姉の最終手段
「驚いた。あんたさっき風の元素魔法使ってたでしょ。今度は土?」
グレナがプッと吹き出す。
「二つも元素魔法を使える人間なんているわけないでしょ」
エリスが地面に手を置く。
「身をもって知れ」
土の柱が猛スピードでグレナに迫る。それを剣をふるって細切れにしたグレナが地を蹴ってエリスに迫る。エリスは土の壁を発現してそれを防ごうとする。
「そんなんで防げるかァ!」
グレナが壁を突き破ってくる。エリスは後退しつつ、土の柱を複数だしてグレナに差し向ける。グレナは顔色一つ変えずに土の柱を切っていく。
「及び腰でどうすんだ?」
グレナがグンと加速してエリスの懐に入り込む。そのまま炎を纏った刃を一閃する。エリスの体が真っ二つになり、グレナは勝利を確信した。
「あんたも大したこと.......」
突如、下から強い衝撃を受けてグレナが天井に叩きつけられる。何が起こったかも分からないまま土の柱を受け止める。『なぜ、エリスはこの手で斬ったはず』グレナが自分が斬ったエリスの死体を見る。
「ふ、不死身とでも言うのか?.......なっ!」
グレナが斬ったはずのエリスの体は土くれになっており、すぐそばに本物のエリスが立ってこちらを見上げている。
「降参するか?」
エリスの問いかけにグレナが叫ぶ。土の柱が割れていく。
「する訳!」
無数の炎の斬撃がエリスに向かって飛んでくる。エリスはそれらを冷静にはじき返す。グレナの剣から龍の姿を成した炎が無数にエリスに向かって放たれる。『数で押してくるか』エリスも負けじと土の柱を生み出して迎え撃つ。双方がぶつかった瞬間、ダンジョン全体を揺るがすほどの大きな衝撃波が発生した。
天井や壁が崩落し始め、土煙がもうもうと立ち込める。また大きな衝撃波が土煙を消し飛ばした。グレナの振り下ろした剣をエリスが拳で受け止めている。『素手で渾身の一振りを!元素魔法は身体能力を大幅に向上させることは知っているが.......』目の前の光景はどう考えてもおかしい。
エリスの強烈な回し蹴りがグレナの脇腹にめり込む。グレナが血を吐いて吹っ飛ぶ。すぐさま追撃の土の柱が飛んでいく。
「勝負あったな」
エリスが脚を上げたまま土元素魔法を解除し、元の黒髪に戻る。壁に叩きつけられたグレナも炎元素魔法が解除され、地面に倒れている。
「フ、フフフ」
グレナが血を吐きながらゆっくり立ち上がる。エリスが腰に手を当てる。
「抵抗するなよ。あばら骨が折れてるし、暴れたらさらに悪化するからな」
そう言いながらエリスはグレナに近づいていく。『気絶させて担いでいくか』そんなことを考えていると、グレナが懐から小瓶を取り出し、封を開けた。
「特別頑丈なやつに入れておいて正解だったわ。これは使わないつもりだったけど.......ファダルに感謝ね」
「ん、何を.......」
エリスが目を凝らす。グレナは小瓶から小さく脈動する紫色の何かを取り出した。
「最終手段の一か八か、やってみるか」
グレナの狂気に満ちた笑顔を見たエリスが風元素魔法を発動してグレナを取り押さえようとするが、ワンテンポ遅かった。エリスがグレナの腕をつかんだ瞬間、紫色の何かをグレナが飲み込んだ。
「え、気持ち悪」
エリスが思わず心の内を吐露する。グレナの体から膨大な魔力が溢れ出す。
「ぐっ」
エリスは急いでグレナから距離を置く。ダンジョンが震え、崩れだす。風の元素魔法を発動したエリスが急いで地上に向かう。グレナの体がだんだん変貌していく。体内から伸びてきた触手が頭に張り付き、体に絡みついてきつく締めあげる。
「がっ、ぐぐ!」
グレナの自我が消えていく。体が絡みついた触手と同化して薄紫色に変化し、黒光りする二本の角が頭皮を突き破って生えてくる。グレナが飲み込んだのは『カビュラの心臓』という物だ。これはファダルがリーダーを務めていた犯罪組織が創り出した『カビュラ』をいつでも人間に与えることができる、いわば『カビュラ』になるための変身アイテムだ。ちなみにクレアと同じ時期に開発されている。
