呪い その13
「新横浜って意外と暗いんですね」
「本当ですね」
駅のホームで車両を見送ったあたし達。ぽつりと呟くように言う香奈さんに、大いに同意する。
「あなたも意外ですか?あ……そういえばお名前を伺っていませんでしたね」
「あたし、未桜って言います。危菜、未桜。地元こっちじゃないし、新幹線なんて滅多に使わないから」
「そうだったんですね」
「ねぇねぇ、地下鉄ってどっち?」
沙さんがタブレットを見ながら聞いている。あたしに聞いたのだろうと思い、慌てて案内板を探した。
「あっちです」
不安ながらも先導し、歩き始める。
「地下鉄乗車から、未桜さんの最寄り駅までは、どれくらいですか?」
香奈さんの声が聞こえ、あたしは少し振り返りながら答えた。
「30分くらいです」
あたしがそう答えると、沙さんが呟くように言う。
「混んでないといいけど」
あたしは駅の時計に目を向ける。
「ラッシュは過ぎています。新大阪まで行った地下鉄よりは、空いていると思いますけど……」
「ふうん、なら、まぁ……大丈夫かな。長めの時間が心配だけど」
沙さんの心配に頷いた香奈さん。
「危険を察知したら降りましょう」
「そうだね」
2人の中で話が纏まったようなので、そのまま地下鉄に足を向けて先導した。
新横浜から地下鉄に乗り込む。座れるほど空いてもいなかったので、3人で扉付近に立つ。
立って2人を見ていると、あたしよりも小柄であることに気がついた。
沙さんであたしと同じくらいかな。香奈さんはもっと小さい。
横浜と関内で人が大きく動くが、2人に言っておいた方がいいだろうか。今は完全に2人の世界に見え、声をかけられないでいた。
「…………っ」
微笑ましいような、妬ましいような、そう考えている事に気がついたあたしは、慌ててぶるっと頭を振った。
この思考が進めば、また白い手が出てくるかもしれないからだ。
「危ない危ない…………」
小さく独り言を呟いたところで、次の駅に到着した。
プシュッと音がして扉が開き、新たに1組の男女が入ってきた。
「未桜!」
突然、名を呼ばれて入ってきた人物を見る。
「オーナー?」
あたしをクビにした男が、目を丸くして立っている。ふと隣に見知った人物。
同じアルバイト仲間だった女だ。
肩に回された手に、近しい距離感。
「ホテル帰りですか?」
口が勝手に動いていた。
「あんたに関係ないでしょ。ブッチ辞めのくせに」
仲間だったはずの女から、冷たい声色が飛んできた。カチンときて、思わず言い返す。
「ブッチ辞めってなに?あたしは、この人の奥様に弁護士まで送り込まれて、クビになってるのよ。好きで辞めたんじゃないわ」
実は結構動揺していて、時系列など正確ではないが、元同僚にはそれで充分だったようだ。
「奥様って、なによ」
前半はあたしに、後半は彼に顔を向けて言っていた。
「あ、いや。それは……その……」
あたしはその様子に冷たい視線を送る。
「もしかして、店の女の子全員を口説いてるの?」
そんなろくでなしだったら、あのまま白い手の実験体にでもしてやれば良かったと、半ば本気で考えた。そしてその思考はスライドするように、あの自称弁護士を思い出す。
もしかしてと、さっと周辺に目を走らせる。
「あ!」
あたしは思わずその自称弁護士を指差してた。
同じ車両に乗りこんていたのだ。立っている位置からすると、隣の扉から入ったのだろう。
あたしは元職場のオーナーと同僚を置き去りに、自称弁護士へと歩み寄る。
「探偵なのか役者なのか知らないけど、尾行するならもっと上手くやりなさいよ」
呆れた声(しかし小声)で自称弁護士に言い、その顔をよく観察した。
顔色は悪くない。
いや、むしろ良い方だ。
オーナーもこの人も、思ってた以上に元気そうだ。
「す、すみません」
あたしの剣幕に押されたのか、男が小さくなって謝る。
「奥様に雇われているってわけ?ま、あなたが無事でよかったわ」
「?」
あたしの言葉に、自称弁護士の首が傾く。
「怒ってないのですか?」
そう言った男は、目を少し潤ませていた。
「まあ、怒ってないわよ」
そう答えると、男はあたしにがばっと抱きついた。
「!」
あたしはもちろん驚いたけど、沙さんと香奈さんも驚いたようだ。すぐに近寄ってきた。
「ちょっと、こんな公共の場でやめなよ」
沙さんが自称弁護士の腕を取る。
「なんだお前は」
不機嫌そうな声の自称弁護士。沙さんはその体躯に見合わぬ力で、その腕を捻り上げていた。
「随分態度が変わるね。僕は通りすがりの良い人だよ」
体格的には劣るのに、1歩も後退せずにその顔を覗き込んでいる。
「ねえ、目が泳いでるよ」
低く呟いた沙さんは、その直後わざとらしく声をあげる。
「やだなあ、お兄さん!酔っ払って女の子に手をあげるとか最低だよ」
そう言いながら、抱きつくように首へ腕を回す。
周りも少し騒ついたが、様子を伺っている。
何をしているのだろうと思っていると、男はがくんと脱力した。
「うわ、お兄さん。こんなところで寝ないでよ」
沙さんはそう言いながら、自称弁護士を空いてる座席に運ぶ。腕は軽く回されただけに見えたので、締めたのではないだろう。じゃあ、無意識にあたしがやったの?抱きつかれた時に、何かしてしまった?
