一摘みの恋心はすぐに壊れる。
姉さん、姉さん。私の大好きな姉さん。大好きな姉さん、どこに行ったの? 会いたいよ、例えこの世に居なくとも、私を知らなくても。
運命って残酷で、片思いの恋が相手の無関心という冷酷な感情で焼かれてしまう程、大切な時期に居た人の心が焦げて崩れていく。そうして段々と病状が悪化するように、命は突然本来の道からズレていくのだ。
※ ※ ※ ※ ※
久しぶりに、休日で早く目が覚めた。遠い日の夢を見ていた。それが過去か未来かは、いずれわかると知っていた。それが正夢でなくとも、あったかもしれない世界の片鱗だと考えていた。
私の名前は立花翠音、叶愛の妹。趣味はハンドメイドで、宝物は姉さんの作ってくれた三つ葉のクローバーの形をしたブローチ。それと姉さんの形見であるハートのピン。不自然に空いたクローバーにピンを合わせると、四葉のクローバーができるってあの日知った。
けだるい体をどうにか起こして、階段を下る。静けさに包まれた家が、気持ち悪くてたまらない。姉が居たときはもっと嫌だった。家族全員どこかしら狂っているとあの日わかった。
私もどうせすぐに壊れてしまうのだろう。それとも、もう私はとっくのとうに狂っているのだろうか。それは分からない。客観的視点が欲しくても、私に友と呼べる存在は居なかったからだ。
両親はあの日から、私に一切の関心を抱かなくなったようで、ご飯を作ることも、私の部屋に来ることも、話をすることもない。だから私は、それが普通であると勝手ながらに決めつけて、少しゆるんだ心の余裕に安堵しながら外に出た。
出た、ところまでは良かったんだ。
「こんにちは、立花叶愛の妹さん」
目の前に立っていたのは、狐の耳が生えた少年だった。口角が下がる気配が一切無い、まるで貼り付けた笑顔のように笑っていて、少し気色が悪い。それが第一印象であったが、私は彼の口から出た姉の名に食いつくことにした。
「貴方、何で姉さんのこと知っているの? ……一体何者?」
その質問を待ってました、と言わんばかりに少年は笑う。手を合わせて意味深に目を細めたと思うと、私の眉間すれすれに杖のような物を当てた。真っ白で、少し光っている杖。先の方は尖っていて、こちら側は円と十字が合わさった形になっている。
今更死や痛みに関して恐怖心を抱くつもりは無いが、見たことも感じたことも無い目の前の状況に固唾を飲んだ。
「僕はキツネ。見たとおりの名前で覚えやすいでしょ? 君の姉については、僕もよく知ってる。魔法少女として、新たな生を受けて存在しているんだから」
「魔法……少女?」
「そう、魔法少女。といっても、よく見る悪役の人達と戦って平和を守る! みたいなものじゃないんだ。君の姉は記憶を失ってしまったようだけど、君のこと見たら何か思い出すかもね」
どこにいるか、まるで知っているような物言い。彼は自身のフードから紐の代わりにぶら下がった白色のリボンを片手で弄って遊び始めたが、こちらへの興味はあるようで、未だに杖を下ろさない。
「まぁ、会わせる気は無いよ? 君には君自身の選択を選んで、僕や他の影響を受けずに、ヒント無しで挑んで欲しいから。タイムリミットはこの市に居る魔法少女三人が二度目の死を迎えるまで! 健闘を祈ってるよー」
