『筆頭騎士』との試合
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森に向かう道すがらエリスとユリィが言葉を交わす。
「冒険者コースの1年生は私たち二人と男の子が三人だけなんだ」
「少ないな、あまり人気じゃないのか?」
「昨日話したシャリーって人のせいだよ」
ユリィの表情が曇る。「筆頭騎士だったな、でもそいつが何で?」とエリスが言いながらユリィの顔をのぞき込む。
「筆頭騎士の肩書も自称だよ。でも強さは本物」
ユリィが苦虫を嚙み潰したような顔をする。「夏期休暇に入る少し前、学園の一年生が参加する課外授業があったでしょ.....あ、エリスちゃんはサボってたから知らないか」『真面目に授業受けろよ、元の体の持ち主』エリスが苦笑いしながら先を促す。
「終盤あたりにワイバーンの襲撃があってね、冒険者コースの私たちが襲われたんだよ。その時にシャリーが助けてくれた」
「助けてくれたのか、感謝だな」エリスが笑いながら言うがユリィは不機嫌そうな態度を崩さない。「そりゃあ感謝しているけど、私たちに対する嫌がらせはそのときからさらにエスカレートしていった。同級生も何人かやめていった」エリスは言葉を失う。この体にそんな記憶はない。
「.....そうか。嫌なことを思い出させてしまって申し訳ない」エリスの謝罪にユリィが慌てる。「いやいや、そんなことないよ!ごめんね、こっちも変な話しちゃって」二人の間に気まずい沈黙が流れる。
やがて森の入り口が見えてくる。そこで起きている小競り合いも。
「お前らにはこの森はちょっときついんじゃないか?器用貧乏のお前らじゃ何もできずに死んじまうぞ~?」
金髪にサファイアのように美しく輝く瞳の女が剣の柄に手をかけながら三人組を煽っている。「なんだと、俺たちはいつもこの森で訓練してるんだ!ふざけるのもたいがいにしろよ!」と真ん中の男の子が女に詰め寄って反論する。
「こんなちんけな森でなにが得られるの?だからいつまで経っても雑魚だしワイバーンにも勝てないんじゃない?てかそっちの教師って泥棒でしょ、お前ら盗賊にでもなれば?明日食うパンには困らない.....」女の罵詈雑言に男の子が耐え切れなくなってとびかかる。
「シャリー!」
「おっそいわ!」
シャリーがきれいな腰払いで男の子を地面に叩きつける。男の子は痛みに顔をしかめる。「殺されないだけありがたく思えよ雑魚ども」シャリーが冷たい表情で言い捨てる。「明日の武闘大会で半殺しにしてやるから、楽しみにしておけよ」
シャリーが踵を返して去っていく。それとすれ違うようにエリスとユリィが駆けていく。
「アルス!」ユリィが倒れているアルスを抱え起こす。アルスがゆっくりと体を起こす。「く、ユ、ユリィ」「大丈夫か」エリスが回復魔法をかける。
「か、回復魔法?」
アルスの体から痛みが引いていく。「あ、ありがとう」とアルスが礼を言うが、エリスは意にも介せずほかの二人に「そっちはケガしてないか?」と尋ねる。
「うん、ぼくたちは大丈夫」小柄な男の子がうなずく。
「コール、ガイン、何があったの?」ユリィが尋ねる。「ここで待ってたらシャリーが因縁つけてきた」コールが至極簡素な報告をする。「あいつが筆頭騎士のシャリーか」エリスが遠ざかっていく背中を見やる。
「そう。明日の武闘大会で対戦する相手だよ」ユリィがため息をつく。エリスがアルスの方を向く。
「アルス、と言ったか?」
「あ、ああ。てか、あんた誰だ?」アルスが困惑の色を浮かべる。ユリィと一緒にいることから冒険者コースの生徒であることには違いないだろう。しかしいくら記憶を辿っても目の前にいる人間の名を思い出せない。
「私か?私はエリス・ヴァールデンだ」
「......は?あの?神託デブ?」アルスが呆然とする。自分の記憶とはずいぶん違う。「や、痩せてる」
「え?あ、まあ痩せたな」アリスが苦笑して頷く。あそこまで太っていた体がここまで痩せ細ったのだ。三ヶ月前との認識の乖離が起きるのは仕方ないだろう。
「魔法使えたのか?」
「まあな。さて、今日はもう帰ったら方が良い。明日に備えて安静にしておくんだ」
エリスがアルスに肩を貸して立ち上がらせる。
「わ、分かった。すまない」
二人が歩き出す。
「コール、ガイン、今日の散策は無し。私たちも戻ろう」ユリィが二人に促す。「わかったよ」「今日は楽しみだったんだけどね」コールとガインが歩き出す。日が陰りだし、不吉な予感がエリスたちを包み込む。
アルスを男子寮に送り届けたエリスとユリィはアドラルク寮に戻ったのだが、寮長からとんでもないことを告げられる。
