呪い その12
「今、どうして僕のために動いたのか疑問に思ったでしょ?呪いと知らずにこれが積み重なるとどうなると思う?」
どうなるんだろう?
まったく想像できない。
「脳がね、整合性を保とうとして、なかった感情を作り出すんだよ。紙呪って知らなかったらさ、自分の行動に意味がないなんて変でしょ?自分は他人に奉仕したい性格なのか、とか。あの人に奉仕したのは好きだからだ、とかね。辻褄が合うように脳が処理した結果、徐々に意思の方向性や性格が変わっていく可能性もある」
「なるほど」
納得したように言ってみたが、なんとなくしか理解できなかった。
「それに対して、怨霊は根底から影響を与える事がある」
「根底?」
「そう。簡単に言うと、性格が変わってしまうんだ。明るかった子が急に暗くなったり、男嫌いが男好きに変わるほどに。思考や言動に影響を与えるもので、初めは違和感がある。しかしそれも麻痺しきて、いつの間にか馴染んでしまう。気がついたら後戻りできない状況に陥って、人生を諦めるしかない状態になっていた。……そんな怨霊憑きを何人か知ってるよ」
沙さんの説明はあたしには少し難しくて、何を言われているのかよく分からなかった。
ただ1つだけ分かったことは、意志と体が別の動きをするか否かという点だった。
「例えば、自殺しろって呪いは効かないけど、怨霊に取り憑かれたら自殺したくなるって事?」
そう聞くと、沙さんはにっこり笑って頷いた。
「その通り」
花がこぼれ出てるような笑顔だった。見とれて呆けそうになる。それを悟られたくなくて、あたしは取り繕うようにして口を開いた。
「それなら、呪いの方が安全?」
「モノによるかな。命を削っていくような呪いもあるからね」
え!
なにそれ、怖い。
「怨霊は1人の人間につき、1体と決まってるんだよね。でも呪いは別。重複してかけることもできるし、別のものを複数つけることができる。ただし、怨霊ほど意志に働きかける影響は大きくないし、返される危険性もある」
それなら、やっぱり……
「呪いの方がライトじゃない?」
あたしの言葉に首を横に振る沙さん。
「さっき呪いで無意識に動いたの、もう忘れたの?君が人生に疲れたなって思った時、自殺したい呪いにかかったらどう?」
「あ、そうか……」
「弱くても使い所を選べば、それなりの成果は得られるってわけ」
「怖いですね」
そう言うと、沙さんは頷いて説明を続ける。
「ま、僕は能力者としては優秀な方だからね。僕より弱い能力者が作ったものなら、君は席すら立たなかったかもしれない。だけど君の防御する本能よりも、僕の力が上だったってことだから、呪いをかける側の能力や、かけられる側の状況によっては全然軽くないんだよ」
沙さんはそう言うと、白紙をつつきながら続ける。
「センスも必要なんだけどね、違和感を持たせず呪うって事ができる能力者もいるんだよ。複合した呪いを用意して、強弱つけて自然な感じを演出するようなね」
もう限界だ。あたしの頭じゃ処理しきれない。
パンクしそうな頭を抱えようとしたその時。
「お待たせいたしました」
香奈さんが席に戻ってきて、沙さんの隣の椅子に手をかける。
沙さんは嬉しそうに立ち上がり、香奈さんの椅子をひいて、タイミングよく前に動かす。香奈さんも幸せそうに微笑み、少し顔を寄せ、沙さんに報告をしていた。
「金銀両方のカードでなんとかなるかもって。念のため私達2人も付き添いで、一緒に行くことになったわ」
「え、僕達も?」
沙さんはタブレットの地図を見ている。住所確認を呼び出すと、ちらりとコチラを見て、すぐに香奈さんへ視線を戻した。
「他に注意事項はなかった?」
「うん。特には」
「そうなんだ。時間かかってたから、もっと複雑な内容かと思ってた」
香奈さんはタブレットに手を置いて説明する。
「これでのチケットの取り方を聞いていたの。一時的に決済権限をもらって、オーナーの説明を聞きながら予約の手配してたから」
これってあたしの話だよね?チケットってなんだろう?
