菖蒲色の秘密
ブレイザード王国の陸軍の宿舎にある騎士団が到着した。翻るマントにはエンスウェード王国の紋章が入っている。
「本日より合同演習で世話になる、騎士団『ヴェルツ』の団長、モハン・オービスだ」
騎士団のメンバーが頭を下げる。
「私は陸軍顧問団のサイだ。貴殿らを歓迎する。後ろの宿舎、もうずっと使っていないが手入れはすませてある。常識の範囲内であれば好きに使ってくれて構わない。食事の際は使いの者を寄越すから、そいつに従ってくれ」
サイの言葉にモハンが頷く。どちらも精悍な顔つきに眼光が鋭く光っている。違いはサイはぼさぼさの白髪、モハンは若々しい黒髪であることぐらいだろうか。
「感謝する。それはそうと早速今夜から夜間パトロールに参加させてもらえるらしいが?」
「ああ、夕食後のミーティングで話す。それまではくつろいでくれ」
「分かった」
サイとモハンが固い握手を交わす。モハンがちらと視線を落とす。
「団長、先に入っときますからね」
団員が扉を開けて宿舎に入っていく。モハンもサイに会釈して団員たちの後を追う。
「顧問団って、訓練計画立てたり軍事教本作ったりするとこですよね」
「ああそうだ」
チャラい団員の質問にモハンがうわの空で答える。それを見たチャラい団員が眉をひそめる。
「なんか引っかかることでも?」
「おい、鉄面皮!」
モハンが誰かを呼ぶ。その誰か―――無機質な鉄の仮面を被った騎士がモハンの方を振り返る。その際に金色の長髪が美しくたなびく。
「お呼びでしょうか」
「その仮面なんすか?いきなりつけだして、グレナ絡みすか?」
鉄面皮はその質問を無視してモハンの前に立つ。
「ふむ、この国に来てからの違和感は?」
「地方の農村であったり中規模の集落に全て人がいませんでした。魔物の襲撃があったような様子は見られなかったにもかかわらずです」
「.......言われてみればそうっすね。市街地に入るまで、というか首都以外で人を見なかったような」
チャラい団員も思い出したように言う。鉄面皮が頷く。
「他には?」
「首都に入った時、というかここに来るまでの間、物珍しそうな目を向ける人間がいませんでした」
鉄面皮の言葉にチャラい団員が吹き出す。
「なんすかそれ、パレードじゃあるまいし、軍人になんか誰も興味持たないっすよ」
「この国の情勢を知っているか?」
モハンが口を開く。
「情報局から聞いた話だが、この国、なかなかにイカレてる」
「.......少なくとも首都を見てもそうは思いませんでしたが」
鉄面皮が首を傾げる。
「そうっすよ、街の人だってまともそうでしたよ。みんな目死んでたけど」
チャラい団員も反論する。がモハンは意に介さずに続ける。
「過去十数年、建国祭に必ず反乱が起きているんだ。そして三日後にこの国は建国祭を迎える。つまり.......」
「三日後の建国祭で反乱がおきるって言いたいんすか?」
チャラい団員が飛び上がらんばかりに驚く。鉄面皮もモハンを窘める。
「そういった発言は冗談でも控えた方がよろしいかと」
「ただ、去年の建国祭は何事もなかったそうだ」
「な、なんだ。この国の人も懲りたんですね」
「まあ、警戒しておくに越したことはないでしょう」
鉄面皮とチャラい団員の顔を見ながらモハンはサイを思い浮かべる。
『あのサイという男、見るからに手練れであった。だがあの足の震え、古傷によるものかあるいは.......去年反乱が起きていないのも気になる。この日までずっと準備しているのだろうか、国をひっくり返す武力を』
「いずれにせよ我々は陸軍と協力するよりほかない。何も考えずに反乱軍を切ればいい」
モハンの言葉にチャラい団員と鉄面皮が顔を見合わせる。
エリスたちは洞窟の入り口にいた。円卓に城の図面が広げられている。
「これはブレイザード城の図面です。ま、一階と地下の部分だけですが」
男が図面を一部を指し示す。
「ヴィストはこの地下牢に幽閉されています。侵入経路はここ」
指が滑らかに図面の上を滑る。
「水道橋を経由して下水道から炊事場に上がれます。炊事場を出て右の通路を真っ直ぐに進むと古い木の扉があります。明らかにぼろいので見ればわかります。脇に二、三人衛兵が立っているかと思いますが、こちらの手の者なので気にせずに突破してください」
「えと、そもそもヴィストって誰だ?」
「ヴィストは『演劇の貴公子』と呼ばれている舞台俳優だ。俺も名前は聞いたことがある」
エリスに疑問にエヴァンが答える。それにレイナが補足する。
「彼は愛国心に満ちた人間でね、先日の演劇が終演した際にかなり際どい発言をしたんだ」
「際どい?」
するとレイナが口元で指を交差させた。公の場ではとても言えないことなのだろうか。
「私でも口にするのも憚られる内容のね。それが原因で三柱直々に捕縛、地下牢に幽閉されたんだ」
