戦慄 魔神モーの脅威
イーニが笑いながら言う。
「人間ってすごいよね、言葉一つで自身の限界を超えた力を引き出せるようになる」
凶悪な魔力を放つイーニがユリィを見下ろす。
「君も奮い立ったんじゃない?」
「何があっても折れないよ、私は」
ユリィが構える。
『マイニーはやられたんだよね。ミーニもこっちに来ないし、やられたか。じゃあ、アレやっても文句言われないね』
イーニが両手を広げる。凶悪な魔力が伸びていき、ミーニとマイニーの死体にまとわりつく。
「これを見せるのは君を含めて三人だけ。存分に絶望しなよ、君の両親みたいに」
イーニの隣にミーニとマイニーの死体が引っ張られてくる。二つの死体はどす黒い粘性の何かに変質してイーニにまとわりつく。
「楽しみにしてるよ、君がどう抗うのか」
そう言い残してイーニもどす黒い何かに変質して混ざり合う。どす黒い何かは鼻を衝く臭気と煙をたたせながらどんどん膨張していく。それは段々と人の形を成していった。
「きょ、巨人?」
その威容にユリィが戦慄する。どす黒い身体に鎧をまとい、長い髪を湛えた顔は悪魔のそれであり、イーニたちの面影は感じられない。
手足が異様に長く、爪が発達している。ブレイザード城の半分ぐらいの大きさの怪物が雄たけびを上げる。
ユリィが耳をふさぐ。
「うるさっ!」
「我は魔神モー、貴様を殺す」
魔神モーが手を振り上げる。
「それはこっちの台詞よ!」
ユリィが魔力を爆発的に開放する。紫色の髪が激しく揺れ、纏うスパークも激しくなる。振り下ろされた手をすり抜けるように飛び上がったユリィがモーの顔面に強烈なパンチを叩きこむが、モーはものともせずに反撃の拳を繰り出す。
「きゃあああああ!」
ユリィが地面に叩きつけられる。
「ははは!その程度か!」
モーが嘲笑う。ユリィがまた立ち上がり、モーに向かって飛ぶ。
「まだまだァ!」
ユリィに鋭い爪が迫る。
戦場を駆けていたエヴァンは、突如出現した怪物を見て即座に脅威と認定した。モーから放たれる魔力を感じ取ったものなら誰だってそうしただろう。
あの場にユリィの魔力も感じる。彼女一人では、あの怪物を倒すことは無理だろう。
迷いはなかった。最高速度で怪物のもとへと飛ぶ。
一方のシャリーも、ボロボロの鉄仮面を付けて一息ついた所で、怪物の威容を目にした。
「なんつー魔力、カビュラの比じゃないな......もうひと暴れするか」
シャリーも炎を纏って飛び上がる。
エヴァンとシャリーが全速力で怪物に向かう。その軌跡は地表を切り裂くほどの速度だった。
モーが彼らを認識した時には時すでに遅し、二人の渾身の一撃を受けてモーは地面に倒れこんだ。
「うわあ、びっくりした!」
ユリィが目を丸くする。突如として飛び込んできた二人がこちらを向く。
「ユリィ、大丈夫か?」
「エヴァン君、どうしたの、その姿」
「詳しい話は後だ!」
立ち上がるモーを見てエヴァンが言う。鉄面皮がモーを見てユリィに訊ねる。
「あれはなんだ」
「魔人が別の魔人二人と合体したの。とても強いから気を付けて」
ユリィがバルジュゼールをモーに放ちながら言う。モーの顔面が爆発するが、傷一つ付いていない。
「なるほど、こりゃ手強い」
鉄面皮が不敵な笑みを浮かべる。その時、幼い声が響いた。
「へっへーん、ブサイク魔人め!俺たちが来たからには、ギッタンギタンのメッタメタにしてやるぜ!」
「やるぜー!」
見ると、オシグとリシアがモーに対して啖呵を切っている。エヴァンとユリィが同時に叫ぶ。
「危ないから下がってろ!」
「危ないから下がってて!」
鉄面皮がオシグとリシアを見てため息をつく。
「なんだってガキがあんなところに......っと」
モーの繰り出した爪の攻撃を鉄面皮が弾く。
「まあ、待つ道理なんてないわな。私が相手してやるよ」
鉄面皮がモーに肉薄する。
一方でエヴァンたちに下がれと言われたオシグとリシアが不満げに二人を指さす。
「なんでだよー!俺たちだってやるときはやるんだぜー!」
「そうだよ、僕たちだって戦えるよ!ん、オシグ」
「おう、やってやろうぜ、リシア!」
二人は距離をとって横一列に並ぶ。
二人がピッと両手を真上に挙げる。そのまま歩幅を小さく内側にカニ歩きしつつ、腕を外側に倒し、指先をピンと伸ばす。お互いがぎりぎりまで近づくと、自分の外側にある足を真っ直ぐ伸ばす。そして外側の手を前に出して、内側の手を上にあげる。そしてほっぺたをつけて
「融合!」
と唱えた。この時二人は互いの手を握り、伸ばした足先をくっつけている。
徹頭徹尾トンチキな動きにユリィとエヴァンが顔を見合わせる。いつかユーゴが言っていた融合だ。
「失敗したら?」
「どうしようもないよ......」
だが、二人の心配とは裏腹に、オシグとリシアの身体が光り輝き、爆発するように魔力が溢れ出す。
「成功したのか、なんて魔力だ」