「へえ、そんな機能もあるんだね。じゃあ、このまま行くってこと?」
沙さんが香奈さんに聞く。
「1時間後の新幹線ね。飲み終わったらすぐに出なきゃ」
香奈さんはそう言うと、沙さんの前にあった季節限定ドリンクを見ている。
「新しいの、頼まなきゃよかった。香奈、半分こしよ」
沙さんはそう言って少し飲み、香奈さんに残りを渡すとあたしに顔を向けた。
「そーゆー事だから、新横浜から君の家まで、案内よろしく」
話がどんどん進んでいる。
あたしは返事も出来ずに、言われるまま充電器やカードを片付けて荷物を纏めた。
2人に促されて店を出て、後について歩き始める。
ここに来るまでは避けてきた電車に乗り(想像以上に混んでいた)、気がついたら新幹線の乗り口だった。
香奈さんからチケットを受け取り、土産物の店を素通りしてホームへ向かう。
弾丸のように終わった大阪滞在だったが、専門家らしき人との出会いに少しの安堵と、横浜での現状がどうなっているのか、一抹の不安を抱えたまま新幹線に乗り込む。
「座席の指示はもらってるの?」
沙さんは最前列の3列シート前で立ち止まり、振り返って香奈さんに聞いた。
「私が彼女の隣に座るようにって。あ、それから、銀のカードは沙さんがそのまま持つように言っていたわ」
「ふぅん、なるほど。じゃあ、先行って」
沙さんがあたしを見てから、窓の方に視線をスライドさせる。
あたしは小さく頷くと窓際の席に座り、その隣に香奈さんが座るのを待って頭を下げる。
「気をつけますけど、よろしくお願いします。呪われているみたいなので」
そう言うと、香奈さんは柔らかく微笑んで頷いた。
「女性に対してはさほど心配のいらない呪いだと思われます。安心して過ごしてください」
やっぱり、女性には発動しないんだ。そうだろうとは思っていたが、はっきりと言葉に出してもらったことで、改めて安心した。香奈さんを通り越して、沙さんに白い手が伸びたとしても、銀のカードはあれを弾いたのだから、大丈夫。
心配は後ろの人だけど、まだ誰も乗っていない。もう、見知らぬ人に影響ないなんて呑気な考えはないが、何かあってもあたしより知識も経験もある人が近くにいる。
「眠っていてもいいですよ。呪われていると体力使いますし、昨日からずっと緊張しているでしょう?」
眠っていい。とてもありがたい言葉だ。あたしは素直に頷こうとして、前に傾きかけた頭を、そのまま横に倒す。
「呪われると、体力使うの?」
香奈さんに顔ごと向けて訊ねた。
「強い呪いだと、そういう事もあるみたいですよ」
「呪いが弱ければ奪われない?」
「そうですね。紙呪程度なら、体力を奪われる事はありません。体力を奪われるのはむしろ、呪いよりも怨霊憑きのほうですし」
なるほど。
ん?
それって……
「じゃあ、あたしの呪いって強いほうなの?」
不安になり聞くと、香奈さんは頷きながら答えてくれた。
「オーナーの言葉を借りると、稀に見る強さのようです。普通の人なら、抗えないほどとか」
香奈さんが言ったオーナーという響きに、高層ホテルに置き去りにした男を思い出す。
「普通の、人?」
男の残像を振り払いながら聞き返す。
「怨霊や朧に傀を見ることも聞くこともできない人の事です。非能力者とでも言いましょうか。ただ、見えなくても、呪いに強い体質の方もおられます。多少のモノなら、退ける人もいますし、怨霊に取り憑かれても自然と跳ね除けてしまう人もいます」
確かに元オーナーは、時々出る白い手を弾いていた。最終的には負けてたけど、あれって呪いが強くなったからなのかも。
ふうんと頷きながら、あたしは背もたれに身を預けた。正面に顔を戻し、少し言われた内容を考えていたが、ふと、口から言葉がこぼれ出る。
「あたしの呪いって解くことができるの?」
香奈さんの奥から、沙さんが顔を出して答える。
「僕達じゃ判断できない」
隣の香奈さんからも返事がある。
「オーナーも合流予定ですから、安心してください」
「そのオーナーさんは詳しいの?」
「はい」
香奈さんが自信たっぷりに答え、奥から沙さんが付け加える。
「逆にさ、オーナーに分からない事があるんだとしたら、なおさら僕達ごときじゃお手上げなんだよね」
「分からない事もあるんですか?」
不安になってそう聞く。
「私は今まで見たことありませんけど」
香奈さんはそう聞いて沙さんを見た。
「僕もないなぁ。ま、あるとしたら、歴史的に稀で、特殊で、強力な呪いだね。けどそんな危ないもの、そう転がってないから」
沙さんの言葉に少し安心したあたしは、安堵の息を大きく吐き出す。
そのまま目を閉ざしていると、すぐに眠気を感じ始める。そして、いつの間にか眠っていた。