「大丈夫ですか?」
香奈さんが駆け寄ってきて、あたしの背に手を置き、いたわる様にさすってくれた。
「未桜さんのせいではありません。あれは、彼が気絶させたので大丈夫です。ですが……次の駅で一度降りますか?」
香奈さんがチラリと元職場の2人に目を向ける。
2人はこちらの騒動を気にせず、喧嘩を始めていた。
「あたしが何か変なものだしてるの?」
不安になってそう聞いた。
それなら、このまま乗っていられない。
「今のところ、大丈夫だよ。あの2人が喧嘩してるのはこっちには関係ない事だし、さっき抱きついてきた男は、ほら、アレだよ。脳が勘違いしてるってやつじゃない?」
沙さんがそう声をかけてくれた。
「じゃあ、これって偶然?」
「ま、この場に居合わせたのは、偶然だろうね」
言い争う2人を見た沙さんは、うるさそうに顔を歪め、車両の奥を指差して移動し始める。
徐々にヒートアップしてきた2人の声で、会話が難しくなってきたからだ。
車両の端に移動すると、沙さんは銀のカードを出す。
「これが反応しなかったから、呪いは関係ない。もちろん君から何か出ている様子もないし」
「じゃあ、このまま乗ってても大丈夫?」
「あの2人がウザくなければね」
あたし達は一斉に2人を見た。喧嘩が止む気配はない。
「できる事ならこのまま現地へ向かいたいんだけど、いいかな?」
タブレットに視線を落とした沙さんにそう言われて、嫌だとはとても言えない。
あたしは頷いてこのまま行くと告げる。
「じゃあ、決まりだね」
沙さんが満足げに言ったが、香奈さんは少し不安そうだ。
「とりあえず、巻き込まれたくないから、隣の車両に移動しよう」
沙さんが車間扉に手を掛けていう。
2人の喧騒に、車中の視線が集中していたので、あたし達はそこから静かに後方へ移動し、様子を見ていた。
「あ、減速。次の駅かな」
「地下鉄って、景色を見て判断できないから、少し寂しいですね」
沙さんに続き、香奈さんがそう言ってあたしを見る。
そろそろ次の駅のはず。そう思っていると、明かりが目に飛び込んでくる。
「着きましたね」
香奈さんがほっと息をついて言う。ホームの前の方に暗めの制服姿が見えた。
後方車両にいるためよく見えないが、鉄道警察ってやつかな?
「あれって……」
「誰か通報したんじゃない?」
涼しげな顔で沙さんが言う。
巻き込まれたくないって、こういう事だったのか。
乗り換えによっておきる人の流れと、外の様子に車内が騒つく。
しかし、列車の運行に影響を及ぼすほどのものではなかったようだ。
「これで少しは安心だね」
列車が発車して、ホームが視界から消えると、沙さんがそう言った。
隣の車両には、気絶した自称弁護士がまだいるが、1時間は目を覚さないと沙さん。
それでも不安でちらちら確認していたが、横浜駅で人が増え、さらに関内駅で人が増え、ついには見えなくなった。




