時、どうしたらいいんだろ。
みんなどうしてるの?
呪われる前のあたし、どうしてた?
始めて付き合った人の事を思い出す。
好きだったというよりは、付き合うってどんな感じだろうという、興味が勝っていた。
自慢できるからとか、告白されたからなんなくとか、そんな理由で付き合った人もいた事を今更ながらに反省する。
友達の延長線で、トキメキが何かも分かっていなかった。
好きだと思う気持ちを知らなければ、呪いがあってもなくても同じだったかもしれない。
ブブブブブ
振動音にガバリと体を起こしたあたしは、画面に表示された名前を見る。
「はい!」
鷲木さんの文字を見ただけで、胸がドキドキして落ち着かなかった。
「お待たせ致しました。次の休みにオーナーに会いに行きましょう」
「はい!……あ、何か用意していくものはありますか?」
「特別ご用意頂くものはありません。もし、差し支えなければ、職場の住所を教えて頂けますか?お迎えにあがります」
「本当ですか!」
職場の人に確認したところ、大阪へは2時間近くかかると聞いていた。
地理に疎いからありがたかったが、それ以上に2時間も一緒に過ごせるのが嬉しい。
「お仕事はどうですか?呪いは、大丈夫でしょうか」
「男性恐怖症ということにして、なるべくお客さんとも接点がないようにしてもらってるから、今のところ大丈夫」
「よかった。では次の休みの日、夕方ごろ、お迎えにあがります」
「え、夕方?」
「はい。写真館の営業終了後になりますので、朝はゆっくりお過ごしください」
「あ、はい……」
1日空いているのに、夕方からしか会えないなんて。
「それでは、気をつけて」
「はい…………」
ぷつん、と切れる音。
「えっと……」
どう受け取っていいのか分からない。
「あたし、横浜で交際申し込まれたわよね?」
解呪に成功したらって制約はあるけど。
それが幻のように感じるのは、あたしが冷静じゃないから?
約束してもらっているのに不安で不安で……
淡々と業務連絡をこなしているだけの電話。社交辞令的な気遣いと、決まり文句のような文言に温かみなど感じない。
唯一救いだったのは、メッセージじゃなくて声が聞けたこと、くらいか。
いや、むしろ、声色なんて情報の多いものではなく、文章だけの方がよかったかもしれない。
脚を三角に折って、膝に顎を乗せて考え込む。
「はあ、せつない……」
じわりと涙が浮かんだ。
あたしは膝に顔を埋めて、ちょっとだけ泣いた。
本当に、ちょっとだけ。
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「し、師匠!」
勢いよくゴーグルを外した光が、礼に訴えかける。
「なんですかこれ!未桜さんの感情が流れ込んできて、めちゃくちゃ切ないんですけど」
「ま、あれでも一応クイーンだからな」
「え、未桜さんってクイーンなんですか?得満先生と同じ?」
光は礼の頷きを見た。
「実は凄い人だったんですね」
「ま、それはともく、話、進んでるぞ」
「あわわ!」
急いでゴーグルを装着する光。
その様子を礼は腕を組みながら見守っていた。
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”はなちるさと”に通い初めて数ヶ月が過ぎた。
最初は付き添ってもらっていたあたしも、地理を覚えるため1人で来る事が多くなった。
滋賀での住み込みバイトは無事満期を迎え、今は大阪のギリギリ市内にある安いアパートで生活していた。念願の京都は大阪に通うには少し遠く、条件に合うところが見つからなかった。
仕事はホテルから、個人経営のフレンチレストランに代わっている。
女性オーナーがソムリエを務めるお店だ。
オーナーについてワインの事を少しずつ教わりながら、ホールスタッフとして日々学んでいる。
シェフとスーシェフは男性だが、訓練の成果もあってまだ迷惑はかけていない。
桜が開花もしていない季節から、気がつけば夏にさしかかろうとしていた。