杖が落ちる。目の前に居た筈の少年は姿を消した。私は恐る恐る杖を拾い上げたが、それは一瞬の内に砂のように霧散し、風に運ばれて消えていった。
姉。姉、姉、姉、姉、姉、姉。私を形成するにあたり欠かせない欠片の一つ。姉がまだ生きているのなら、姿形が違おうと、記憶がなかろうと、会いたい。
※ ※ ※ ※ ※
「姉さん! 見てみて、これスインが作ったんだよ!」
「あら、上手! スイちゃんはものづくりが得意なんだね。羨ましいなぁ」
「姉さんも手先器用でしょ?」
喧嘩もめったにしない、仲良しで、優しくて、可愛くてきれいで、大切な姉。いつも私の子供らしい言動に文句一つ言わず付き合ってくれて、私が泣いたときも、優しく抱きしめてくれて。
毎晩二人切りになった部屋の中で、姉の恋心のお話を聞かせて貰って。
いつだったか、自分で作ったキーホルダーを無くした時、いつまでも泣きやまない私に、こっそりクローバーのブローチを作ってくれた。
「ほら、スイちゃん。見て」
「…………ひっく、うぅ……。……?」
「お姉ちゃん、頑張って作ってみたんだ。代わりにはならないかもしれないけど……いつか見つかるよ、大丈夫だからね」
「……ありが、と……姉さん」
ずっと大事にしてた。毎日拭いて、埃がつかないようにして。手の平で包んで、お守りみたいにどこへでも持って歩いた。嬉しかったんだ、姉からの小さな贈り物は、私にとって一生の宝物になった。
姉が大きくなっていくに連れて、姉の恋の行方は、何となく悪い方向へ傾いていると、私は気づいた。それに加えて、小さな頃から姉に片思いしている女の子が居ることも、私は知っていた。どれもこれも姉は気付いていないようで、私は教えてあげるべきかどうか迷っていたが、私は口をつぐんだ。
両親からの暴行や暴言も、このあたりから一層強まった気がする。姉は一目散に泣き出しそうになる私をかばっていたけれど、どんなときも両親は姉にしか酷いことをしない。それを知っていて、何度も姉に庇わなくていいと、逃げて欲しいと頼んだのに、信じてはくれなかった。
自分を犠牲にして多を助ける人のこと、私はいつまでも好きになれない。それでも、姉だけは、大事なままでいられると思っていたのに。
ある日、姉が一人で泣いているのを見た。腕には沢山赤い線が入っていて、それに被せて痣や黒字も見えた。私が姉に声を掛けると、姉はゆっくりと話し始めたんだ。
好きだった人には、他に好きな人がいたんだって。それに、姉は一度も、その人に接触したことが無いから、付き合える可能性は無いって。
泣き叫ぶことはできなかった。親が起きてきたら、感傷に浸れない。私はぎゅっと、姉を抱きしめた。
「姉さん?」
ゆっくりと目を開けた日。
────姉は消えていた。
だんだんと傷を埋め、失恋から立ち直りつつある日に、姉が消えた。焦燥感、ドロドロとしたいやな予感、寒気、私は確実に、姉の消失で理性はなかった。
両親を払い除けて、三日間飲まず食わずで姉を探した。街にも、部屋にも、古井戸の中にもいない。姉はどこに、姉はどこへ?
