呪い その11
「なにって……」
「横浜出張で怨霊退治してたはずだよ。一昨日には終わってるはずなんだよね」
そのような事を言っていたような……
「うさちゃんが動いてないから、オーナーが心配してたのかもね。そこに君が現れたって、なかなか都合のいい話だと思わない?」
かわいいと思っていた男が、今は少し怖い。微笑んでいるように見えるのに、威圧感があった。
つっと背中に汗が伝う感覚。
どうしよう、逃げたい、逃げたい。
「何も言わないなら、予測通りと受け取るよ」
それは困る!
でも……
「だって、何をどう説明したらいいのか、分からないんだもん。呪い呪いって、さっきから言ってるけど、本当にアレが呪いかどうかなんて、あたしにだって分からないのよ」
じわりと涙で視界が歪む。怒りたいのか、悲しいのか分からなかったが、このまま泣くのは嫌だった。
「なるほどね……。ま、礼ちゃんがカード渡したんなら、信じるしかないか」
ふっと空気が緩んだような感覚。
「君が持ってるのは呪いだけみたいだし、僕達と隣り合ったのは……まぁ偶然かな。君が何かを引き寄せたって事かもね」
あたしが持っていた金のカードをヒラヒラさせながら言うその姿は、先ほどとは変わって怖さが消えている。脱力しそうな心をなんとか立て直し、頭をぶるっと振って沙さんを見た。
滲み始めていた涙は溢れずに済んだので、右を見て素早く目尻を拭う。あたしは改めて左を向いて沙さんに問う。
「助かりますか、あの人」
首を傾げた沙さんが、うーんと言いながら答えてくれた。
「1日気絶してるくらいじゃ、なんともないだろうけど、呪われ続けているとか、怨霊と向かい合ってる、みたいな精神的な攻防があると、ちょっとしんどいかなぁ」
さぁっと、頭から血が引いていくような気がした。
自分が持っていたあの呪いが、相手の体に及ぼす影響を正確に把握していない。
何かを奪って本数が増えている事くらいしか、わかっていることがないだなんて。
「今までの人はどうだったの?」
問われたあたしは、沙さんをちらりと見て、すぐに視線を外した。関係のない1点を見つめながらそれに答えた。
「2時間から8時間以内には目覚めて……少なくとも、次の日にはいつもの生活に戻っていると、思う……でも、今回はあたしも見たことない現象があったから、自信ない」
その現象をなんと表現していいのか。
「時々、自分が自分でなくなるような気がするの。思ってる事と行動がチグハグで、やりたくないのに体が勝手に動いてるって状態で……って、分かる?」
あたしがそう言うと、沙さんはゆっくり頷いた。
合わせてくれたのだろうか。
「それが呪いだからね」
そう思っていたのに、沙さんからはそんな言葉が出た。
「……え?」
沙さんはあたしの知らない色んな事を分かっているようだ。
それなら、教えてもらおう。
「呪いって、なんなの?」
真剣な顔で質問する。
「意志はあるのに、体が違う動きをする。意志も意識も意図しない方へ向かってしまう。自分ではコントロールできなくて、違和感を覚える。場合によっては、錯乱している状態とも言えるね」
「錯乱……?」
それは自分には当てはまらないような気がした、錯乱しているのは、あたしじゃなくて相手だ。
「自分が錯乱するとは限らない。相手に向かうタイプの物もあるし、自分が影響を受けるタイプの呪いだってある。ほんと、色々なんだよ」
あたしの考えが分かったのか、沙さんはそう追加で説明してくれた。
「それってどれだけ種類あるものなの?」
「どれだけって言えないほどたくさん、かな。とにかく、ものすごく種類の多いものなんだよ。人が考えて作り出すものだからね。でも、そうだな……大きく2つに分けることができるかな」
「その2つって?」
「道具のあり、なしだね。道具に依存するものは短時間的には効果が高い。その代わり見つけやすくて、解呪も容易い。道具を破壊すればいいんだからね。対して道具のないものは実態がわかりにくい。効果の程度は呪いにもよるけど、短時間的には効果が薄い。だけど、総合するとこっちの方が強いものが多い」
そう言うと沙さんはじっとあたしの目を見る。何かを見極めようとしているのだと思った。
「礼ちゃんに何か言われなかった?呪いについて」
言われて記憶を辿る。
『呪いに魂が侵されそうだな』
そうだ。そんな事を言われたんだ。
「魂が、呪いに侵されそうだって……」
「なるほど。じゃあ礼ちゃんに魂見られたんだね。……それでカードくれたって事は、才能あるんだ」
魂を見た?
