いざ、ダイエット
森の中の小屋の掃除を終えたエリスは早速ダイエットを始めた。
《全盛期の力は取り戻せないとしても、この身体だけはどうにかせねば》
エリスが森を走り出す。
無理のないペースで、木漏れ日が降り注ぐ中を駆ける。
《走り込みのルートを覚えておくか。あと》
エリスが太めの枝を拾い上げる。
《剣術の鍛錬用の棒も拾っておかなければな》
数分走った所で体力の限界がきた。
「ぜぇ、ぜぇ」
汗が滝のように流れる。
「た、体力が....少なすぎる」
エリスがへたり込む。
《相当マズいぞ....》
立ち上がったエリスがまた走り出す。
走り終えると今度は拾った枝で素振りを延々と続ける。
腕が鉛のように重くなっていく。
休憩を挟みつつ、太陽が地平線に沈むまで枝を振り続ける。
「ゼェ、ゼェ.....今日はこれぐらいに....」
エリスが倒れ込む。
鼻提灯が膨らむ。
朝日がのぼればすぐに起きて走り込み、枝を振り、魔法の感覚を取り戻す特訓をこなす。
そんな生活がおよそ三ヶ月続いた。
エリスは見事ダイエットに成功した。
ぶくぶく太っていた身体は程よく筋肉のついた健康体へと生まれ変わった。
《体力も全盛期ほどではないが戻ってきた。これなら問題ないだろう》
長い黒髪を後ろで括ったエリスが泉に飛び込む。
泉の底で何かの目が光る。
《今日こそ仕留める》
エリスが拳を引くと、それに水の渦が現れる。
底から巨大な亀が大口を開けてこちらに迫ってくる。
《アクアランス!》
水の渦から生成された槍が亀を一直線に貫いた。
《元素魔法も完璧だ》
血に染まっていく泉から上がったエリスは満足げな顔で頷いた。
「何をやっているんですか?エリスお嬢様」
執事が呆れ顔で岸辺に立っていた。
「お前は....アンスリーだったか」
エリスが服を捻って水を絞りながら名を尋ねる。
「そうです。小屋に戻ってご支度ください」
「支度?あー、グリスフォード学園とやらに戻らなければならないのか」
「今日のうちにここを発たなければ新学期に間に合いませんので。それに武闘大会もあります、遅刻するのは....」
アンスリーがエリスを眺める。
「いささか勿体無いかと」
「勿体無いって、そもそも遅刻はだめだろ」
エリスが呆れながら歩き出す。
「ふふ、そうですね。馬車の中に荷物は入れています。制服をお召しください。すぐに出発しますので」
「分かった。ちょっと待ってろ」
エリスが小屋に駆けていく。
ベッドの上に制服がかけられている。
「さて、着替えるとするか」
燦々と光が降り注ぐ田園地帯を三台の馬車が走っている。
護衛の馬車に挟まれた真ん中の馬車にエリスが乗っている。
《何も問題が無ければ日が暮れる頃には寮につけるようだが....》
エリスは窓枠に肘を置き、ぼーっと流れてゆく景色を眺めていた。
《私は....というかこの身体の持ち主はアドラルク寮だったな。冒険者コースで学んでいたようだが、何故?両親は勢力は小さいものの貴族だ》
エリスの口からため息が漏れる。
心地よいそよ風が髪を靡かせる。
「何を考えていたのやら」
エリスがスッと目を閉じる。
音が遠のいていく。
「....様、エリスお嬢様」
「はっ!」
エリスは目を覚ました。
「アドラルク寮に到着しました。寮長がお待ちです」
馬車の扉が開かれる。
「あら、あなた本当にヴァールデン嬢?」
真っ白なロングヘアの女性が驚きの言葉を口にする。
「そうです」
荷物をかついで馬車を降りたエリスが答える。
《私よりも頭ひとつ大きいな。少し羨ましい》
「ご、ごめんなさいね、あまりに変わりすぎてて」
「いえ、お構いなく」
「わぁ〜、制服もブカブカね。新しいの用意するから先に食堂に行っててくれる?」
「あ、はい」
モダンな洋館の扉を開き、アドラルク寮に足を踏み入れる。
素朴なカーペットの敷かれた廊下を歩き、自分の部屋に荷物を放り込むと食堂に向かった。
食堂からは賑やかな声が聞こえる。
《随分と楽しそうだな。それに、誰かと食事を摂るのも久しぶりだ》
エリスは心なしかウキウキしながら食堂に入る。
「今日の晩御飯は何かな〜?」
「寮長のご飯は世界一だもんね....あれ?」