「ぐおおお―――!」
雄叫びと共にカビュラが飛び上がり、天井を突き破ってダンジョンから出ようとする。
ダンジョンからでたエリスをクレアたちが出迎えた。シャリーが顔をしかめる。
「姉貴は?忘れてきたとか言わないよな」
「いやそれが」
エリスの視線が気絶しているユリィに向く。エリスの顔から一瞬血の気が引く。
「ユリィか?あいつは気絶してるだけだ。心配すんな」
シャリーがそう言うとエリスが表情を和らげる。
「良かった.......じゃなくて。先生、ユリィ達を連れて小屋に逃げてくれ」
「.......それが賢明だろうね」
クレアはカビュラの存在に気が付いていた。本能が逃げろと叫んでいる。こんなことは初めてだ。エリスの切羽詰まった表情を見たクレアが頷いてユリィを背負う。『エリス君のあんな表情が見れるとはね』
「シャリーとエヴァンは残ってくれ。強い奴は多い方がいい」
「君たち、死ぬんじゃないよ。死んで悲しむ人間がいることを忘れないようにね」
「エリス、俺たちは戦えないけど、応援しとくから」
クレアたちが走り出す。エヴァンがエリスに説明を求める。
「何が起きてるんだ?」
「実は.......」
エリスが説明しようとした瞬間、地響きと共に地面が揺れだす。三人がバランスを崩して倒れこむ。
「おい、なんだよこれ」
シャリーがエリスに食って掛かる。爆音とともに禍々しいオーラがダンジョンを貫くように噴き出す。三人の視線がくぎ付けになる。
紫色の悪魔のような何かが空中に浮かび上がる。エヴァンが目を凝らした瞬間、強烈な雄叫びが森全体に響き渡った。
「うがあ―――!」
「うるっせ!」
シャリーが耳をふさぐ。
「行ってくる。援護は任せた!」
エリスはそう言うと、風の力を使って空を飛び、カビュラに向かう。シャリーとエヴァンもそれぞれ元素魔法を発動して飛び上がる。
「エリスの奴、飛行魔法無しであんな速度だしやがる」
「俺たちも行くぞ。アレにどこまでやれるかは分からんがな」
シャリーとエヴァンもカビュラへ向かう。こちらに向かってくるエリスの気配を察知したカビュラが雄たけびを上げてエリスに突撃する。カビュラとエリスが拳を突き出す。インパクトの瞬間、空気がはじけ飛び、木々をなぎ倒した。エリスがきりもみしながら吹っ飛ぶ。
「アクアショット!」
エヴァンが無数の水弾を速射するが、カビュラに少しの傷も与えられない。『効いていないな』シャリーも剣から炎の龍と無数の炎の斬撃を放つが、腕のひと振りでかき消されてしまう。
カビュラが超速で二人の後ろに移動し、掌から放つ衝撃波で二人を地面に叩きつける。復帰して来たエリスがウィンドバーストでカビュラを遥か上空に吹き飛ばす。それをエリスが追いかける。
シャリーとエヴァンも飛び上がる。
「つーか、姉貴はどこ行ったんだ?」
「既にあの魔物に殺されたか、あるいは.......」
「あるいは、なんだよ」
「あれがお前の姉だ」
エリスとカビュラの戦闘は激しい肉弾戦へと移行していた。カビュラのストレートがエリスに決まるが、エリスも受けた反動を利用した回し蹴りを顔面に叩き込む。
「お返しだ」
「がああ―――!」
激昂したカビュラの背中から炎が噴き出し、悪魔のような翼の形を成した。エリスが後退しながら鋭く拳を突き出す。衝撃波がカビュラに強い衝撃を与えたが、有効打にはならなかったようで、口から炎を吐いて反撃する。超高温の炎がエリスに迫る。『風のバリアで受け流せるか.......!』
「フォグサプレッション!」
エリスの前にエヴァンが現れて掌から水の膜を高圧で噴射して炎を遮る。カビュラがさらに火力を上げたとき、シャリーが剣を逆手に持ってカビュラの胸に突き刺した。
「ぐっ、くそ姉貴ぃ!」
シャリーが力を振り絞って剣を押し込む。だんだんと刃が背中に刺さっていく。その時、カビュラの背中から腕が生え、シャリーを殴り飛ばす。シャリーは思わず剣から手を放してしまう。『しまっ.......』
