表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

野外実習と忍び寄る陰謀

 学園の医務室。窓際のベッドに寝かされていたシャリーが起き上がる。「おはよう、シャリー」寝覚めの悪いところに不愉快な声が耳に飛び込んでくる。「んだよ、姉貴」シャリーが目をそらす。シャリーの傍らに赤髪の長身女性が立っていた。「あら、せっかくお見舞いに来てあげたのに」「誰が来いって言ったよ」シャリーがキッと姉を睨みつける。「お父様が大変動揺していたわ。うちの最高傑作がどこの馬の骨ともわからん辺境伯の.......」


 シャリーが大声を出す。「グレナ、その話はやめろ!」グレナは意にも介さず続ける。「小娘に敗北するはずがない、これは陰謀だ、とおっしゃっていたわ」グレナがシャリーの頭に手を置く。「何か周辺で怪しげな動きはなかった?あなたが負けたのはあの神託デブよ。冒険者コースのガキどもは手癖が悪いから」シャリーがグレナの手を払いのける。「何が言いたい」


「お父様や騎士団の方々はあの女、エリス・ヴァ―ルデンが受けた神託が顕現したのでは、と恐れている」

グレナの発言にシャリーが息をのむ。「そうなるとヴァ―ルデン家の影響力がとんでもないことになるのは分かるわよね」「まさか、冒険者コースのやつらが何かしたってでっち上げて.......」「あら、シャリーにしては察しが良いじゃない」グレナが頷く。「意味わかんねえよ、そんなんがうまくいくわけないだろ!」


 グレンが首をかしげる。「どうしてそう決めつけるの?あなたじゃあるまいし、巧くやるわよ」シャリーは首を横に振る。「どうせ勝てないぞ。元素魔法も使えないくせに」踵を返して歩き出したグレナの背中にシャリーが吐き捨てる。部屋を出る直前、グレナがシャリーの方を向いて「妹にできて姉にできないことなんて存在しないのよ」と言い放って医務室の扉を閉めた。


 





 結局エリスは次の朝、副寮長に叩き起こされて目を覚ました。「今日から野外実習が始まるんだろ?」副寮長の問いかけにエリスがなんとなくで返事をしながら眠りに落ちる。「たぶん.......」「寝るなー!ったく、さっさと顔洗ってこい!」副寮長がエリスを部屋からたたき出す。


「顔洗ったら食堂に行け。今日の朝食は各自で摂れ」「分かった.......」エリスが廊下の窓から飛び降りて井戸に向かう。すでにユリィが顔を洗っており、「おはよう」とあいさつしてくる。「おはよう」と返すエリスも頭から水をかぶる。


 ふたりは今日から始まる野外実習について話しながら食堂に向かった。そして食堂に着くとふたりはすぐに机の上に置いてあるパンと炒り卵を取り分けて食べ始めた。今日は遠方の森に行っての実習だ。泊りがけで前学期で学んだことの復習、そして新しい知識を実践しながら学ぶことが目的の授業らしい。


「楽しみだな」「そうだね」二人は最低限の会話を交わしながらひたすらにパンと炒り卵を胃袋に詰め込んでいく。ただ卵炒った食べ物とごく普通のパンだが、無意識に手が出てしまうほど美味しいのである。「美味しい」「うん旨い」二人は黙々と食べ続ける。「いや、お前ら食いすぎだろ」ニュイの冷静なツッコミで我に返ったエリスとユリィは急いで自室に戻り、身支度を整えてアドラルク寮を後にした。


「集合場所は?」走りながらエリスがユリィに尋ねる。「一昨日行った森だよ。馬車が停めてあって、それに乗っていくんだよ」ユリィが息を切らしながら答える。遠くにその森が見えてくる。「見えてきた」エリスが隣を必死で走るユリィを担ぎ上げてさらにスピードを上げる。「わああ、はやぁぁぁ!」ユリィが絶叫する。


「おーい、遅いぞー!」アルスたちが馬車の近くで手を振っている。「遅れてすまない」エリスが馬車の前で立ち止まる。「おまえ、どんだけ足速いんだよ」アルスが若干引いたような目つきでエリスを見る。「え、ああ鍛えたからな」「鍛えただけでそんなんなるかよ.......」エリスが目を回したユリィを地面に下ろす。


