初恋の娘エリー
ここから短編の内容から少し進みます
程なくしてハイエンはワシの屋敷にエリー・サンクテスを連れて来た。いや、今はもう違うか。
そうだ。この娘はワシの所有物であり、あの女を孕ませ、子を産ませた男の姓を名乗らせることはない。
「お前がエリー、か……」
「……」
いまだ自らの状況を掴めていないのだろう。少女はワシの舐めまわすような視線に困惑しているようだ。
「……これからお前は、ワシの娘としてその人生を過ごすことになる。分かるか?」
対外的には養子ということにする。とはいえ、傍から見ればどういう意図で買ったのか、丸わかりだろうがな。
「……ぱぱ……? でも……」
「お前が産みの父親をどう読んでいたのかは知らん。だがこれからはお前の面倒はワシが見ることになる」
我ながらいやらしく顔を歪めていることだろう。
きめ細やかな肌の頬に、ワシの野太い指を這わせる。
「おとう、さま……?」
無垢に首を傾げる。鈍いのか、はたまた人の悪意に疎いのか。
「そうか……そう呼びたければそう呼ぶといい」
くしゃくしゃと遠慮なく髪に触れる。埃と脂まみれだな。それでも不潔な匂いがするほどでもないが……。
「これからお前にはワシの娘として相応しい教養を身に着けてもらうことになる」
バカな娘は抱く気にならん。抱くのであれば、自らの立場を十分に理解させてからだ。屈辱にまみれながら、ワシに従うしか生きる道はないと懇願するのだ。
楽しみだ。メイドにエリーの身の回りの世話を任せ、ワシは職務室へと足を向けた。
※※※
夜。ワシの寝室を訪ねる者がいた。
「おとうさま……」
エリーだ。枕を抱え、用意させた寝間着に着替え、清潔さを取り戻した娘は母親に似て美少女と言っていい。
「何の用だ?」
「ひとりでねむれません……いっしょにねていいですか?」
「……」
内心ほくそ笑む。
自分が一体どういう立場であるのか理解していない。
今は受け入れよう。だがいつか受け入れてもらうとしよう。その時に断れぬように、貸しを作るのだ。
「そうだな。絵本でも用意してやろう」
「いいの?」
思いのほか喜んでいるな。まあいい。ちょうど仕入れ品の中にあったはずだ。
「金の斧と銀の斧」
「はい。正直者のきこりさんの話」
「正確に言うと違う。これは勤勉さの話だ」
「きんべん?」
「金の斧も銀の斧も木こりの仕事の役には立たない。だから木こりは商売道具である鉄の斧を求めた。別に正直であるかどうかという話ではなく、木こりとしての実利を求めたという話だな」
「……うー……ん?……じゃあ、木こりさんは金の斧も銀の斧もめいわくだったの?」
「それも違う。木こりの収入を考えれば金の斧でも銀の斧でも手に入れて売り払ってしまった方が得が大きい。だが木こりにはその発想か、あるいは売り払う伝手か、その両方がなかった。結果的には上手くいったがそれは単なる偶然か、あるいは女神とやらの慈悲だ。この話の教訓は何が自分の利益になるのかを考えることだ」
「……よく分からない」
「そうか」
まあそんなものだろう。こうしてワシが童話の見識などを述べると、大概の人間は渋い顔をする。
「でもおとうさまのおはなしおもしろい」
「ん? ふふ、そうか」
エリーは目をキラキラさせて、もっともっととせがんだ。このような反応は初めてだな……地頭は悪くないようだ。
「学園に通ってみる気はあるか?
「がっこう……?」
学園という存在すら知らんようだ。
まあ、都会でもなければ通わせる親もおらんか。駆け落ちで暮らしには相当苦労していたようであるし。
幸いにも商会で学園への寄付を通じたコネがある。ねじ込めはするだろう。ただそうだな。今までまともな教育を受けたことがないというのであれば面倒なことになりかねん。こちらである程度読み書きなど教え込む必要があるか。
正直なところ退屈であろうと思ったが
「うん! たのしみ!」
心底楽しそうな返事が返ってきた。
頭の悪い女は嫌いだ。ワシの価値を理解できずに嫌悪を顔に出す。本音を隠し媚びを売る女の方が幾分か気が楽だ。