神の誘い
緑の芝が生い茂る地面、虹のかかった浮遊する島が無数にある、現実離れした全く知らない世界に、エリスたちが言葉を失う。
羽毛に覆われた巨大な龍が雄叫びをあげて島の周りをぐるぐると回っているのが見えた。馬車とすれ違うように、牛の胴体をしたウサギの群れが駆け抜けていった。
「なんだあの魔物、気持ち悪かったな」
シャリーが群れを見ながら言う。ユリィも頷く。
『さっきまで空を飛んでいたはずだ。幻覚の類か?仮にそうなら俺やエリスが気づいていたはずだ』
エヴァンがこの状況に混乱する。龍もあの牛みたいなウサギも見たことがない。新種の魔物なのだろうか。
「......情報を集めないとな」
馬車は芝の上を疾走していたが、いつの間にか舗装された石畳の上を疾走していた。
「道が整備されてる、街があるのか?」
エリスが首をかしげる。嫌な予感はしない、かと言って安心感があるわけでもない。心が虚無になったような、思考を放棄したくなるような気怠さを感じている。
馬車が速度を落とし、やがて動きを止める。
「止まったな、警戒しろよ」
シャリーがそう言うと剣の柄に手をかけ、馬車の扉を蹴り開けて外に飛び出した。それに続いてエリスたちも馬車から飛び出す。
「ようこそ、オルクレスへ」
エリスたちの前に、一人の幼女が水の塊に座った状態でやってきた。
「子供だ」
「子供だな」
「可愛い子」
「迷子じゃねえか?」
エリスたちが好き勝手言うのに、幼女はほっぺたを膨らませて憤慨した。
「不敬ですよ、神に向かって可愛いなどと。私は水元素の神アクエリナス、そして君たちがいるのは天界オルクレスだ」
水元素の神を名乗る幼女、アクエリナスがユリィの方を見る。
「私はユリィ、君に用があるのだよ」
名前を呼ばれたユリィが眉をひそめる。
「私?」
「そう、雷元素の神アンペインの末裔である君にね」
ユリィが困ったように言う。
「ほんとに私って神の末裔なんですか?」
「そうだよ。君はグランザールを名乗っていたようだけど、それはアンペインの末裔が愛した女性の名前だろう。ユリィ・アンペイン、名乗るならこちらの方が正しいよ」
ユリィがシャリーの方を見る。
「シャリーちゃんも炎元素の神の末裔だって言われてますけど......」
「それはないな、なんせ我がここにいるからな」
凛とした声が響く。シャリーの隣に筋骨隆々、赤黒い長髪を頭頂で束ねた上裸の男が立っていた。
「うわ!」
シャリーが飛びのく。
『気配が感じられなかった、いつの間に......』
「それに俺は人間と交わろうとも思わんし、そもそも俗世に興味はない」
男が胸を張って言う。
「アディア、別に自慢することではありませんよ」
アクエリナスがため息交じりにアディアの方を見る。
「申し遅れたな、我は炎元素の神、アディアである!シャリーと言ったか?」
アディアがシャリーに顔を寄せる。
「分かるぞ、なかなか研鑽を積んでいるようだな。炎元素魔法を扱うこと、我が認めてやろう」
「はあ、どうも」
シャリーがとりあえず、といった感じで返事をする。
「コラー!アクエリナス、勝手に人間を呼んじゃダメでしょ!」
また別の声が、今度は空から聞こえてくる。見ると、半袖短パン、緑色の短い髪の少年が空に浮いていた。
「やっと五元素の神が揃うのです。文句は言わないでください」
「だとしても、一声かけてくれてもいいだろー!」
少年がアクエリナスに近づいて額を指ではじく。それはなまじな威力ではなかった。
「うぎゃ!」
アクエリナスが潰されたカエルのような悲鳴を上げて水から転げ落ちた。
「ウィンディ、アクエリナスがへそを曲げると面倒くさい。やめてくれ」
地面から、ひょろひょろの骸骨のような男が生えてきた。
「頭が変になりそうだ」
エヴァンが眉間を押さえる。
「ディルポじゃん、相変わらずガリガリだね」
ウィンディと呼ばれた少年がディルポと呼ばれた男に手を振る。
「はっはっは!めでたいな、元素の神がこれで揃った!」
アディアがユリィの肩を掴んで引きずる。
アクエリナスたちが一列に並ぶ。
「改めて、私たちは元素を司る神々だ。水元素の神アクエリナス、炎元素の神アディア、土元素の神ディルポ、風元素の神ウィンディ。そして雷元素の神アンペイン。よろしく、人間たち」
