怪物との死闘
喫茶店でのひと悶着の後、アルスとセシリアは、ジーレスト王国の騎士二十名とセレーナ・ジーレストとともに、岩窟へと向かっていた。無論、アルスとセシリアはセレーナがついてくることに猛反対したが、彼女に心酔している騎士たちに、そして彼女自身に押し切られてしまった。
「あなた達が責任を負う必要はないから安心してちょうだい」
などと言っていたが、到底信用できるものではない。どうせいざというときに、立場が宙ぶらりんになりやすいこちらに責任を押し付けるのが目に見えている。
「あのお姫様が何でこんな危険な所に出向くのか、説明できる?」
セシリアが隣の騎士に声を掛ける。
「我々の士気を高めること。それ以上にセレーナ様は兄上に、武勲を見せつけたいのです。セレーナ様の兄上、ラリー・ジーレスト様は武勇に秀でておられますそれは王も国民も知っていること。負けず嫌いなセレーナ様は、この怪物の征伐で自身もまた兄上と同じように武勇に秀でていることを、世間に知らしめたいのでしょう。そして父に認めてもらい......」
「あー、分かった。もういいよ」
セシリアがうんざりしたようにアルスの方を見る。随分しょうもない宣伝に付き合わされているようだ。
そもそも怪物の征伐に乗り気だったセシリアがうんざりしているのはいかがなものか。アルスのは肩をすくめてセレーナを見る。腰に細身の剣を装備している。
武勇に秀でているところを見せたいというのだから、それなりに心得はあるのだろう。いや、ないと困る。
一行がしばらく馬を駆ると、件の岩窟が見えてきた。
「あれが怪物のいる?」
「あれがユーゾン岩窟よ」
アルスとセシリアが岩窟の中に禍々しい気配を察知した。
「やっぱりレナードさんに伝えた方がよかったんじゃ......」
「そんなことしたら、あの人は絶対に動かない。困ってる人が目の前にいるんだったら助けないと」
セレーナたちは馬車から降りると、ランプに火を灯し、岩窟に入っていく。
「あの気配、感じてないのか?」
アルスが驚くと、セシリアが笑いながら返した。
「誰にでもできることじゃないんだよ」
二人も剣の柄に手を置いて、岩窟に入った。岩窟の中はチーズの芳醇な香りで満たされており、むせかえるほどであった。
「すっごい、臭くはないけど......」
「独特なにおいはするね、好き嫌いが分かれる感じの」
「そこ二人、緊張感が足りませんわよ」
セレーナが振り向いて二人を注意する。
「......申し訳ありません」
「......以後気をつけます」
一行は岩窟の奥へと進んでいく。尾行をくすぐる匂いはいつの間にか胃を握るような腐臭に変貌していた。
「そろそろですから、下がっていてください」
セシリアがそう言ってセレーナの前に出る。アルスも剣を抜いてセレーナの前に立つ。
チーズの熟成庫だったであろう空間は、見る影もなく破壊されていた。ただ腐臭の充満する大きな空洞。
ひらけた空間の中央で巨大な怪物が何かを、おぞましい音を立てながら貪り食っていた。その怪物はゆっくりと立ち上がってこちらを見た。
異様に長い手に鋭い爪、小ぶりな頭にギラリと黒い瞳が光っている。太い脚は毛に包まれているのが見える。
痣だらけの腹を搔きながら、その怪物は血まみれの口をニッと吊り上げた。
「いらっしゃい、なかなか粒ぞろいねぇ」
セシリアとアルスが剣に魔力をこめる。怪物の足元に兜が落ちているのが見える。
「あいつ、偵察部隊を喰ってますよ」
「骨が折れるね、こいつの相手は」
怪物を目の当たりにしても、セレーナたちはおびえることはなかった。
「総員、あの怪物を包囲、聖騎士とともにあの怪物を葬るのよ」
騎士たちが素早く動き、怪物を取り囲んだ。
「聖騎士、話は聞いたことあるけど、戦うのは初めてね」
怪物が足元の肉塊を掴むやいなやアルスの方へ投げつける。
「うわあ!」
アルスは叫びながらそれを避け、怪物に迫る。
「男前ね、遊んであげるわ!」
怪物が素早い動きでアルスの後ろに回り込んで、腕を振りぬいた。アルスが壁にめり込むほどの勢いで吹っ飛ばされた。土煙がもうもうと立ち上る。
「アルス君!」
セシリアが怪物の腕を斬り落とそうと剣を振るったが、ガキィンという音とともに火花が散る。
『かった!腕に何か仕込んでるの?』
セシリアがすぐさま飛びのいて距離を取る。何名かの騎士が功を焦って怪物に斬りかかり、瞬き一つの合間に真っ二つにされた。
「私の精鋭の騎士が......!」
セレーナが後ずさる。
「......遺書書いてくるんだったな」
セシリアが笑いながら言う。セレーナの所の騎士は別段強いというわけではないが、それでも鎧を着て、しっかりと防御は担保されている。それを紙でも破くように真っ二つにするような怪物が目の前にいる。
『アルスは......死んではないと思うけど、復帰できる前提で立ち回るのは無理だな。私がこいつを倒さないと、相打ちになってでも』
「あの男前な子は死んじゃったみたいよ。もっと遊びたかったんだけどねぇ」
「今度は私とも遊んでよ!」
セシリアが地面を蹴る。
「いやよ、あたし美人ダイっ嫌いだから!」
