未来をかけて
エヴァンに言われて、ユーゴは地面に倒れているユリィのもとへ急ぐ。ユリィは既に意識を失っている。
「くそっ、しっかりしろ!」
手首に指をあてて脈を図る。幸い、弱々しくはあるが、命はつながっている。
ユーゴが懐からポーション瓶を取り出してユリィの口に注ぐ。
「おれが巻き込まなきゃこんな目に合わなかったよな、すまないと思ってるよ。だから目を覚ませ!」
半ば騙すような形でユリィたちを反乱軍に引き入れたことをユーゴは申し訳なく思っていたし、自分の短慮さを痛感していた。アンペインを滅ぼした魔人どもを倒すためだったら、王と王妃の仇をとるためならなんだってするつもりだった。
だが、ふたを開けてみれば、エリスたち外部の人間やまだ遊びたい盛りのオシグとリシアに頼って、自分は弱っちい魔物を倒しているだけ。いざ本気を出しても怪物の爪を破壊するので精一杯。どうしようもない卑怯者で軟弱者。
その事実は自分がどう動いたって変わらない。そんな卑怯な軟弱者ができること。
「ユリィ、頼む!俺たちの代わりに、王たちの仇をとってくれ!あの怪物を倒せるのはお前しかいないんだ!」
ユーゴが涙を流しながらユリィに叫ぶ。唯一の希望に縋る。それが彼の取れる最善の事だった。
ユリィは真っ白な空間にいた。死後の世界、とでもいうのだろうか。暖かくも冷たくもない。無音かと思えば雑音が入り混じっている、不思議と居心地のいい空間。ユリィは記憶をたどる。魔神モーの攻撃を受けて、それから......。
「ずいぶん成長したな、ユリィ」
誰かが自分の名前を呼んだ。声の方を振り向くと、そこには、紫色の髪の男と黒髪の女が立っていた。
「どうして私の名前を......まさか」
男の瞳は菖蒲色、レイモンドが言っていた、ユリィと同じ色の瞳。そこで悟る。
「お父さん?となりはお母さんでしょ?」
ユリィの言葉に二人がほほえみで返す。ユリィは二人に訊ねることにした。
「どうして私をデノンさんに預けたの?」
「デノンか、懐かしい名だ。彼は元気かい?」
「元気だと思うよ。それで......」
ユリィが質問の答えをせかす。
「本当は迎えに行くつもりだったんだがな、魔神モーに敗北してしまってそれができなくなった」
「私も魔神にやられて死んじゃったよ」
ユリィがうつむく。エヴァンたちはまだ残っている。
『私はみんなを残して逝ってしまった』
「ほんとにそうかしら?」
母が優しく声をかける。ユリィが顔を上げる。
「ここはどっちにも向かえる場所。あなたにはまだやることがあるはず。そうでなければ私はあなたを真っ先に抱きしめています」
母の声は凛としているがほんの少し、震えている。
「仲間がまだ戦っているんだろう?」
父の手から紫色の光がふわふわと、こちらに漂ってくる。その光はユリィの胸の中に消える。じんわりとした温かさが身体に広がっていく。
「俺が死んであの世に行ってなお、残り続けた雷元素魔法の力だ。お前に託す。魔神を、すべての元凶であるカゾエを倒すんだ。皆の未来を賭けて、お前が未来を駆けていくために。頼んだぞ!」
父の声が遠のいていく。
「遠い未来で会いましょう、愛しいユリィ!」
母の声も同じように遠のいていく。ユリィが思わず二人の方に手を伸ばす。
気がつくと、戦いの喧騒が耳に飛び込んできた。
「あれ......ここは?」
居心地のいい空間は消え去り、自分の顔を涙でぐちゃぐちゃのユーゴがのぞき込んでいる。
「ユリィ、エヴァンがもう限界だ。頼む、戦ってくれ!」
その言葉に反応してユリィの身体から魔力が爆発するようにあふれ出した。それは魔神モーの魔力の比ではなく、魔力を感じられる者はすべからく動きを止め、そちらを見る。両親の想いがユリィをさらなる境地へと押し上げたのだ。
既にブレイザード城に突入していたエリスも足を止める。
「ユリィ、いったいどうしたって......」
すぐに駆け出す。今はカゾエを殺すことを最優先に、大きな魔力を感じるところへ向かう。
エヴァンが攻撃を止めてユリィの方を見る。その様相は先程とはさらに変わっていた。
「ユリィ、際限ないな。お前は」
