ブレイザード王国へ
プラドラから少し離れた山の麓にユーゴの家はあった。妙に小奇麗で広い部屋に通され、席につくように促される。ちび二人は別の部屋に行ってしまった。
「で、さっきの続きだが、アンペインという国はそもそも存在しないことになっている。ブレイザード王国の女帝、カゾエの禁術によって世界からアンペインそのものが消えたんだ。記憶も知識も文化も、文献に記された名すらも」
「世界から存在そのものを消す禁術なんて聞いたこともない」
エヴァンが一蹴すると、エリスも反論する。
「それならなぜあなたはアンペインのことをご存じなんですか」
「そりゃあお前、俺がアンペインの生き残りだからだよ」
ユーゴが言ったとたん、エリスとエヴァンがきょとんとする。
「じゃああなたが?」
二人の言わんとしていることを察したユーゴが大声で笑い出す。
「だっはっは!俺は違う!属性魔法なら使えるがな。少数だが他にも生き残りはいる。王が子供たちを先に逃がしたんだ。今はみんなブレイザード王国に行ってる」
エリスが眉をひそめる。
「ブレイザード王国に?自分の国をつぶした国に何を.......」
「知らないのか?今ブレイザード王国では圧政に耐えかねた人間による反乱の機運が高まっている。俺たちは反乱にただ乗りして敵討ちしようって魂胆さ」
「あの二人も敵討ちに巻き込むんですか」
ユリィが静かに言う。ユーゴがため息をつく。
「そうだ。あいつらはアンペイン、それとブレイザードの反乱軍を含めた誰よりも強いからな。嫌でも最高戦力になる」
「あの二人が?とてもそういう風には見えなかったが」
エヴァンが首を傾げる。ここに来る途中、二人と少し言葉を交わしたが、遊びたい盛りの年相応の男の子、という印象しか彼は受けなかった。
「単体じゃな。だが、融合すれば別だ。融合すれば無二の力を発揮する。お前たちにも教えてやろうか?性別はおんなじ方がいい。ちょうど二人いるしな」
エリスとユリィが顔を見合わせる。そんなこんなでエリスたちは家の外に出ていた。ユーゴが融合の手本を見せるという。ユーゴいわく、融合するにはかなり特殊な行程が必要らしい。
「よく見ておくんだ!」
ユーゴが両手を真上に上げる。
「両手を真上に上げる!歩幅を小さく内側にカニ歩きしつつ、腕を外側に倒す!この時指先をピンと伸ばすのを忘れるな、お互いがぎりぎりまで近づいたら、自分の外側にある足を真っ直ぐ伸ばす。この時外側の手を前に出して、内側の手を上にあげるんだ。そしてほっぺたをつけて融合!と唱えるんだ!この時互いの手を握り、足先をそろえていないと失敗するぞ」
ユーゴが服装を整える。やり切ったような清々しい顔だ。一方のエリスとユリィはというと。
「あ、あまりにもダサい.......」
「や、やらなきゃダメかな.......」
エヴァンも後ろを向いて肩を震わせている。その様を見たユーゴが憤慨する。
「失敬な、立派な戦闘技術だ。物は試しだ、やってみろ!」
ユーゴの真剣な眼差しに耐えかねたエリスとユリィが渋々頷いて、並び立った。
「取り敢えずやるだけ」
「分かった」
そう言うと二人は見よう見まねで動き始め、叫んだ。
「融合!」
眩い光が二人から放たれる。
「むう.......」
ユーゴが眉をひそめる。光の中から姿を現したのは、丸々と太った女だった。
「こ、これが融合?」
エヴァンがユーゴに尋ねる。
「かなりの肥満体だが、パワーが凄いとかそんな感じか?」
「いや、ただの出来損ないだ!」
「そんな大きな声で言うな!」
女が怒鳴る。すぐにゼエゼエと息を切らす。
「エリスとユリィの声が重なってるな、それも失敗の影響か?」
「いや、それはオシグとリシアの融合が成功した時も同じだ」
「オシグ、リシア.......あのちび二人か」
エヴァンが小屋の方を振り返る。小屋の扉を少し開け、その隙間からこちらを覗いている二人と目が合う。
「ゼエゼエ、これで勝てたら苦労しないぜ.......ゲホゲホ」
女が息を切らせながらぼやく。
「少し小さい方.......」
「ユリィだ。もう一方はエリス」
エヴァンの助け舟を借りたユーゴが問題点を指摘していく。
「ユリィだ。ユリィのタイミングがずれていた。全部ユリィが悪い!」
「そこまで言うかよ.......てかこんな隙だらけの踊り、戦場でやってる暇あるのか?失敗すれば一巻の終わりだし」
「.......気合で何とかするしかない」