 その時、馬車から教師と思わしき女がひょこっと顔を見せた。「あ、全員揃ったみたいだね」「クレア先生!」アルスがクレアに駆け寄る。エリスがクレアのほうをみる。クレアは首から右頬にかけて刺青が入っており、目の下のくまもひどい。『病弱か?』「君が噂のエリス・ヴァ―ルデンかい?」クレアが手招きする。「さあ乗りたまえ、遅くなるぞ」






 馬車が城下町を駆け抜けるさなか、馬車内はにぎわっていた。「エリス君、君の将来の目標はなんだい?」クレアの問いかけにエリスが考え込む。「うーん、明確にこれ、というのは決まっていない」「ほんとにそうかい?」クレアが煙草をふかしだす。「煙たかったら窓開けな」


エリスがアルスに白羽の矢を立てる。「アルスは何か目標はあるのか?」「え、俺?」急に話題を振られたアルスが驚きつつも答えてくれる。「世界中のダンジョンを踏破するダンジョンマスター!」「ダンジョンか、いまだ発見されていないものもあるだろうし、何より宝物が魅力的だ」「そうそう、伝説の剣やら魔導書、金銀財宝!想像しただけでたまんねえよ.......!」


「僕はドラゴンスレイヤー、いつか本に出てくるようなドラゴンを倒して英雄になるんだ」「え、えと、ぼくは両親のところに帰って一緒に狩りをすることかな。ついでに冒険者の仕事で家計も支えようって考えてるよ」コールとガインも自分の将来の目標を語る。「二人ともすごくいい目標じゃないか」エリスの表情がほころぶ。「それで、ユリィの将来の目標はなんなんだ?」エリスの問いにユリィ少しうつむいて答えた。


「世界中を回ってお父さんとお母さんを探すこと」馬車の中が水を打ったように静かになる。「両親か.......あてはあるのか?」「そんなのないよ。あったら学園飛び出してそこに行ってるよ」ユリィが苦笑いする。「私ね、自分がどこで産まれたかも生まれたかもわからないんだ。ずっと一緒に暮らしてきた人は本当の両親じゃなかった.......もちろんいい人たちだよ!学園に入れてくれたし、それまでも不自由なかったし」「そうか、悪い奴じゃなくて安心したよ」エリスがホッとしたように言う。


「そういやユリィから家族の話聞いたのは初めてだな」アルスが言ったとき、ずっと静聴していたクレアがユリィに質問を投げかける。「君の両親の代わりをしていたのは商人だったね。その二人からなにか両親のことについて聞かなかったのかい?」


 ユリィが首を横に振る。「聞いても悲しそうな顔で知らなくていい、って言って答えてくれなくて」「ふぅーん、そうかい」クレアが窓の外に視線を戻し、煙を燻らせる。『グランザールという名には聞き覚えがあったんだけどねぇ。育て親が隠しているなら言わない方が賢明か。思えばあの事件があったのは十七年前だったし、ユリィは想像以上に.......』そしてエリスにチラと視線を向ける。『そしてエリスも見違えるように変わった。授業をまともに受けた試しがなく、性格もゴミ屑に等しかったやつが。おまけに炎元素魔法を使える『筆頭騎士』に風元素魔法を使って勝利した。まるで魂でも入れ替わったのかい?と聞きたくなるほどだ』


 煙草をくわえる口元が笑みを隠しきれなくなる。「そんなにそのたばこ美味しいの?」アルスが興味深そうに尋ねる。「こんな炙った草がおいしいわけないだろう?」クレアが半笑いで答えると、「くせえから捨てていいよな」とアルスがクレアの口から煙草を抜き取って窓の外に放り投げた。


「ウワーッ、何するんだい!まだ半分も吸ってないのにぃ」クレアが窓から飛び出さん勢いで身を乗り出して煙草を拾おうとする。「あっぶねえ!」「何をやってるんだ!?」慌ててエリスたちがクレアを馬車に引き戻す。そんな騒動も起こしつつ、馬車は活気ある街を駆け抜けていった。






 学園の医務室、まだシャリーは療養を言い渡されていた。焦りといら立ちが募るが、今の状態ではどうすることもできない。ふとした時に脳裏によぎるエリスの姿。あの圧倒的な力を姉は観ていたはずなのだ。にもかかわらずあいつを消すなどと抜かしている。