「はあああ!」
いつの間にかカビュラの後ろに回り込んでいたエリスが思いっきりカビュラの背中に刺さっている剣の柄頭にキックをする。押し込まれた剣がカビュラを貫通する。
「ぐおっ!?」
カビュラがもがき苦しむ。エヴァンの表情が明るくなる。
「おお、やったか!」
しかしカビュラは雄たけびを上げて魔力を高めだす。曇が集まり、月を覆い隠す。
「なんだ?」
エリスがシャリーに呼びかける。
「シャリー、炎を私の腕に!」
顔を流れる血をぬぐいながらシャリーがエリス目掛けて炎を放つ。
「これでいいか!」
「完璧だ!」
エリスの右手が炎を纏う。カビュラがさらに高く飛び上がる。
「奴が上昇したぞ!」
エリスはそれを見上げると、自身の魔力を炎を纏った右手に流し込む。カビュラが魔力を一点に集中させて巨大なエネルギーの球体を創り出した。雲が紫色に染まる。
「あ、あれなんだ?」
小屋に戻っていたアルスが呟く。クレアがアルスを呼ぶ。
「何してるんだい!速く小屋の地下室に逃げるんだ!」
球体は禍々しい輝きを放ちながらどんどん膨らんでいく。エヴァンがエリスのもとに行く。
「とんでもない魔力だ。あんなの喰らったらひとたまりもないぞ」
シャリーもエリスに策を問う。
「あれどうすんだ?まさか真正面から撃ち返すとかじゃないよな」
シャリーが燃え上がるエリスの右手を見る。風元素魔法と炎元素魔法の混じりは強大な魔力を放っているが、あの球体に太刀打ちできるかどうかは分からない。
「それ以外にあるか?私たち以外にあれを止めることができる奴もいないし」
エリスがそう言うと二人がため息をついた。エヴァンがエリスの肩に手を置いて自身の魔力をエリスの身体に流し込む。
「ありったけをぶつけてこい。俺の魔力も足せばあれを弾き飛ばすことぐらいはできるだろう。シャリーはそのまま温存だ」
「はあ?温存って.......エリスが失敗したらその時点で終わりだろ。ったく、とんでもない置き土産していきやがって、くそ姉貴」
シャリーがカビュラを睨みつける。エリスが準備を整える。
「あれはシャリーの姉だ、気づいていると思うが。出来るだけ生かせるようにはする。けど.......」
エリスの言葉をシャリーが遮る。
「遠慮してないで本気の一発かましてこい!」
エリスが頷く。カビュラがエネルギーの球体をエリスたち目掛けて投げつけた。
「行ってくる!」
エリスが超速で落下するエネルギーの球体に技を繰り出す。
「灼風.......」
エネルギーの球体とエリスがぶつかった瞬間、激しいエネルギーの奔流が辺り一帯を揺るがす。エヴァンとシャリーが叫ぶ。
「いけぇ―――!」
「ゲヒャヒャヒャヒャ!」
カビュラがけたたましく笑いながらさらに力を込める。エリスの力が爆発する。
「烈拳!」
爆炎がエネルギーの球体を貫きカビュラに迫る。カビュラが焦りを見せ、避けようとするがそれより速くエリスの拳がカビュラの胸を貫いた。
夜空が黄金に光り輝く。巨大な爆炎が月を覆う雲を消し飛ばしてカビュラを完全に消し飛ばす。
「終わったのか?」
「多分な」
空からボロボロになったエリスが落ちてくる。
「おーい!勝ったぞー!」
シャリーが煤まみれのエリスをキャッチする。エリスがシャリーに抱きつく。
「うわ、抱き着くなよ」
「仕方ないだろ、魔力を全部使い切ったんだから」
そう言われてシャリーが舌打ちする。エヴァンが上空の煙から誰かが吐き出されるように落下するのを見つけた。それに近づき受け止める。
「こいつは.......」
エヴァンが驚く。
「げ、生きてんのか」
シャリーがエヴァンが抱えている人間を見て心底嫌そうな顔をする。
「小屋に戻ろう。みんなが待ってる」
エリスが言うとシャリーが不機嫌になる。
「言われなくても。癪に障る奴だぜ」
エヴァンがシャリーの隣に並ぶ。そして大穴の空いたダンジョンを見下ろしてポツリと呟く。
「運がよかったのかもな」