こちらに伸びる腕を飛び上がって躱したセシリアが剣に魔力を纏わせ、魔装鎧の状態にする。
「その馬糞くっついた顔面叩き斬ってやるよ!」
セシリアの剣戟が怪物の顔と身体に傷をつける。セシリアが着地して、手ごたえのほどを確かめる。
「イタァイ!ひどいことするわぁ、ホント」
怪物に付いた傷が瞬時に再生する。
『傷をつけてから五秒弱で再生、ちんたらしてる暇はないわね』
セシリアがフーっと息を吐く。この空間は縦にも横にも広い。あの長い腕に蹂躙されることなく、戦うことはできそうだ。目下の問題は......。
「あんた、かなり大きくなった?」
セシリアが訊ねる。
「あら、レディをなんだと思ってるのかしら、大きくなってないわよ」
怪物は否定するが、セシリアの見立ては正しい。最初のエンカウントでは9メートル程の大きさだったのが、12メートル程にサイズアップしている。
『間合いを見誤ったら死ぬね、こりゃあ』
「ねえ、あんたのお兄さん強いんでしょ!早く連れてきて!」
セシリアがセレーナに向かって叫ぶ。
「え、あ、でも」
セレーナがうろたえる。それを見てセシリアが怒鳴る。
「こいつが街に出たら取り返しのつかないことになるぞ!」
「よそ見してていいのかしらぁ~ん」
怪物の腕がセシリアに迫る。
「黙ってろ!」
セシリアが指を斬り落とすと、腕を伝って駆け上がる。
『余裕はない、最大火力を叩きこむ!』
セシリアが剣を構えて、怪物の顔面に向かって飛び上がる。
目を覚ましたアルスは自分の身体が壁に深くめり込んでいることに気が付いた。
『たしか、怪物に飛ばされて......』
アルスが歩き出す。よくこんなに深くめり込んだものだ。小さな洞窟みたいになっている。
不思議と体は軽い。あれだけの一撃を喰らっても。足取りはおぼつかないようで、しっかりと地面を踏みしめている。確実に生死をさまよい、今も死にかけている人間とはとても思えない。
「団長、俺......ここで死ぬかもしれません」
アルスがぽつりとつぶやく。その小さな呟きは決意となってアルスにさらなる覚醒をもたらした。それは、テル・イズヒサに続く、二人目の勇者の誕生の先駆けとなった。
怪物の顔面に向かって飛び上がったセシリアが、技を繰り出す。
が、怪物は振られた剣を思いっきり咥えた。予想外の出来事にセシリアが硬直する。
「超ぅスクランブルッ!」
怪物が首を大きく振り回してセシリアを吹っ飛ばした。
「ちょっ、ええ?」
セシリアが状況を理解できずに壁に叩きつけられる。
「こ、ここはひとまず撤退よ!あの聖騎士を回収して!」
先程の威勢はどこへやら、即座に撤退を決める。まあ、人外の戦いを見れば誰だって戦意を失うだろう。所詮人間の範疇にいる騎士と、人間の範疇を超えかけている聖騎士とでは、その差は歴然だ。
セシリアを回収しようとした騎士二人が怪物の手に攫われて、そのまま口に入れられる。
「ちょうど小腹が空いてたのよね」
咀嚼しながら怪物がセレーナに手を伸ばす。
「セレーナ様、お逃げください!」
身を挺してセレーナを突き飛ばした騎士が口へと運ばれていく。セレーナは腰が抜けて立っていられなくなる。こんなことになるとは、微塵も想像していなかった。せいぜい一人、二人が怪我をするぐらいなものと思っていた。目の前で人が死んでいく姿に実感がわかない。喰われた騎士の身体から噴き出た血が、自分に降りかかっても。
認識が甘かったなどという次元の話ではない。今逃げなければ死ぬ。セレーナはすぐに自分の目標を定める。
兄をはじめとした王国の猛者達に怪物のことを伝え、討伐してもらう。自分は情報を持ち帰る。それが今できる最善だ。
聖騎士二人には申し訳ないと感じてはいる。だが、互いに責任はないという取り決めだ、わざわざ気に掛ける必要もないだろう。
「あら、逃げちゃうの?腰の剣は飾りだったのかしら?」
怪物が素早くセレーナの頭をつまみ、持ち上げる。
セレーナが剣を抜いて闇雲に振り回す。
「あらあら、おもちゃじゃないんだから」
怪物がもう片方の手で剣をつまんでへし折る。
「あっ......」
セレーナが言葉にならない声を漏らす。
「ほほほほほ!たったあれだけの戦力であたしを倒せると思ったかしら?」
怪物が高笑いして腕を振り下ろした。逃げる暇もなく、騎士たちが潰される。
「私たちが死んだところで、あなたの敗北はすでに決まっているのです!私のお兄様が、国中の猛者がお前を殺しに行きます!」
「ラリーだったかしら?最初に殺した聖騎士とそんなに変わらないわよ?」
怪物がニマニマ気持ち悪い笑みを湛えて言う。
目から涙をあふれさせたセレーナが暴れだす。怪物からすれば動いていないも同然だったが。
『聖騎士が思ったより弱くて助かったわ。あれだけで戦力を断定するのは早計でしょうけど、もうちょっと派手に動いても問題なさそうね』
「あなたの国をぶっ潰すのを見せてあげたかったわ!でもあなたはあたしが食べちゃうからできなーい!ほほほほほ!」
怪物が大口を開けてセレーナを喰おうとする。
「嫌......お兄様、助けて......!」
セレーナが祈るように口にする。彼女の最期は、すぐそこまで迫っていた。