 馬鹿げてる、とつぶやいた矢先にその姉、グレナが医務室に入ってきた。「調子はどう?」「お前のせいで最悪だ」「そう、呪ってくれて構わないわ。ところで冒険者コースのやつら、野外実習に行ったみたいね」グレナの報告にシャリーが困惑する。「だから何だよ」「大チャンスじゃない。引率もクレアしかいないみたいだし」


シャリーの面持ちが険しくなっていく。「お前、まだそんなこと言ってんのか」「どうして怒るの?あなたがこの学園で私を差し置いて大きな顔をできていたのはどうして?答えは簡単、最強だったからよ。誰も追従できないほどの力があったからこそなのよ」グレナがシャリーの胸倉を掴む。「分からない?このままだとロンドベル家の名に傷がつく。学園での私たちの評価が少なからず家の格に影響するのよ!それに、神託の顕現したエリスを放っておくと学園内どころかエンスウェード王国内の勢力圏をヴァ―ルデン家に取られかねないのよ」







 ロンドベル家はエンスウェード王国の建国当初から王家を支えてきた由緒ある家系である。代々炎元素魔法の使い手を輩出し、戦争などで多大な戦果をだし、エンスウェード王国の領土拡大、ひいてはエンスウェード王国そのものの発展に大きな役割を担っていた。また、500年前に勃発した人魔戦争にも当時の当主が軍を率いて参戦した記録が残っている。その当主は世界各国に伝わる『英雄譚』にも記載があり、『五元素使いの英雄』とともに戦い抜いた様が綴られている。


 いまの当主であるスヴェン・ロンドベルは野心家であり、その野心の矛先は皇帝の座にすら向いている。ちなみに彼の父であるヨゼフ・ロンドベルはエリスたちが通うグリスフォード学園の学園長であり、上層部もロンドベル家の関係者で構成されている。グレナが強気な行動を起こせるのもそれが一因である。


 今、エンスウェード王国で王家に次いで権力を持つ家はロンドベル家であり、その権威は永遠に揺らぐことはないと思われていたのだが.......。






 「この国の歴史が変わるのよ、何処の馬の骨かも分からない辺境伯がロンドベル家に匹敵する権力を持つんだ、こんなことあってはならないのよ」グレナがシャリーを押し倒して馬乗りになる。「私は騎士になるんだ。家がどうとか関係.......」「あなたはね!私は王子様と結婚しなきゃいけないの。跡継ぎを産んでロンドベル家を繋いでいかなくちゃいけないの」シャリーが顔をそむける。「気持ちの悪いことを.......」


 「分かってくれないのね」グレナがベッドから降りる。「冒険者コースの奴らを皆殺しにする。もう手はずは整ってるの。止めたきゃ止めれば?あんたも私も地下牢にぶち込まれておしまいだろうけど」そう言い捨ててグレナは医務室を出ていった。


 しばらくの静寂ののち「ずいぶんご乱心だったな、もっと利口な女だと思っていたが」と衝立の後ろからエヴァンが姿を現す。「.......どこから聞いてた」「全部だ」シャリーがどうしようもなくなって笑い出す。「ははは、たかが一回負けただけでなにを焦ってんだか」エヴァンが向かいのベッドに腰掛ける。「いくら強大な権力を持っていてもさすがにこれは看過できんだろう」「じゃあどうしろっていうんだ?あの姉貴、梃子でも動かねえぞ」


 エヴァンが考え込む。「エリスをグレナの手下が殺せるとは思えない。なにかとんでもない策があるのかもしれないな」「そんなの一日じゃ用意できないでしょ」「野外実習は五日間行われる。策を講じる時間は十分だ。それを実行に移す時間もな」エヴァンが立ち上がる。「騎士として見逃せるのか?いずれ宮廷魔導士になる俺は見逃せないと考えている」


 シャリーもうなずく。「当たり前だろ。そんなん許したら親父や姉貴がもっと調子づいちまう。最悪姉貴は死んでも構わねえわ。あいつは一旦人生やり直した方がいいだろ」シャリーが立ち上がって関節をポキポキと鳴らす。


「エリスにリベンジしないといけないしな」


「それはどうでもいいが、このことは内密にしておけよ」エヴァンの忠告をシャリーが鼻で笑う。


「当たり前だろ。バレたら即拘束で処刑だ」





 馬車でグリスフォード学園を出立したエリスたちは10時間ほどかけて野外実習を行う森に到着した。「やーっとついた」馬車から降りたアルスが息を大きく吸い込んで新鮮な空気を堪能する。「よし、みんな降りたね。じゃあ小屋に向かうから、はぐれないように着いておいでよ」戻っていく馬車を見送った後、クレアを先頭に今回の実習で泊まる小屋に向けて歩き出した。