ユリィが困惑している。
「え、私、ほんとに神様に?」
「これからともに世界を見守っていこう」
アクエリナスがユリィの手を握った......が、ユリィはその手を振りほどいてエリス達に元に走る。
「私は神とか興味ないです。これまでどうりユリィ・グランザールとして生きていくんで!」
「何故人間であることにこだわるのか......アンペインも同じようなことを言っていました。かくなる上は......」
アクエリナスがユリィの脚にギュッと抱き着いた。
「お姉ちゃん、私と一緒にいるの嫌なの?お姉ちゃんと一緒にやりたいこといっぱいあるんだよぉ。あそぼうよぉ」
アクエリナスがいきなり幼女感をユリィにぶつけだした。
「あいつ、さっきまで大人っぽい喋り方してたくせに」
「急に幼女らしくなったな」
エリスとシャリーがユリィの足元でくねくね駄々をこねているアクエリナスを白い目で見る。
「見世物じゃないですよ」
アクエリナスがエリスたちの方を睨みつける。
「あのガキ......」
シャリーがプルプルと震えだす。
「あの腹黒は放っておいて、下界のことを伝えないとね」
ウィンディが前に進み出る。
「君たち、カゾエとかいう魔人を殺しちゃったよね」
「殺しちゃった?何かまずいことでも?人を殺めた魔族だから殺したのだが」
エリスが何でもないことのように言うと、ウィンディの顔が一瞬ひきつったように見えた。
「いや、うんそれは構わないんだが。あの一点に魔力が集中しすぎたんだ。大きな六つの魔力のぶつかり合い、それは世界の均衡にまで影響を及ぼした」
「世界の均衡?ブレイザード王国じゃなくてか?」
エヴァンが疑問を口にするが、ディルポが弱々しく答える。
「国境など、人間が勝手な都合で引いたもの。世界はそれぞれ陸、海、空、そして魔力で繋がれ、均衡を保っている。だが、ブレイザード王国での一件で、世界と魔力の均衡が崩れたのだ」
「それが何か問題なのか?」
シャリーがあくびをしながら訊ねる。彼女としては早くエンスウェード王国に戻りたいのだ。
「問題だ。善悪に関係なく全員の魔力が底上げされたのだ。お前たちを超えるような怪物がこの瞬間にも目覚めている」
「......さっぱりだ」
「俺たちが魔力の均衡を崩したせいで、俺たちよりも強くなった奴らがいるってことか?」
エヴァンが言うと、アクエリナスがそうだと頷く。
「今は大丈夫ですが、遠くない未来にそういう者たちが現れるのです。さっきユリィに用があるといいましたが、あなた達にも用があるのです」
「そのいつか現れる強い奴らを私たちに倒してほしいってことだろ?」
シャリーがアクエリナスに言う。
「大雑把に言えば。そいつらが悪なら君たちに倒してほしい。なんせ私たちが武力で下界に干渉することはできないからね。だから、私たちが直々に君たちに試練を与える。簡単に言えば私たちとの修行を完遂すればいい。完遂するまで下界に返さないからね」
アクエリナスの声色は優しいが、目は全く笑っていない。エリスたちを下界に帰さないというのは、どうやら本気らしい。
「自分たちが下界に干渉できないから、代わりに神に近い実力を持つ俺たちを仕向けるって訳か」
「神様がこう言ってるんだ、ささっと終わらせて下界に帰ろうぜ」
シャリーがそう言ってアディアの元へ歩み寄る。
「どうせおっさんがやってくれるんだろ?」
「ふ、察しが良いやつだ」
「ディルポは適当に過ごしていてくれて構わないよ」
アクエリナスがディルポに冷たく言い放つと、エヴァンの方へ行ってしまう。
「土元素魔法を使える子がいなくて残念だったね」
半ば煽るように言ったウィンディもエリスのところに向かう。
「私がアンペインの末裔を担当するのだよ。残念なことがあるか」
ディルポが憤慨してか細い声を精一杯張り上げた。
こうしてエリスたちは『天界オルクレス』に、元素の神の手によって誘われ、試練を与えられることとなった。その試練の完遂に意気込む彼女たちだったが、それには途方もない時間をかけることとなった。
一方で、下界でも試練に挑む若者たちがいた......。




