新たなる進化
水元素魔法を駆使して何とか応戦していたエヴァンだが、マイニーの圧倒的な膂力の前に、次第に押され始める。
『これが魔人、人間とは比べ物にならないパワーだ』
エヴァンが冷や汗をぬぐう。マイニーの横なぎの手刀がエヴァンの頸に迫る。
「くっ!」
すんでのところで上体をのけぞらせて避ける。手刀から放たれた衝撃波があたりの建物を吹き飛ばす。エヴァンは足から高圧で水流を発射し、マイニーから距離をとる。この水流はマイニーへの攻撃、目くらましも兼ねている。
何とかマイニーと距離をとることに成功したエヴァンが体勢を立て直す。マイニーは無表情でこちらを見つめている。
『リクラスは無事。他の反乱兵は吹き飛ばされはしたが無事だろう』
目の前の魔人を見据える。己が打ち勝つヴィジョンが全く見えてこない。
「元素魔法使いが、その程度で収まっているのか」
マイニーが口を開く。
「何を言って......」
「お前の元素魔法はまだ初歩だと言っている」
マイニーの言葉の真意をエヴァンは理解することができない。
『俺の元素魔法が初歩だと?物心ついた時から研鑽を積み、誰よりも元素魔法に触れてきたんだぞ』
エヴァンが手のひらを合わせて、マイニーの方に突き出す。内側に凄まじい圧力がかかっていくのはマイニーからも視認できた。
「理解しかねる」
エヴァンがそういった瞬間、超高速で射出された水の槍がマイニーに迫る。
『なかなかの速度......!』
マイニーが掌で受け止める。火花が散り、身体が後ろに押される。
無数の水刃が迫りくる。
「ふん!」
マイニーはそれを叩き落とすと、一瞬でエヴァンとの間合いに踏みこむ。
その瞬間、身体が沈み込む。マイニーが下を見てぬかるんだ地面を認識する。
『罠か』
エヴァンが拳を振りかぶる。
「アクアストライク!」
極限まで圧力を込めた水を拳にのせて一気に放つ、エヴァンの奥義がマイニーの額にヒットする。
とてつもない衝撃波が地を揺らし、建物を崩壊させる。エヴァン自身も吹き飛ばされて地面を転がる。
「はあ、はあ、やったか?」
エヴァンが体を起こして土煙の中に目を凝らす。
「これが元素魔法とは片腹痛い」
マイニーが土煙の中から歩み出る。額がわずかに赤くなっているが、これといったダメージにはなっていないようだ。
「お前は五大元素の神の力をそのまま使っているだけだ」
マイニーの言葉にエヴァンが眉をひそめる。
「神の......力?」
「神の力を十全に引き出せるのは神のみである。そんなこともわからないのか」
「......なるほど」
なんのこっちゃさっぱりだが、とりあえず答えておく。
「お前は水を殴り、傷をつけることはできるか」
「水に傷を......無理に決まっている」
言った瞬間、マイニーがエヴァンを殴り飛ばす。完全な不意打ちに地面を転がる。追撃を覚悟したが、驚くことにそれはなかった。
「やはりその程度の男か」
「なに?」
マイニーのため息にエヴァンが困惑する。
「無から水を生むのは確かに元素魔法だ。しかもそれは、お前が積んできた研鑽によって極限まで磨き上げられている」
「......お前は俺の何を知っているんだ」
「拳を、命をぶつけ合った者のたゆまぬ努力を見透かすことなど造作もない」
マイニーは何でもないことのように言ってのける。
「だがお前は水元素魔法の本質をつかんでいない。無から水を生み出すことなど、水属性魔法とやっていることは大差ない」
マイニーの言葉にエヴァンが反論する。
「水属性魔法は既に存在している水しか操れないが、水元素魔法は無から......」
「そういうことを言っているんではない!」
マイニーの一喝が空気を震わせる。
「......頭の固い強者ほど残念なものはない」
「なんだと......!」