ユーゴのあまりにも無責任な発言にエヴァンが苦言を呈す。
「子供を敵討ちに使おうって言うのに、それは無いだろ」
「失敗した場合はすぐに融合が解ける。それに再融合するには十分かかる。もしもの場合は命をかけて二人を逃がすさ」
女の身体が光ってエリスとユリィに分離する。
「頭の片隅には入れておくが.......」
「実用性はなさそうだね」
二人が呆れながら頷きあう。エヴァンも同意する。
「ほんとにどうにもならなくなった時の最終手段だな」
「遅かれ早かれ使う時が来るさ」
ユーゴが遠い目をして言う。
ユーゴたちはその後プラドラに戻り、夕食を楽しんだ。エリスたちはユーゴの勧めでふわトロチーズカレーオムライスとコーンスープ、フィッシュサラダのセットを頼んだ。
チーズとカレーとオムライス、なかなかアレな組み合わせだが、三人の口にはあったようだ。三人はかなりボリュームのあるチーズカレーオムライスをぺろりと平らげた。
「ヴェリタスで開発されたオムライス、カレー、チーズがプラドラで融合し、ここまでの料理になるとは.......」
「ウマウマ」
「カレーとオムライスって意外と合うんだね」
「今日はプラドラに泊っていくのか?」
ユーゴの問いかけにエヴァンとユリィが顔を見合わせる。
「泊まるのか?」
「いや、この後すぐに出発するつもりだよ」
「そうか、俺たちはブレイザード王国に数日遅れて到着する。巻き込まれたくなかったら用事をさっさと済ませてブレイザードを去るんだな」
ユーゴがオシグとリシアの口をナプキンで拭きながら言う。
「俺たち二人が入ればどんな奴が相手でもイチコロだぜ!な、リシア!」
「へへへ、僕たちなら余裕だよ」
二人はそう言うとどこかへ駆け出して行った。
「あまり遠くへ行くんじゃないぞ!」
ユーゴは大声で呼びかけてからため息をつく。
「やんちゃ坊主どもめ」
「ブレイザード王国に行くにあたって、何か気を付けておくべきことはあるか?」
エヴァンの問いかけにユーゴが肩をすくめる。
「そうか、お前らもブレイザード王国に行くのか」
「言っただろ」
「気を付けておくべきは女帝カゾエと直属の部下である三柱だろうな」
「三柱?なんだそれ?」
エリスが眉をひそめる。三人いるのは分かるが.......。
「カゾエに仕える三人の精鋭の暗殺者と言われている。向こうの内通者によれば、魔人であると推測される」
魔人という言葉を聞いた瞬間、エリスの頭に鈍痛が走る。魔族が―――生存している?五百年前の人魔戦争で魔族は完全に滅んだはず、どうやって復活したのか?はたまた生き残りがいたのか?と疑問がエリスの脳内を駆け巡る。
「.......仮にそいつらが魔族だとしたら、私も戦う」
「.......訳アリか?」
ユーゴがニヤッと笑う。エリスは真剣な表情で頷く。
「ずっと昔に滅んだ魔族相手に何の訳があるんだ?」
エヴァンがユリィに囁くが、ユリィは首を振るだけだった。恐らくエリスの言う訳アリはエリスの中にある別人の魂が、ということなのだろうと解釈したユリィがエリスに言う。
「私は両親を連れてすぐにブレイザード王国を離れるけど、良いかな。流石に両親を危ない目に合わせたくないから」
「ぜひそうしてくれ」
エリスはそう言うと立ち上がった。ユーゴが伝票を手に取る。
「出立は早い方がいい。今日は俺の奢りだ」
「ありがとう」
エリスが礼を言って歩き出す。ユリィとエヴァンも立ち上がり、ユーゴに一礼してエリスの後を追う。
外は随分と夜が深まっているが、人々は皆楽しそうに行き交っている。
魔族。人の言葉を話し、容姿も人に近い『人ならざる何か』。行動原理は人間に似通っている所もあるが、心がない。それ故に罪の意識もなく、悪逆非道の限りを尽くす。
エリスの体に宿る英雄の魂の記憶にも、魔族の行いは嫌でも心にこびりついている。だからこそ五百年前に魔族を滅ぼし、我々人間が安心して住める世界を取り戻したというのに.......。
「エリスちゃん、何だか怖い顔してるよ」
ユリィが心配そうな表情でエリスの顔を覗く。そう言われたエリスがほっぺたをペチペチ叩く。
「何でもないよ」
「.......嫌な予感がする」
エヴァンがつぶやくと、エリスも同意する。
「ああ、同感だ」
エリスたちを乗せたペガサスの馬車がプラドラから飛び立った。彼らの向かう先はブレイザード王国。新天地で彼らを待ち受けるのは.......。