山を探しに行った。あの花畑に居ると思って。予想は的中した、的中してしまった。煙い、焼ける音、焦げるような匂い、目が痛む。煙、火、赤、黒、茶、私の、大切なものが。大事な、もの。が。
※ ※ ※ ※ ※
「姉さん! ……良かった、無事で」
「……スイちゃん!? 顔色悪いよ、どうしたの」
フラフラする。きっと、何も腹に入れてないからだ。栄養失調もいいとこだ。
力無く倒れる。姉の暖かな肌がほほに当たる。抱きしめられている安心感。嬉しい、生きていてくれて良かった。私の姉、大切な人。この絶望しかない世界の中で、私はまた、光を見られる。
「大丈夫?」
「うん、姉さん見たら、なんか安心しちゃったの」
「そっかぁ。じゃ、おご飯作ったげるよ。多分お母さん用意してないと思うしさ」
姉さんの、ご飯。美味しいんだよな、本当に。
「やった、姉さん、何作る?」
「そうだなぁ────」
※ ※ ※ ※ ※
………………。
ぱちぱち、じゅうっ
ぱち、ぱちっ、ぱち、じゅーー……
ボテっ
ずさり。
これ、なんだ? 真っ黒で、円柱みたいな形。まんなからへんで曲がって、先端が五つに割れてる。白くて硬い、骨? ほねも、見えてる。パサパサして、あっつい。
「────熱っ!」
焦げて落ちてきたその腕を、驚いて投げてしまう。炎の勢いが強い。煙も凄い出てる。十字架に吊るされて焼かれているあれは誰だ? 誰、いや知ってる。姉さんだよな、ピンが落ちてる。
「姉さん? ねえさ、姉さん?! 何やって、馬鹿じゃないの」
そんなこといっても、もう手遅れだろう。でも、どうやって十字架に吊るされて、自分を燃やしている? いや、そんなのは後でいい。この火をどうにかしないと、山火事になる。
みず、水は? あった、近くに川がある。どうやって水を持っていく? これだ、バケツがある。何でバケツが? ガソリンとマッチが入っているから、持ち運び用に家から持っていったのか。
すぐにでも水を汲んでこないと。
じゅうぅーーーーーーー…………。
「はっ、はぁー……っは、はぁ」
まる焦げの花畑。これじゃ汚い絨毯。十字架も真っ黒、そこに吊るされた姉も焼死体。
残ったのはピンと死体だけ。
※ ※ ※ ※ ※
「姉さん、絶対に、探すから。見つけるから。そうしたら、文句の一つは言わせてよ」
歯を食いしばる。姉は死んで魔法少女とかいうものになった。なら、私も死んだらなれるのかな?
私は────
※ ※ ※ ※ ※
「え」
急に視界が暗転する。開けたと思ったら、何故か家の中にいる。
「ふふ、あはっ! 面白いね、君に入れ知恵すると、こうなるんだ!」
すぐ横に、狐耳の少年。間違いない、さっき会った人。
「ねえ、今何が起こったと思う?」
「…………?」
「今、タイムオーバーになったんだよ。三人、全員死んだ。でも良かったね、君の姉とその仲間二人のどれかには、何かしらの条件を満たすことで“やり直す”ことができるらしい」
やり直し? …………意味が、わからない。
「まぁ、アニメとかでいう“ループ”だよ」
「ルー、プ……じゃあ、なんで私は君のことを覚えてるの? 今回が初めてになるはずでしょ」
少年は、鋭いね、と私を心無い言葉で賞賛し、拍手をおくる。
「僕がさっき、魔法少女について教えたからじゃないかなと。でも違うかな、君の姉への想いが強くて、その四葉のクローバーが呼応したのかもね」
「四葉……?」
手元を見ると、先程までピンとブローチで別々だった筈の二つが、四葉のブローチに変化していた。驚きのあまり目を丸くした私を少年は笑ったが、不思議そうにブローチを眺め始める。
「これ、もしかして……。良かったね、翠音。人間の常軌を逸した行動が、これからできるようになったみたいだよ! 実質魔法少女みたいなものだねー」
「急に言われても……よく分かんないな」
手を握ったり開いたりしてみるが、特に体に変化が現れたように感じない。
「まぁ、その内わかるでしょ。そうだ、ちょっと貸してみてー」
「はい。これでループしても君の位置が巻き戻されることは無いよ。その代わり、ループした時にブローチが“赤色”に光るようにしたからね。じゃ、そういうことでー」
「え? ちょ、ま──」
コトン。椅子が揺れて、また少年が消える。
「まぁ、いいか。さ、さっさと準備して、探しに行かないと」
────幸運の四葉。クローバーの花言葉は“復讐”という意味も隠されているけれど……。彼女は一体、誰にどう復讐し、どのような幸運を呼ぶのでしょうね。
これは束の中の一本。周回の一つ。ひとにぎりの幸運。
また会いましょう、“全てを知る女”として、貴方達を導いてあげるから。