黒髪で眼鏡をかけた小柄な女の子がエリスに気づいた。
「えーと、どちら様ですか?」
エリスがキョロキョロしながら答える。
「エリス・ヴァールデンです。あの、私の席はどこに」
「えぇ〜!?エリスちゃん?あのふくよかだった?」
黒髪が目をまんまるにして尋ねる。
「そ、そうです」
「すっごい痩せたんだね、驚いたよ」
「あ、あの、君は?」
エリスが少し身を引きながら黒髪の名前を尋ねる。
「あ、私?私はユリィ・グランザールです、よろしくね」
「よろしく」
二人が握手する。
「あれ、ホントにエリスちゃん?」
「怪しくない?影武者かしら」
他のルームメイトがヒソヒソと会話をかわす。
『怪しまれている?まあ当然か』
エリスがため息をつく。
「これからよろしくお願いします」
皆に向かって頭を下げる。
「まあ、あの高飛車デブよかマシでしょ」
「それな」
ほかのルームメイトも納得したようにうなずきあう。
そのタイミングで寮長が配膳車を押してきた。
傍らには副寮長も控えており、その腕には制服が抱えられている。
「エリスさん、こちらに着替えてきなさい」
「どうも」
制服を受け取ったエリスは食堂を出て更衣室に向かい、新しい制服に腕を通した。
『先ほどではないが、少しゆったりしているな。あまり好みではない』
エリスは肩をすくめると急いで食堂に戻った。
エリスが食堂につくとすでに配膳は終了しており、机に置かれた肉と野菜のスープがホカホカと湯気を立てている。
『実に美味しそうだ。料理は心を豊かにする、身に染みて感じるよ』
古い友人の言葉を思いだしながら自分の席に着く。
「全員揃いましたね、それではすべての命に感謝して」
寮長をはじめとしたルームメイトたちが感謝の祈りをささげる。
「「「いただきます!!!」」」
楽しい食事の時間が始まった。
料理のお供は明後日開催の武闘大会に関する話題だ。
「明後日だねー」
「どうせ騎士コースと魔導士コースのどっちかのやつが優勝するでしょ。あほくさくてやってらんないわ」
『この二人は....エラとニュイか思い出せてよかった』
記憶を探ったエリスがルームメイトの名前を思い出していく。
「冒険者コースだって戦闘訓練はうけているだろ?決めつけるにはいささか性急では?」
エリスの発言に寮長が同意する。
「そうですよ。やってみないことにはわからないのは事実ですから」
『この人は寮長、たしかアリス....だったか』
ニュイがムッとした表情を見せる。
「はあ?騎士コースのシャリーと魔導士コースのエヴァンに勝てる奴がどこにいるっていうのよ」
「方や王国の筆頭騎士と〈魔王〉よ、同じコースならともかく、器用貧乏な冒険者コースは咬ませ犬として騎士様魔導士様のお人形になるしかないのよ。あーほんと憂鬱。あいつらわざわざ冒険者コースの教室にきて嫌味言ってくんだから、ほかにも.....」
エラは一方的にまくしたてると肉を口に放り込む。
「そ、そうか」
エリスが若干気圧される。
「やめろ、飯が不味くなる」
副寮長がエラとニュイをギロッとにらむ。
「明日は何もない。武闘大会に向けて調整しておけばいい。負けても大けがしないようにな」
『この人はセイラ、副寮長か』
セイラが意地悪な笑みを浮かべる。
『武闘大会.....なかなかの強者がいるようだ』
エリスがスープを平らげる。
「エリスちゃん、おかわりは.....?」
ユリィが恐る恐る尋ねる。
「いや、もうおなかいっぱいだ。とても美味しかった」
エリスはにこやかに笑って皿を配膳車に戻す。
その様子に皆が唖然とする。
エラがつぶやく。
「やっぱあれ影武者だよ」
次の日の早朝、エリスは庭で剣術の鍛錬に励んでいた。
「はあ、はあ」
「おはようございます」
腫れぼったい目をしたユリィが玄関から出てくる。
「おはよう、起こしちゃったか?」
エリスが木刀をおろす。
「ううん、違う」
ユリィが首を横に振る。
「今日、冒険者コースの一年生のみんなで近くの森の散策に行くんだけど、一緒に行く?」
エリスがすぐに頷く。
「ほかの冒険者コースの人を紹介してほしい」
「わかった、きっと気に入るよ」
エリスとユリィが森に向かって歩き出す。