呪い その10
「なるほど。それはちょっと深刻だね」
マッシュヘアの男がそう呟くと、彼女が頷いて口を開く。
「その自宅に残してきた人のこと心配ですね」
あたしは頷くと、今までと違うことを付け加えた。
「白い手があたしから離れても消えなかった。今まではこんな事なかったから、どんな影響があるのかとか、全然判らなくて困ってて……」
「そうか……。相手に呪いが移っているのかどうかでも、対応って変わってくると思うんだよね。ん〜、一刻も早く対応した方が良さそうだけど、力不足って言うか……アイデアがないと言うか……」
「私、ちょっとオーナーに連絡とってみますね」
立ち上がった彼女は、柔らかそうなスカートをひらりと棚びかせて外に向かう。
あたしは残った男の方に頭を下げた。
「初対面なのに、図々しくてごめんなさい」
「気にしないで。礼ちゃんがカード渡したんなら、仲間候補だもんね」
「礼、ちゃん……?」
金のカードに目を落としながら、夜に見た男を思い出す。美しかったことくらいしか覚えていないが、礼と言う名とはイメージが重ならない。失礼な話だが、イメージなんだから仕方ない。ただ、この金のカードを貰えたことは感謝するべきだろう。
「礼ちゃん、名乗らなかったの?」
「……取り込み中、だったみたいで」
「女が泣いてた、とか?」
ギクっとして男を見た。
「当たったみたいだね」
はあっと大きな息を吐き出した男は、あたしに軽く頭を下げて言った。
「従兄弟がごめんね。女性への配慮が足りない子でさ」
「従兄弟……」
あまり明かりのないところだったので、はっきりと顔を覚えているわけではないが、目前の男を観察して、美しさの種類が同じだと思った。
「さっきの女性も親戚とか?」
本当は恋人同士だろうと思ったのだが、なぜか口をついて出た言葉がそれだった。
「僕の家族になる人だから、親族と言ってもいいかな」
嬉しそうに言う男は、外で話している彼女に目を向けた。
「本当に好きなんですね」
「うん、大好きだよ」
彼女に目を向けたまま、つまりはあたしには後頭部を向けたまま呟かれた言葉。
何故か胸が痛くなるくらい締め付けられた。
これは歓喜?それとも悋気?
背中が騒つく。
やだ、今、ここで?
抑えようと目を閉じて祈った。
引っ込め、引っ込め!
バチっと弾かれるような音。
「痛っ!」
背中に走る電流。
「ふ〜ん、こういう奴ね。それって無自覚?それとも、僕を意図的に狙った?」
あたしは勢いよく頭を左右に振った。
「自分でコントロールできるものじゃないわ。それに、こんな風に弾かれる事も今までなくて。……どうやるの?」
「新しい呪い対策グッズなんだ」
男は微笑んでそう言うと、胸ポケットから何かを取り出す。
「銀のカード?」
問い返すように言ってから、あっ、と言って聞く。
「あの、あたしがもらったカードもそんな効果あるの?」
くりんと大きな瞳が金のカードを見る。
「それは怨霊用。で、こっちは呪い用」
金が怨霊、銀が呪い。
なにそれ?違いは何?