ユリィの髪は紫がかった銀色に変化しており、瞳も濃い紫に変化している。
「ありがとう、エヴァン君」
ユリィがエヴァンの隣に並ぶ。瞬間移動ともとれるその速度にエヴァンは言葉も出ない。
「どれだけ魔力を高めようが、姿を変えようが結果は変わらんぞ。ひねりつぶしてくれるわ!」
モーが腕を振るう。
「あっそ」
ユリィが拳を突き出すと、モーの腕がひしゃげて血が溢れ出す。衝撃波と紫電が辺り一帯に走る。
「魔神の力はそんなもの?」
悲鳴をあげるモーにユリィが冷たく問いかける。
「ほざけぇ!」
モーが空中に浮かび、残った腕を天に掲げる。魔力が集束していき、まがまがしい球体となって、どんどん膨らんでいく。
「お前の両親を消し飛ばしたこの技で、お前も消し飛ばしてやる!」
「エヴァン君、近くの人を全員離れたところに」
「お前一人でやるのか?」
「そうじゃなきゃダメなの!」
ユリィの剣幕に圧されたエヴァンが頷いてユーゴのもとへ向かう。オシグとリシアは融合がすでに解けており、アンペインの生き残りたちによってレイモンドたちのいる方へと向かっていた。
エヴァンがユーゴと意識を失ったままの鉄面皮を抱えると、同じくレイモンドたちの方へと向かった。
それを見届けたユリィはモーの方へ向き直る。
「これで心置きなくやれるよ」
ユリィが地面に降り立ち、右手に魔方陣を展開する。左手を右手の二の腕当たりに置く。
「バルジュゼールか、そんなもので魔神モーを倒そうなどと」
その時、モーに一瞬何かが見えた。同じ構えをどこかで見たことがある。
ユリィの右手に魔力が集束していく。空気が震え、地面が大きく揺れる。
「消えてなくなれぇぇ!」
モーが腕を振り下ろす。
「消えるのはお前だ!」
ユリィから特大のバルジュゼールが放たれる。禍々しい球体とバルジュゼールがぶつかった瞬間、眩い光が戦場を照らした。
「この国の、みんなの未来を賭けて......」
ユリィがさらに力を込める。彼女が未来を駆けていくために。
「人間が魔人にかなうと思うのか!」
「だあああああああああ!」
ユリィが力を振り絞る。禍々しい球体にひびが入り、バルジュゼールがそれを貫いた。
「バカな......!」
モーがバルジュゼールに飲み込まれる。肉が剥がれて中心にいたイーニが負けを悟る。
『こんなことが、魔神化しても敵わなかったなんて!あんな奴に負けるなんて!』
夜空を切り裂くように走る紫の閃光は戦場を昼間のごとく明るく照らした。モーはこの世から完全に消え去った。ユリィがやったのだ。
「あ、あいつ、やりやがった......!」
エヴァンが呆然として言う。抱えられた鉄面皮が弱々しく呟く。
「マジか......ライバルが増えちまった......」
「うおおおおおお、ユリィィィ!」
ユーゴが涙を流しながら手足をバタバタさせる。
三柱を完全に撃破したことを確認した反乱軍はさらに士気を高め、魔物を倒してブレイザード城に全速力で進軍する。
「兵士よ、勝利は目前だァァ!」
ヴィストがどこからか持ってきた旗を振り回しながら叫ぶ。
「行けるか?オウボ」
「愚問だぜ」
二人もブレイザード城に走る。途中でエヴァンとすれ違う。
「お前らは行かないのか?」
「とっくに魔力切れだ、元素魔法どころか、バルジュゼールも撃てない」
エヴァンと鉄面皮は元素魔法状態が解除されており、これ以上の戦闘は不可能だった。ユーゴは余裕そうだが、ずっと泣いているだけで戦いに行く気はなさそうだ。
「このおっさん、気持ち悪いな。いつまで泣いてんだ?」
オウボがユーゴの上着の襟首を掴んでブレイザード城の方へ放り投げる。
「えええええ⁉何してくれてんだオウボォォ!」
ユーゴの絶叫がこだまする。
反乱軍がブレイザード城に向かっている事はユリィも察知していた。まだ敵は残っている。元凶であるカゾエが。
髪色も菖蒲色に戻っているが、そんなことを気にしている暇はない。あそこでカゾエと対峙しているであろうエリスと合流し、カゾエを倒さなければならない。
「父さん、母さん、あと少しだから」
ユリィはそう呟くと、ブレイザード城に向けて飛び立った。




