初めての家出
「おっちゃん……」
アルクス村へと出向く前夜、珍しいことにアキナが一人でワシの寝室へと訪れた。
「あした、どこにいくん? うちも、つれてって!」
ワシは内心、驚いていた。恐らくではあるが、サイモンの行方を追っていることに気付いている。勘か、あるいは観察眼か。どちらにしろ目敏い。
「ダメだ」
「なんで? うちが……あしでまといやから?」
「何を言っている?」
アキナは突然泣き始めた。
「……うち、エリーおねえちゃんみたいに、きれいやないし。へんなかみやし……ちんちくりんやし……」
とめどなく自らを否定し始めたアキナである。
サイモンが健在であった時は常に明るく振舞っていた。それがこの娘の本質であったと思っていた。
だが、違うのかもしれない。自分の出自から離れた異国の地、後ろ盾もなくひ弱な娘一人。ずっと不安であったのだろう。心の中には、ずっとコンプレックスがあったのだろう。それが肉親という存在一つで、何とか立っていけた、それだけだったのだろう。
「おっちゃんみたいに……かっこいいしょうにんになんて……なれへんもん……」
(バカバカしい……そうだ。この娘はワシとは違う)
一瞬だけどこか、似ているのかもしれないと思ってしまった。
ワシには誇るべきものなど何もなかった。容姿に恵まれず、孤独な日々を過ごし、金という誇るべきものを見出すまでに心根まで歪んでいるのを実感した。
だが、ワシにはアキナのように泣き喚いた記憶などない。だから、その弱さに寄り添うなどやはりできないことなのだろう。
「今日はもう眠れ」
アイデンティティの喪失。アキナに一体何をすればいいのか。果たしてそんな義理はあるのか。答えは出ないのを誤魔化すように、一つ溜息を吐いた。
※※※
「……アキナが消えた?」
屋敷の使用人たちが騒いでいるのを何事かと尋ねてみれば……。予想外、と言えばそうではない。人たらしの才能でもあれば、また違ったのか。
「グラハム様……出かけるのですか」
使用人の声が刺さる。その声には侮蔑が混じっているのだろう。子供がいなくなったのだ。その行方を探すべきだと。心配ではないのか。そんなに金儲けが大事なのかと。
「……エリー……」
エリーが目の前に立っていた。ワシは何も考えずに通りすぎ、果たしてどんな表情をしているのかすら記憶しようとしなかった。
「いってらっしゃいませ、おとうさま」
その声は、本当に子どものものかと疑うほどに凛として響いた。