「「は、はあ!?アドラルク寮が解体!?」」ふたりが声をそろえて驚く。寮長が困ったように頷く。「いや、まだ決まったわけではないんだけどね」寮長がため息をつく。「さっき騎士コースの連中がここを訓練場に改築するとかぬかしやがったんだよ」
エラが吐き捨てるように言う。「しかもシャリーに勝つことができればこの話は白紙にしてやる、とか言いやがって、あたしらがあいつに勝てるわけねえだろ!」エラの怒りが爆発する。「ちょっ、落ち着きなってエラ!」ニュイが暴れようとするエラを後ろから羽交い絞めにする。
「勝てばいいんだな」エリスが尋ねる。部屋が静寂に包まれる。「え、ええ。極端な話、そうだけど」
寮長が困惑しながらうなずく。「私に賭けてみてほしい」エリスが真剣なまなざしを寮長に向ける。
「シャリーに勝つって、あいつ頭おかしいよ」「痩せる前からだいぶおかしかったけど、さらに磨きがかかってない?」エラとニュイがあきれ返る。そのおかげでエラもいくぶんか落ち着いたようだ。「負けたらあたしたち全員野宿になるけど?」「そうなった私たちを学園は助けてはくれないよ」なかば脅しともとれる二人の発言を受けてもエリスは揺らがなかった。「追い出されるのはもうこりごりだ」
「.......わかりました。エリスさんに賭けましょう」寮長が覚悟を決める。「寮長.......」ユリィが不安そうにうつむく。「ユリィ、武闘大会について教えてくれないか」エリスがユリィの手を取る。「わ、わかった」ユリィが頷く。
ユリィによると、武闘大会におけるメインは騎士コースの生徒と魔導士コースの生徒の試合であり、人数の少ない冒険者コースはその前座として騎士コース、または魔導士コースのどちらかの生徒を相手にするらしい。例年冒険者コースの生徒はひどい負け方をさせられているらしい。
学園生活について教えてもらっていたエリスがふと外を見るとすでに日が暮れていた。「無理はしないでね。武闘大会でのケガがきっかけで退学しちゃった先輩もいるみたいだから」ユリィが心配そうに忠告してくれる。「心配してくれてありがとう、ユリィが友人でよかったよ」エリスがそう言って笑うとユリィも少し頬を赤らめて笑う。
「いい雰囲気のとこ悪いけど晩御飯の配膳手伝いな!」エラが二人をどやしつける。「ひっ、すぐ行きます」二人は慌てて部屋を飛び出した。
こうして一日が過ぎ去り、エリスはついに武闘大会に臨むのである。
その日は分厚い雲が空を覆っていた。学園の敷地内に建造された演習場はそんな曇天を吹き飛ばしてしまうかのような熱気に包まれていた。「さーあ!いよいよ武闘大会が開催されますよっ!本日実況を務めるのは、魔導士コース三年生ベルべでございます!」ベルべのバカでかい声が演習場に響き渡る。『言葉すべてに濁点がついている.......』エリスが圧倒されているうちにもどんどん話が進んでいる。
「ルールは簡単!戦って相手を降参もしくは気絶させれば勝利となります!さーあ選手の入場です!」
シャリーとエリスが並んで歩いてくる。「選手紹介ー!剣を携えるのは『筆頭騎士』シャリー・ロンドベル!何したかとか説明不要ですねーめんどくせえ」
「ちっ、ちゃんと紹介しろよ。仕事だろ」シャリーが実況席をにらみつける。「おー怖い。そしてシャリーに対するはーエリス・ヴァ―ルデン!.......え!?あの神託デブ!?ずいぶん痩せましたねー、影武者でしょうか?怠惰なあいつなら考え付きそうですけどねー!」観客席からエリスにゴミが投げつけられる。
『まるで嫌われものじゃないか、この体の持ち主。先が思いやられるな』エリスがため息をつく。シャリーが木刀を投げつける。「不公平なのはあまり好きじゃない。丸腰の相手に剣をふるうのは騎士としてあまり褒められたものでもないからな」エリスがありがたく受け取る。「ありがとう、お互い全力を尽くそう」「馴れ馴れしくすんな」シャリーはそう言うとエリスのほうを向いて剣を構える。「エリスちゃーん、頑張ってー!」「ぶっ飛ばしてやれー!」ユリィやエラの声援に応えると、表情を引き締めシャリーと対峙する。
『とはいえ剣なんてほとんど使ったことがない。昔の友人の真似事になってしまうが.......』エリスが木刀を構える。シャリーが眉を顰める。『隙のなさ、それにこの構えをどこかで.......』ベルべが絶叫する。「それでは試合開始ぃぃぃぃぃ!」
シャリーが地面を蹴り、エリスに迫る。エリスはすかさず飛び上がってシャリーの後ろに回り込む。『速い!』シャリーはすぐさま反転して木刀を振り下ろす。木刀どうしがぶつかる音が響き渡る。観客も声を出すのを忘れて二人の戦いに集中している。
シャリーが渾身の一振りを放つがエリスはそれを高く飛び上がって避け、逆さまに落下しながらシャリーの首に木刀を振りかぶる。「ちっ」シャリーは華麗なバク転で一撃を避け、エリスから距離をとる。『こいつ、思った以上にやる』息を整え木刀を構える。その瞬間には目の前にエリスの突き出した木刀の切っ先が迫っていた。「くそっ!」シャリーがギリギリで避ける。
