幕間:暗殺者トウカ
アルクス村付近の山。そこを最近根城にした山賊がいた。
「ヒャッハハハ! しっかしあの行商から分捕った品は高く売れやしたねぇ」
「だが聞くところによるとアレは何やら熱心な愛好家がいて、値上がりしているらしい」
「マジですか。じゃあまた奪いに行きましょうや」
下世話な話を肴に大笑いしながら酒をカッ食らう。珍しくもない光景だ。
「シケた酒だ。まあクズどもにはちょうどいいだろうがな」
しかし、そこにいつの間にか佇んでいる人影がいた。
堂々と胡坐をかき、身の丈ほどもある酒樽を軽々と持ち上げ、浴びるように酒を飲む。
「誰だテメエ!」
そこにいたのは白銀の毛を携えた熊の獣人だった。立ち上がるは二メートルを超す体躯。毛でおおわれたその身体には無数の傷があり、極限まで引き締められた筋肉が垣間見える。先ほどまで酒を飲んでいたというのにその手足にふらつきなどない。
「まあ別に名乗る必要もねえがな。俺は魔王様の一番の忠臣、極星のポラリスだ」
「魔王軍だぁ? ヒャっハッハ! 何だテメエ負け犬じゃねえか! 何だ? 俺らの仲間に入れてくださいってか? ハハハハハ……あ?」
嘲る男の首が飛んだ。ポラリスと名乗った獣人の爪には肉の破片がこびり付き、不快だと言わんばかりに腕を振り下ろし、ぶわっと風が舞う。
そこで盗賊たちは気づいた。見張りはどうしたのか。それは、この男に物音すら気付かぬ間に瞬殺されていた。辺りには血の匂いと引き裂かれた死体が
「て、てめえ! 何が目的だ! 小銭稼ぎに俺たちを討伐に来たってのか、だったら……」
「あ~~~。別にテメエらに興味はねえんだ。あまり囀るなよ。皆殺しにしちまうだろうが」
あくびのように口を開ける。
垣間見えた牙。食われる、という幻想。それだけで盗賊たちは誰一人として動くことを忘れてしまった。
「テメエらはただの狩りの練習台だ。俺が殺しちゃあ意味がねえんだ。わかるか? まあ気の毒だとは思うぜ。だがお前らもやってきたことだろう? まさか理不尽に命を奪われる覚悟もなく命を奪ってきたなんて言わねえよなぁ?」
狩り。練習台。言葉の意味を何とか理解しようとしている山賊たちを尻目に、ポラリスはのしのしと背中を丸め、通り過ぎていく。
背中を見せたポラリスに、無謀ながらも攻撃を加えようとしたその時、ナイフを持った小柄な人影が見えた。
それを確認する間もなく、周囲は突然倒れ伏し、現れたのは可憐とでもいうべき狐耳の生えた獣人の小娘だった。
「それじゃあ後は任せたぞトウカ。お前には暗殺者としての全てを叩きこんだ。残るは実践だけ。これでお前も一人前だ」
「おうまかせとけ」
「これが終わったらこっちには帰ってこなくていい。後は……分かってるな」
「うん。わかってる……だいしょうにんぐらはむのくびを、とる」