なんの才能?
呪いに魂に、すでに考える事で頭がいっぱいだ。でも、もう1つだけ気になっていることがある。
「怨霊ってのは何?」
「人だったものだよ」
「……人」
「呪いを内包していることもある。怨霊になってから呪いを作りあげるモノだっているしね」
「普通の人のように見える?例えば、少女のような外見だったり」
「怨霊化してすぐは人だよ。能力にもよるけど、特殊な訓練をしてなければ、普通は生前の姿に近い」
あの少女は、本当に人間だったのだろうか。沙さんにそれを聞いても、分からないだろうけど。
「よく、分からないけど……怨霊と呪いって、違いはあるの?」
あの時の少女の声が蘇る。
『早く離れて。怨霊は私が連れて行く。でも、呪いが残っているの……早く、逃げて……』
「あるよ」
たいしてないのだと思っていたので、驚いて見返してしまった。
「呪いは行動を強制される事はあっても、心を支配されたりしない。でも怨霊は、心に影響を与える事ができる」
なに、それ?
意味わかんない。
呆れた顔のまま絶句していると、沙さんは自分の荷物に手を伸ばす。
「例えばだよ」
ごそごそと、何かを探している。
「あったあった。この紙が呪いの道具だとしよう」
白い無地の紙を取り出した沙さんは、あたしの目の前でそれを2つに折って、手渡してきた。
「呪い……」
「開いてごらん」
真っ白で何も書かれていない紙を折ったのだから、開いたって白いはずだ。
それとも、呪いとやらで何か現れるのだろうか。
あたしはそう思いながら紙を開いた。だが、そこには予測通りの白紙があるだけ。
「…………?」
「冷たくって甘いやつ、飲みたいな」
沙さんが笑顔でそう言った。
心臓にその笑顔が刺さるような感覚。あたしは声も出せずに席から立ち上がり、何も考えられないままレジに向かっていた。
メニューを見ながら、季節限定で派手なポップが立っている飲み物に目を向ける。
冷たくて甘いやつだ。それを頼み、お金を払って席に戻った。
腰を下ろして沙さんをぼんやり見ていると、店員が頼んだ飲み物を運んできて、お待たせいたしましたと言ってあたしの目の前に置く。
「どうぞ」
それをそのまま沙さんに差し出してから、はっと気がついた。
「え?」
「やっと正気に戻った。はい、これ代金ね」
代金を受け取ったが、状況がよく飲み込めない。目を数回しばたかせて沙さんをじっと見つめる。
「それ、紙呪なんだよ。道具を使った呪いの一例ってトコかな」
「ししゅう?」
「そ。紙に呪いを込めてんの。それは相手に奉仕したくなる”軽い”呪いを仕込んでたんだよ」
「なんでそんなもの持ち歩いてるんですか……」
「ま、いいじゃんそんな事どうでも。とにかく、今のが呪いの感覚だよ。意志は別にあるのに、体が勝手に動いたでしょ」
あたしはそれに頷く。
「うっかり動いてしまっても、心の奥底から嫌悪するものや、自分がどうしても許容できない事までは行動できないのが呪い。今のは僕にドリンク奢るくらいならいいかって思ったから動けたんだよ。ただ、これが呪いと自覚せずに行動を積み重なると、勘違いから性格が変わる可能性は否定できないね」
あたしは意味が分からず、少し首を傾げた。