エヴァンには自負があった。この世界の誰よりも元素魔法についての理解があると。物心ついたころから元素魔法に触れ、鍛錬を積み重ねてきた。町の図書館の蔵書、グリスフォード学園の蔵書を読み漁り、知恵をつけてきた。エリスやシャリーも元素魔法を使うが、彼女たちよりも遥かに上回っていると信じていた。自分だけが無から生み出した有を瑕疵のなく扱えて、自分だけが元素魔法の頂きに昇りつめたという自負さえあった。
その自負が、元素魔法が何たるかを説くマイニーを無意識に拒絶し、その思想の理解を拒んでいた。
『奴の言葉に耳を貸せば、俺の今までの積み重ねを否定することになる』
エヴァンが無数の水刃をマイニーに放つ。それをマイニーは避けもせずに、分厚い胸板で受け止め続ける。
「アクアランス!」
鋭い水の槍がマイニーの腹に突き刺さる。
「俺の命には届かんな」
マイニーは表情一つ変えずに、エヴァンを殴り飛ばす。予備動作の一つもなくエヴァンの間合いに入り込んで放つ裏拳。それはエヴァンの心をも打ち砕く一撃であった。
エヴァンが吹っ飛んでリクラスの足元に転がる。
「ちょっと、大丈夫なのです⁉」
リクラスが冷や汗を流す。兵士たちは魔物を相手するので手一杯、マイニーを抑えられるエヴァンも歯が立たない様子。
リクラス自身は魔物を弱体化させる結界を継続して張り続けなければならない。解除すれば瞬く間に魔物は力を取り戻し、兵士たちを殺すだろう。
「俺では無理だ.....」
エヴァンがポツリと漏らす。
「遠距離でチクチクしてたって勝てないのです。相手は魔人です。人間が逆立ちしたって魔法じゃ勝てないんです!」
リクラスがエヴァンを足で小突く。
「元素魔法は元素の神から授かったもの、水元素の神の伝承は覚えているのです⁉」
リクラスの言葉にエヴァンがハッとして起き上がる。
『水元素の神アクエリナスの伝承.....』
この世界には元素の神の能力や逸話が伝承として書物に残されている。
『アクエリナスの身体は変幻自在、水の如き拳は縦横無尽に戦場を流る.....』
マイニーが言いたかったこととなにか関係が......。
「リクラス女史よ、慧眼だな」
マイニーがリクラスに向けて笑う。
「う、敵のくせに憎めないやつなのです......!」
「......リクラスさん、ありがとう」
エヴァンが拳を構える。水刃を撃つわけでも、水の槍を撃つでもない。
マイニーはその変化に喜びを隠し切れない。
「目覚めたか、強者、いや現人神!」
エヴァンの全身が水に包まれたかと思うと、青白く光りだす。魂から離れた所にあった元素魔法が魂と結びつき、エヴァンに大きな変化をもたらしたのだ。
エヴァンの体は水の羽衣を纏い、所々水のようになっている。髪は蒼い長髪へと、眼も藍色へ変貌している。
「魔力量がさっきとは段違いなのです......!」
リクラスには外見以上の変化が見てとれていた。それはマイニーも同じであった。
『この男、あの一瞬のひらめきで』
マイニーの目に映るエヴァンの魔力は人間のそれを超越していた。質も量も。
「敵に塩を送るような真似、カゾエが怒るんじゃないか」
「構わんよ、どのみち結果は変わらんしな」
エヴァンの問いにマイニーが不敵な笑みで返す。
エヴァンが腕を突き出し、水の拳を打ち出す。マイニーは首をかしげてそれを避ける。
『直線的な攻撃、避けてくれと言わんばかりの......』
マイニーが反撃に移ろうとした瞬間、思わぬ方角から拳を受ける。
「ぐっ、なにぃ!」
マイニーがぐっと足を踏ん張る。
『右に抜けていった拳が左から?どういう......』
エヴァンの伸びた腕の軌跡を辿る。
見ると、伸びた腕が何度も軌道を変化させてこちらに向かっているのだ。
「なかなか面白い!」
マイニーが伸びた腕を掴むが、水のごとく弾けて地面に零れる。
「まだまだァ!」
エヴァンが拳を打ち出す。その速度は亜音速に匹敵し、マイニーのガードごと吹っ飛ばす。
エヴァンとマイニーの決戦が、今始まる。