「小屋に着いたらまず掃除をして、そのあとお昼ご飯だね」


「えー、先じゃダメなのか?」


「埃まみれの中でお弁当食べるのかい?それは作ってくれた人への冒涜だよ。いい気持ちでお弁当は食べないと」


クレアの理論にぐうの音も出ないアルスにエリスが話しかける。「この実習、楽しみだな」アルスが怪訝な顔をする。「なにを当たり前のこと言ってるんだ?」


「はやる気持ちが抑えられないようだね?なら」


 クレアが突然走り出した。「このまま走って小屋に向かうぞぉぉぉぉ!」


 一瞬の間をおいて状況を理解したエリスたちは慌ててクレアの後を追って駆けだした。


 ほどなくして一同はなかなか立派な小屋に到着した。「お、思ってたより大きいな」「そ、そうだね」

皆が感嘆している中、クレアは小屋のドアを開けて中を確認していた。


「ほう、一年ぶりに来るが予想よりも綺麗だな.......」クレアがうっすら積もった埃に残る足跡を発見した。『足跡?個々の管理権を持っているのは私だけのはずだが.......』


 クレアが即座に探査魔法を使う。小屋の地下室から天井裏までくまなく調べる。『地下室に五人ほど。大所帯だねぇ』


「君たち」クレアが生徒たちに指示を出す。「ちょっとここで待っていなさい」


 生徒たちが了解するとクレアは音の一切を消して小屋の中に入り、足跡を辿る。『地下室に続いているはずだけど.......』案の定足跡は地下室へ続く階段の前で途切れている。クレアは懐からカランビットナイフを取り出して深呼吸をする。そして階段を慎重に下りていく。会話は筒抜けだ。「ここにガキどもが来るまで待機だとよ」「へっ、そうカリカリすんな。この程度の依頼でたんまり報酬がもらえんだ。前金で金貨100枚だぞ」


『なるほど、確かにおいしいねぇ』クレアが舌なめずりする。顔が紅潮していく。


 ドガっと扉を蹴破り、クレアが地下室の真ん中に躍り出る。中にはガラの悪い屈強な男が五人、クレアの見立てどうりだ。


「なんだてめえ!」クレアに掴みかかろうとした男の首から血が噴き出す。「ひるむんじゃねえ!」残った男たちが武器を手にクレアを襲うが、また一人がクレアの凶刃にかかって倒れた。「アッハァ!」驚異的な身体能力から繰り出される体術とナイフ術が男たちを苦しめる。「なんだ、こいっふ」男が喉笛を掻き切られて白目をむく。そのままクレアは必要以上に相手の体を切り裂いていく。


「く、くそったれぇー!」男が斧を振り下ろそうとするが、それより速くクレアの足蹴りが男の振り上げた腕を切断した。「う.......」


 男の絶叫より速くクレアが喉に深々とナイフを突き刺して壁に押し付けた。「生徒たちにばれたらどうするんだい?にしてももう少し食べ応えが欲しかったかな」紅潮した顔のクレアが男の耳元で囁く。


 クレアがナイフを抜くと血があふれ出して服がさらに血にまみれていく。「さて、そろそろお昼にしようか」そう言ってクレアは上着を捲り上げて腹を出した。しばらくするとクレアの腹が蠢き始め、鋭い牙がいくつも生えた異形の口が現れた。


 その口は器用に舌で死体をからめとり、口に放り込んで咀嚼する。「美味しいかい?感覚が伝わってくるよ」地下室に飛び散った血も衣服に付いた血も綺麗に舐め取った異形の口はすぐに引っ込んでしまった。


 「さて、生徒たちのところへ戻るとするか」


 クレアが地下室の扉を立てかけて階段を上る。外から生徒たちが楽しそうにしている声が聞こえてくる。『さっきのことは言わない方がいいね。余計な心配をさせるだけだろうし』


 そう考えながらクレアは小屋の玄関に戻って外の生徒たちに声をかけた。


「みんな待たせたね!これから楽しいお掃除パーティーの時間だよ!」


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