「やるな」エリスが楽しそうに言う。「す、すげえ」シャリーと互角の戦いを繰り広げるエリスの姿にエラが唖然とする。「ほんとに勝てちゃうんじゃない?」ニュイも興奮を抑えきれない様子だ。「まだわからないよ」しかしユリィはまだ厳しい面持ちを崩さなかった。「まだ本気じゃないよ」
その言葉を裏付けるかのようにシャリーが木刀を地面に突き刺した。エリスが警戒すると同時にシャリーが赤いオーラに包まれていく。それと同時に周辺の空気の温度が上昇していく。『この魔力、もしや』エリスがその場から飛びのく。コンマ一秒でさっきまで立っていたところの真下から龍の姿を成した炎が噴き出した。エリスが冷静に分析する。『あの大きさの炎は並の魔法では操れない。となると考えられるのは、元素魔法しかない』
炎の龍の猛攻を避けるエリスをシャリーが煽る。「逃げてばかりじゃどうにもならないぞ!」炎の龍はますます勢いを強めてエリスを飲み込んだ。
「おおーっと!シャリーの切り札、炎元素魔法がエリスを飲み込んだ―!死んでしまうかもしれませってアッツゥ!」ベルべが実況を中断して机の下に潜り込む。学園の教師陣が防御魔法で演習場をすっぽりと覆うシールドを展開し、生徒たちを守る。「た、助かったぁ」アルスがシールドを見上げながら呟く。「まずいぞ」ニュイが焦りながら指をさす。「いくら身体能力がシャリーと同格でも、元素魔法を使われたら.......」「勝ち目はないよ」ユリィが悲しそうに続ける。
一方のシャリーはいら立ちを感じつつも自身の勝利を確信していた。「これだけやれば奴も降参するはず.......ん?」紅蓮の炎の中で水色の光が輝いた。それを認識した時にはシャリーは演習場の壁に叩きつけられていた。演習場に暴風が吹き荒れ、割れたシールドの破片が降り注ぐ。「な、何が」ぼやける視界がだんだんはっきりしてくる。
エリスが静かに佇んでいる。髪は水色に染まり、その身には烈風を纏っている。「ま、まさかお前も」シャリーがまた炎の龍を発生させる。「か、風の元素魔法.......?」ユリィが驚愕のあまり後ずさりする。「あ、あいつ、とんでもねえじゃねえか」エラも開いた口が塞がらないようだ。
「かき消すことができてよかった」エリスはそうつぶやく。「シャリー!訓練場増設はお前にかかってるんだからな!」観客席から怒号が飛ぶ。それを皮切りにシャリーへの応援、野次やらが飛び交うようになった。「おい、エリス」シャリーが炎の剣を創り出し、構える。「お前ほど強いやつは久しぶりだ。エヴァンと戦った時とおんなじ気分だ」「エヴァン?ああ、『魔王』か」エリスが記憶をたどって思い出す。
「どうして冒険者コースなんかにいるんだ?騎士コースなら私に並ぶ逸材になれるかもしれないのに」シャリーが尋ねる。
「別に理由なんかない。そもそも人生の到達点も、何を道しるべにして生きていくかも決めていない」エリスが自分の拳を見つめながら呟く。シャリーが地面を蹴ってエリスに迫る。「見つかると良いな!」振り下ろした炎の刃を素手で受け止めたエリスが答える。「ああ。見つかると信じている」エリスが腕を払ってシャリーを吹き飛ばす。
吹っ飛ばされたシャリーだがすぐに体勢を立て直して反撃しようとするが、瞬間移動とも思わしき超高速移動で肉薄したエリスの強烈な一撃で完全に意識を失う。「実況、シャリーは気絶したぞ!」
「.......はえ?ああ、えと、シャリー、気絶により戦闘不能!よって勝者エリス・ヴァ―ルデン!」放心状態だったベルべが結果を発表した。勝者が生まれたはずの会場は嫌というほど静まり返っている。「フン、油断しやがって」エヴァンが不機嫌そうに吐き捨てる。
エリスはアドラルク寮に戻っていた。本来ならばこの後も武闘大会が開催される予定だったのだが、会場の損傷を理由に、中止となってしまったのだ。そんなわけでエリスは自室のベッドで睡眠をとり、魔力を回復していた。属性魔法と比べて元素魔法は強力な分、魔力の消費が著しい。それは属性魔法は有を操作し、元素魔法は無から創造するという違いがあるからである。例えば火属性魔法は既に存在している火に魔力を流し込むことで意のままに操ることを可能にするが、炎元素魔法は、己の魔力そのものを材料として炎を創造する。それ故に元素魔法の使用に必要な魔力量は多くなる。「久々に本気を出したな.......この時代にも元素魔法が使える人間がいるとは」エリスが呟く。
『私が生きていた時代よりかは平和なのだろうか。もっとこの世界のことを知らなければならないな』エリスが決意を胸に睡魔に身をゆだねる。「晩御飯まで眠っていよう.......」