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悪徳商人の取引

グラハムの見た目はテンプレ悪徳商人だと思ってもらえればいいです

 ワシは天下の豪商である。


 ごく稀の話ではあるが、ワシのことを酷く傲慢な男だという輩がいるがそれは間違いだ。事実をありのままに話して何が悪いのか。


「こちらなどいかがでしょうか」


 今日も今日とて商談に来たこの男。ハイエン・クルーガー。目は飛び出て頬は痩せこけ、頭蓋骨に皮膚がそのまま張り付いたような印象を受ける男だ。


 この男の仕事はいわばハイエナだ。貴族や商人など有力者の凋落の匂いを感じ取り、その足元を見ながら金を貸す。莫大な利息であったり、通常なら決して手放したりしないような貴族の家宝などを担保にしたり。


 かなり悪どい金貸しではあるが実はそれほど儲けのいい仕事でもない。結局のところ返済されるあてがないような相手ばかりに金を貸しているということに他ならないからだ。だからこそ、担保にされていた貴族の財物を売り払う伝手が無くては成立しない。ただの金貸しよりも難儀な道を何故選ぶのか理解に苦しむが……まあ、その辺りは趣味と実益を兼ねた、ということなのだろう。


 宝石類だけでなく屋敷や土地などの不動産も含め、商会の利益になると考えればワシは正当な金を出すし、ハイエンとしてもワシ以上の得意先はいないだろう。


 ただそれでもワシが手に取らん商品もある。


「それで……グラハム様。奴隷を買うつもりはありませんか?」


「……またその話か」


 不機嫌を隠そうともせず、ワシはハイエンの目の前で葉巻を取り出し、火を付け一服する。


 机の上に置いてあった目録にはすべて目を通し終えたところ、これ以上の取引は無用という合図だ。


「奴隷というのは大体にして躾がなっていない。すぐに逃げること怠けることばかりにかまけ労働と対価の市場原理を理解しようとしない。赤子にものを教えるほうがまだ楽というものだ」


 ましてやハイエンの持ってくる奴隷というのは親の借金のカタに連れてこられた元・令嬢だ。こんなはずではなかったというプライドだけは肥大化している上に手先の器用さも期待できない。


 何かしら期待するとするならばそんな女の鼻っ柱をへし折り、犯す権利だがそんなもの別に欲してもいない。


「であれば、グラハム様の商会でも奴隷を扱うというのは」

「それこそないな。自分でも手に取らぬような商品を客に差し出すなど商人の名折れだ」


 奴隷を売るというのは面倒が多い。そもそも人身売買というのは基本的に禁止されている行為なのだ。あくまで基本的、そこには売り手と買い手が存在し、確かな闇市場が存在する。


 世の中にいる貴族がそういった買い物をする変態貴族だけであればいいのだがそうでもない。綺麗ごとを並べ人身売買というものに嫌悪感を示す貴族勢力というのも少なからずいる。そういった貴族に奴隷を売りに行ってしまったりしたら、場合によっては一発で商会ごと取り潰される。


 だからまずは人脈が必要なのだ。それも性癖、あるいは不法を見逃す交換条件となるような弱味、そういった深いところまで精通している必要がある。奴隷商人として居を構えるほどの規模であるならば顧客が自分からやってくることもあろうが、ハイエンの場合は供給が安定しない特殊なケースだ。いつも奴隷を売りさばくのには苦心していることだろう。


 無論、ワシはそういった顧客情報を持っているがそれを他の商人に明け渡すことなどあり得ない。


「そうは言わずにどうか目録だけでも目を通していただけませんか?」


 ハイエンは心底困っているように眉を寄せながらまた新たな目録を机の上に出した。


 やれやれ。ここは顔を立ててやるか、と買う気もない目録を頭に紫煙をくゆらせながら眺める。


「……ん?」


 その時だ。手が止まり、眼球がピントを合わせていく。


 心臓がドクドクと不思議な高揚を見せ、手が震える。


「この娘は……」


 写真の輪郭をなぞりながら確認する。種族は、ハーフエルフ。齢はまだ十にも満たないと言ったところだろうか。


 すらりと通った鼻筋に、艶のある金色の髪。少し垂れた大粒の瞳は、エメラルドグリーンの彩色を放ち、その瞳の奥底は星の輝きのように複雑に煌きらめいている。


(……似ている)


 違う。名前を確認する。


 エリー・サンクテス。そうだ。この娘は……!


(かつてワシを捨てた女の娘……!)


 ワシは若いころ、一人のエルフの娘に懸想していた。だが、あやつは恩知らずにもワシを罵り、他の男と結婚したらしい。そんな話は聞いていた。


 どうでもいいと思っていた。だが、そうではなかった。


 思わず、大笑いして歪んでしまいそうな口を必死に抑える。今は、商談の時だ。感情を表に出すわけにはいかない。


「気が変わった。奴隷を一人くらいは買ってやろう」


 ワシは興味もないように、ワシの野太い指を美しい娘の写真の上に乗せ、ハイエンに見せつける。


「……この娘、ですか」


「何か問題でもあるか?」


「いえ、ただ……」


 少し逡巡し、意を決したように口を開く。


「大変申し上げにくいのですが…………そちらの娘のようなハーフエルフの娘を所望する、という方がすでにいらっしゃいまして」


「ふむ、なるほどな」


 その話が嘘か本当かは分からんが『だから売れない』とも言わない。これは交渉だ。ワシならこの娘に対し、どれだけ吹っ掛けようと手に入れる。そういう執念めいた欲望があると見抜いている。


「いいだろう。滅多にしない買い物だ。その三倍を出してやる」


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