そもそも怨霊なんてこの世に……
思い出される長野での夏。ハッとして男を見る。
『早く離れて。怨霊は私が連れて行く。でも、呪いが残っているの……早く、逃げて……』
「変な事聞いていい?」
店の外に立つ彼女を見ながら答えた男。
「いいよ。香奈ももう少しかかりそうだしね」
あたしは頷き、少し整理して口を開く。
「怨霊と呪いが同じところにあって、怨霊だけを引き離す事はできる?」
「できなくもない。状況によるかな」
「じゃあその後、呪いだけが残った場所にしばらくいたら、呪われる?」
「それも状況によるけど、強い呪いならあり得るね。強いって言っても、滅多に見る事のできないレベルの強さね」
強さの基準が分からず、あたしは首を少し傾げる。
「神社みたいな、大きな敷地と建物で押さえなきゃいけないレベル、って言えばわかりやすいかな」
ますます分からなくなってきた。
「少女だったの」
呟くように言うと、男は不思議そうな顔をした。そして、そのまま顎に手を当てて考え込んでいる。
「…………」
なんて、きれい。
ううん、かわいいかも。
やっぱり、きれいとかわいいのちょうど間。
あたしは思考が停止して、しばらくその顔を見ていた。
「お待たせいたしました」
ふいに背後から女性の声。
「カナ、さん」
さっき男が呼んでいたので覚えた名前を辿々しく呼ぶ。何も悪い事はしていないのだが、何故か後ろめたい。
「おかえり、香奈」
嬉しそうな声色の男に、微笑みを返したカナさん。自分の席には戻らず、男とあたしの間にタブレットを置いた。
「?」
2人してタブレットの画面を覗き込む。
そこには地図が表示されている。
「あ、これってお試しのシステム?」
男がカナさんを仰ぎ見て問いかける。
「うん。フィヨン・システムって名前にしたんだって。まだ試作品だから、今はただの位置情報機能がついてる地図と変わらないみたいだけど」
「うーん、もっとシステムに詳しい人が開発チームに入らなきゃダメだね。怨霊を表示させるにはデータ量も足りないし」
沙さんの意見に頷きながらカナさんが画面の左をタップすると、メニューのような一覧が出てきた。なんのカテゴリー分けかは分からないが、じっと操作を見守る。
「ここが現在地」
カフェの名前が表示されている。カナさんが“メンバー表示”と書かれたメニューをタップすると、2つの青い点滅が現れる。その1つを長押しすると、ポーンと音が鳴り文字が現れた。
“海秋 沙”
「あ、僕だ。じゃあ、こっちは香奈?」
そう言いながらタブレットに手を伸ばす沙さん。
“仲野 香奈”
「ちゃんと認識されてるね。へ〜、本当にできたんだ、凄い」
「まだまだ登録や改善が必要でしょうけど、今回はこれでも役立ったって、オーナーが」
香奈さんはそう言うと、左のメニューから人物一覧を呼び出した。その中の1つを手早くタップする。操作が早すぎて人物名は確認できなかったが、地図は飛ぶように移動した。
「オーナーからあなたに確認だそうです。ここの場所に心当たりはありますか?」
横から覗き込もうとしていたあたしに、沙さんがタブレットを渡してくれた。
正面から赤いポインタのあるその地図を見る。
「あれ?ここって……」
心当たりも何も。
「自宅付近?ううん、自宅……かも」
タブレットから顔を上げて香奈さんを見る。
「ああ、やっぱり」
香奈さんはそう言うと、あたしのほうに手を伸ばしてきた。何かされるかと思ったが、そのままあたしを通り過ぎて、タブレットの赤いポインタを長押しした。
ポワーっと小さく音がなり、矢印のような吹き出しがでる。よく見ると、人の名前らしき文字が表示されていた。
”鷲木 菟”
「え、うさちゃん、この子の自宅にいるの?」
タブレットを覗き込んでいた、沙さんが驚いて言う。
「じゃあ、さっきの呪いに晒された親身な男って、うさちゃん?」
「うさちゃん?」
問い返したあたしに訝しげな顔の沙さん。
「なに、名前も聞いてないの?」
「呪いに晒されたのは、昨日のことですか?それとも、もう少し前ですか?」
香奈さんが沙さんを遮るようにして聞いてくる。
少し気迫が増した2人に、押されるように感じて体を仰け反らせた。
「昨日の話、です。……名前は、聞いてません」
自宅で倒れたあの人が、うさちゃん?
不思議そうにしているあたしに、香奈さんが説明をくれる。
「体格が良くて、短い髪の男性です。目が少しオレンジがかって見えるのが特徴的で、とっても誠実そうな人です」
「そ、その人です!」
あたしが肯定すると、香奈さんはタブレットを引っ込めて再び店外へ向かう。
「もう一度、オーナーと話してくるわ」
振り返りながらそう言った香奈さんが消えて、見送っていた沙さんがふいにこちらを見る。
「ホントのとこ、なにしたの?」