「ホント、エリスがいなかったら私たち死んでたし。認めたくないけどね」
シャリーがエリスをかなりきつく睨む。
「姉貴生きてるし」
「さすがに殺せないだろ、妹の目の前では。ていうか命の恩人に向かってその態度はなんだ?」
「こいつマジムカつく!エヴァン、こいつ落としていい?」
「黙れ、さっさとクレアの所へ戻るぞ」
エヴァンが呆れる。
地下室の入口からクレアが顔を覗かせる。先ほどの爆音以降、静寂が続いている。階段をあがると、小屋が消し飛んでいた。
「おや、小屋がなくなってるねえ。地下室がなかったら私たちは死んでいたかもね」
クレアに続いて階段をあがってきたアルス達が絶句する。
「おーい、こっちこっち!」
クレアがこちらに向かって飛んでいるエヴァン達に手を振る。
「みんな、どうしたの.......」
ユリィが目をこすりながら階段をあがってくる。クレアが振り返る。
「おはよう、ユリィ」
「.......エ!?先生が生きてる!」
ユリィが飛び上がらんばかりに驚く。アルスたちが駆け寄る。
「お前、すごかったんだぞ!」
「悪者を一撃でやっつけたんだよ」
「覚えてないの?」
三人がユリィを質問攻めにする。しかしユリィの困惑は深まるばかりで、三人が知りたい情報は何一つ得られなかった。
「小屋が消し飛んでいるな。怪我をしたやつはないか?」
エヴァンが地面に降り立ちながらクレアに尋ねる。
「全員ピンピンしてるよ。よく生きて帰ってきたね、君たち」
クレアが言うと、続いて降り立ったシャリーがエリスを放り投げながらため息をつく。
「あー疲れた。久しぶりに全力で戦闘したわ」
「そうだな。貴重な時間だった。元素魔法を使う相手との戦闘なんて滅多にないからな。それ以上の奴が出てくるとは思わなかったが」
エヴァンはそう言うとグレナを背中から降ろす。すぐにエヴァンがグレナをきつく縛り上げる。
「結局この子は何がしたかったのかね。犯罪組織と手を組んでまで」
クレアが憐れむような眼を気を失っているグレナに向ける。エヴァンが肩をすくめる。
「知らん。知る必要もないかもしれん」
「いてて、あユリィ」
立ち上がったエリスがユリィと再開する。ユリィがエリスに駆け寄る。
「助けに来てくれたんだよね、エリスちゃんと先生、それにエヴァンさんが」
「え、私存在しないことになってね?」
「お前、そこで縛られてるやつの妹じゃねえか。そんな奴信用できるか」
アルスがシャリーに疑念の目を向ける。ガインやコールも同じようだ。
「ま、普通そうだよな。こいつは私とエヴァンで然るべきところに突き出すし、お前たちの安全も保証する。神に誓ってな」
シャリーが縛り上げられたグレナを蹴り飛ばす。アルスたちがドン引きする。
「いくらなんでも自分の姉蹴とばすのはやべえよ」
「こわ」
「お前ら.......まあいい。んでどうすんだ、この後」
シャリーが辺りを見渡す。
「お前らが泊ってた小屋は消し飛んだし」
「地下室があるからね、生徒たちはそこで過ごせばいいし。そういえば、君たちはどうやってここまで来たんだい?」
「走りと飛行魔法」
「俺たちはグレナを連れて先に戻る。その時馬車をこちらに向かわせよう」
エヴァンがそう言いながら地面に座り込む。
「今は休憩させてくれ」
「私も。今から戻んのはさすがに無理だわ」
シャリーも座り込む。
「シャリーの家はどうなるんだ?」
「私と姉貴の廃嫡は確実だろうな。別に皇帝に反旗を翻したわけでもないし、うちの親父が損切りするんだろ」
シャリーがエリスを指さす。
「お前の親父が成り上がるには絶好のチャンスだ。ことの顛末はちゃんと伝えておけよ」
「.......政治の話は昔から苦手なんだ。だからそういうのは父に任せておくよ」
「昔って、お前私と同じ17歳だろ」
シャリーが眉をひそめる。魔力が切れて頭がおかしくなったのだろうか。
「ひとまず休めよ」
シャリーが寝転がる。夜空は徐々に白み始め、星々が姿を消していた。