エヴァンが啞然とする。
「ユーゴさん、ほんとにすごい人じゃん」
ユリィも驚きを隠せないでいる。
「天下無双のオシリ様の登場だぜぇぇい!」
黒と金のツートンカラーの男の子が眩い光の中から現れる。その身体は小さいながらがっしりとしており、計り知れぬエネルギーを感じさせる。
「オ、オシリて......」
締まらない名乗りにユリィが呆れるが、実力は間違いないだろう。この四人でこの巨大な魔神を倒すしかない。
「ガキにしてはえげつない魔力だな、にしても融合なんてどういう魔法だ?」
鉄面皮がモーの腕を爪を弾きながら後退する。
「刃が通りにくい、柔らかいところに叩き込むか、一点集中で無理矢理ぶち抜くかしかないな」
「柔らかそうなところといえば、口ぐらいか」
エヴァンが拳を引く。
「俺が何とかして奴の口を開く。開いたところにお前ら三人が渾身の一撃を叩きこめ、いいな」
「まだカゾエも残ってるもんね、ここでいたずらに消耗してられないもんね」
ユリィが頷いた時、オシリがモーを指さして調子のいいことを言い出した。
「やいやい、人中激長怪物!お前なんか十分も立たずにぶっ殺してやるぜ!」
オシリがそういうなりモーに向かって突進した。
「あのバカ!」
鉄仮面がオシリを援護しようと動く。
「調子に乗って......!」
ユリィもせねばならなくなるであろう尻拭いに備えて動く。モーが笑いながら腕をオシリに伸ばす。その腕を避けたオシリはモーの顔を思いっきり殴る。
衝撃波とともに、モーの顔面が凹む。巨躯が後ろに倒れこむ。
「ぐうう、思ったよりもくすぐったかったぞ」
モーが立ち上がりながらオシリを嘲笑う。
「......なめてるな、俺のことを」
怒ったオシリがもう一度突撃するが、モーは口からビームを吐いてオシリを焼いた。
「オシリ!」
エヴァンが黒焦げになったオシリを抱える。
「あんにゃろ、あっついだろーが!」
アフロになって煤にまみれたオシリが怒鳴る。
「あれに耐えたのか」
エヴァンが舌を巻く。立ち上がったモーは全身からビームを照射し、街を焼き尽くしている。ビームの威力に耐えられずに鎧が熔解していく。
「あの魔神、自分の攻撃で鎧を溶かしてる!」
「間抜けで助かった!」
ここぞとばかりにユリィと鉄面皮がビームをすり抜けて鎧の熔解した部分に渾身の一撃を叩き込む。
金属音とともに、鎧が砕け散る。
「後はぶった斬るだけ......」
鉄面皮が弾き飛ばされる。
「え、何が」
ユリィも反応する暇もなく地面に叩きつけられる。
「ごほっ」
ユリィの口から血があふれ出す。何をされたのか見当もつかない。
「鎧がなくなった分、速度は上がるんだよ」
モーが巨躯に見合わぬ素早さでエヴァンの後ろに回り込んで、抱えられているオシリごと殴り飛ばす。
「アンペインの王女様も炎の剣士も水元素の神もそんなものか?」
モーが嘲り笑う。
「さて、雑魚どもを殲滅するか」
モーが反乱軍の密集している地点にビームを放つ。それは兵士たちを一瞬で焼き、その地点を消し飛ばす大爆発となった。
「何だ」
レイナが爆発の方を見る。黒煙が空高く伸びている。空が明るみ始めているが、夜が明けているわけではなく、火の手が広がりだしているのだ。
「街が燃えている......まずいな」
このまま炎を野放しにしておけば、反乱軍の退路を塞ぎかねない。向こうには巨大な化け物が笑い声をあげて街を破壊している。
「アンペインの意思を継ぐ者たちよ、あの怪物を討てぇぇ!」
ユーゴを先頭に、アンペインの生き残りたちが武器を手にモーのところへ向かう。
「ふん、また雑魚か。骨のあるやつはいないのか」
モーがこちらに向かってくるユーゴたちにビームを放とうとするが、オシリが人中にかかと落としをお見舞いする。
口の中に集束していた魔力が弾け、大爆発を起こす。オシリは翻って、モーの腹に強烈な蹴りをぶち込む。
モーが体勢を崩す。それを見たユーゴが好機ととらえ、仲間たちに叫ぶ。
「オシリが好機をもたらした!飛べぇぇ!」
ユーゴたちが飛び上がってモーに肉薄する。
『皆の想いが三柱をここまで追い詰めた。カゾエはエリスが何とかしてくれるだろう、いまはアンペインの仇を討つことだけを......!』
ユーゴが思いの丈を剣に乗せる。
「王妃より賜ったこの剣技で、貴様を切り裂く!」
ユーゴたちの武器が紫電を纏う。
「天地雷鳴!」
モーが手を掲げ、ユーゴたちの攻撃を爪で阻む。
「構うな、押し切れぇ!」
ユーゴたちの一撃は雷を纏い、モーの爪を破砕させた。
「小癪な虫けらが!」
モーがもう片方の手をもたげてユーゴたちを爪で切り裂こうとする。
「くそっ、諦めてなるものか......!」
その手は音速の拳によってユーゴたちに届くことはなかった。
「巨蛸水連拳ォ!」
エヴァンの連撃がモーをその場に釘付けにする。エヴァンがユーゴに叫ぶ。
「ユリィのところへ!」