「公開処刑が三日後に行われる。その日は反乱の決行日でもある」
レイモンドが拳を握りしめる。
「人間の底力を見せる時がその日だ」
「二年間も準備を進めてきた、負けるわけにはいかないんだ。それに三柱には随分とひどい目にあわされた奴らもいる」
レイナが後ろを振り返る。ユーゴの後ろに控えた十数人の青年たち。ユーゴの言っていたアンペインの生き残りなのだろうか。エリスが疑問に思っていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おいおっさん、敵陣にはいつ仕掛けるんだ.......ってあ!お前ら!」
オウボがユリィに詰め寄る。
「あの時はよくもやってくれたな、今度はあんな風にいかないぞ」
「やめろ、今は味方だ」
「味方になったつもりはないけど」
気まずい沈黙が流れる。オウボがユーゴを睨む。
「お前、そういうとこあるよな」
「はあ、やっぱりか」
レイナもため息をつく。
「.......お前さんが敵討ちに躍起になるのは分かる。だが何も言わずにこんなことに巻き込むのは筋違いであろう」
レイモンドがユリィの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「確かに、あやつらにそっくりな菖蒲色の瞳じゃ」
ユリィが面食らう。
「私黒目ですけど」
そう言ってエリスの方を向く。
「だよね」
「ああ、黒目だったと思う.......え?」
エリスは目を疑った。黒だと思っていたユリィの瞳が菖蒲色に変わっているではないか。
「紫だ.......何で?」
「光の反射でそう見えてるんじゃないか?」
エヴァンが色々な角度から見るが、結果は変わらない。
「きれいな菖蒲色だな。淡く発光している」
「え、うそでしょ」
「恐らくその発光は『共鳴』じゃろう。同胞たちに刻まれたアンペインの記憶とお前さんの資質が引き合い、高まっているのだろう」
レイモンドの言葉にユリィが困惑する。
「資質って何?私がアンペインとなにか関係あるの?」
「うーむ、何処から話したものか」
レイモンドが腕を組んで考え込む。その時、凛とした声が場を支配した。
「それは私たちから説明します」
豊かな黒髪を一本に束ね、ゆったりとしたドレスに身を包んだ長身の女性がデノンを従えてユリィの元へ歩みを進める。
「え、お母さん!なんでこんなところに」
ユリィが母のもとに駆け寄る。
「ペル婦人」
レイナが会釈する。ペル婦人は軽く会釈を返すと、ユリィに向き直った。
「ごめんなさいね、混乱させてしまって」
「ううん、それよりもどういうことなの。私の本当の両親に関わること?」
ユリィの問いかけにペル婦人は頷く。
「そうよ」
ユリィの顔がパッと明るくなる。
「も、もしかしてお父さんとお母さんに会えるの?」
ユリィの将来の目標は本当の両親を見つけること。里親とはいえ、赤ん坊の頃から一緒に暮らしてきたペルは当然それを知っていた。それが到底かなうはずもないことを。
ペル婦人がハッと息を吞む。そして悲しげに目を伏せる。その様子を見れば部外者のエリスたちでもわかってしまう。
「.......いいえ。あなたの両親はもういないわ」
ペル婦人の言葉にユリィの笑顔が引き攣る。
「あなたを生んだ後すぐに死んでしまったのよ」
「し、死んだ.......?」
分かっていた。昔からデノンやペルに両親のことを聞いても教えてくれなかった。でもそれは何らかで会えない理由があるからだと、自分に言い聞かせてきた。最悪な考えを頭から追い出そうとしていたのだ。
「ちょうど商談でアンペインを訪れていた私たちは、君の両親に君を託されたんだ。この子だけは絶対に逃がさなければならない、いつか皆を救う希望となるから、と」
デノンが訥々(とつとつ)と語りだす。
「私たちはユリィを預かったあとすぐにアンペインを発った。その後ユリィのご両親は数多の国民、そしてアンペインそのものと一緒に消えていった」
「消えていった.......ユーゴが言っていたやつか」
エヴァンが言うと、ユーゴが頷く。
「アンペインにいた雷元素魔法の使い手、それがユリィの父親、ヴォルド・アンペイン。その昔『五元素使いの英雄』と共に世界を救った雷元素の神、アンペインの直系の子孫だ。グランザールはヴォルドの妻の旧姓だ」
ユーゴが語った衝撃の事実に洞窟内がざわめきに包まれる。
「い、意味わかんないよ。神様の子孫とか、ちっとも嬉しくないよ。何で?何で私だけ連れて逃げたの?」
ユリィの目に涙が滲む。
「あの二人は逃げられなかった。国を守るためにたった二人で闘った。あなたを守るために」
「.......私より国が大事だったんだ。私と暮らすよりも闘いを選んだんだ」
ユリィが洞窟の外へと駆け出す。
「ユリィ.......!」
ペル婦人が振り返るが追うそぶりを見せない。そのそばをエリスが駆け抜ける。




