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盲目に告白

作者: 風呂蒲団

 僕は。



 肌寒い季節が到来し、学生服も冬服に変わりきった今日この頃。

 僕の、というか皆の通学路である狭い歩道は、並んで歩く馬鹿共によって占拠され、交通渋滞のようになっていた。

 目線を上げれば人、人、人。

 人生のいつのまにか、僕は前髪を伸ばして、地面ばかりを見るようになっていた。

 僕はネットが好きだ。本や映画も好きだ。

 現実を感じられる、現実ではないものが好きだ。

 先に言っておくが、僕は別にぼっちではない。

 誰とだって普通に会話はできるし、親友はいないけど、よく話す人もいる。

 今だって、校門で朝の挨拶をしたところだ。毎日してる。しかも向こうから。

 教室に入る途端いきなり肩を組んでくるような、距離感のバグっている奴とも知り合いだ。

 これは、平野君。

 平野君は時々肩パンしてくるし、キツめのいじりもしてくる。

 けれど、嫌いにはなれない。

 僕の事を面白い奴だと思ってくれているし、平野君は結構な寂しがり屋なのだ。

 隣のクラスの僕に、わざわざ会いに来る程にね。

 予鈴と共に教室に戻っていくあの顔、あの繕った笑顔を見ると、どうしても放っておけないんだ。

 あっ。

 今、目が合った人は西垣さや。

 幼馴染のち他人。

 たまにちらちら見てきては、鋭い目つきで睨んでくる。

 子供の頃はずっと仲良く遊んでいたのに、本当は僕のことが嫌いだったんだ。

 僕はまんまと騙されたよ。

 好きだなんて嘘を、君が言うとは思わないじゃないか。




 一時限目を終え、読書でもしようかと本を机に置いた時。

「あの。これ」

 廊下から伸ばされた白く細い腕。

 ラブレターだ。

「佐々木君に渡してくれない?」

 廊下側、一番前の席を選んだことを後悔するポイントはいくつかあるのだが、このように配達員を任されるのが非常に面倒だ。

 下駄箱に入れるとかじゃ駄目なのか?

「佐々木ね、良いよ」

 まぁ、断ることもないのだけれど。

 ついでだ。どんな顔か拝んでやろう。

「お願いね」

 そう言って女子は小走りで駆けて行った。

 受け取った手紙には『佐々木君へ』の文字。封はハートのシール。

「はぁ」

 てか、あの人誰だろ?

 高校に入ってから、まともに人の顔見てないな。

 誰が誰だかわかんねぇや。

「佐々木。隣のクラスの女子から」

 受け取ったのは一緒に談笑していた別の男共。

「ラブレターじゃん」

「マジかよぉ。俺彼女なんていらねぇよ」

 椅子に浅く腰掛け、背をもたれながら足を組む。

 にやけながら頭を掻く佐々木は、乱れた制服を纏っていた。

「スカしてんじゃねぇよ」

「断るにしても、ちゃんと返事しろよ」

「面倒くせぇ~」

 安心しろ、佐々木。

 その手紙の女子は、お前に気はない。

 好きだのなんだの綴っても、ただの暇つぶしにからかわれているだけだ。

 それがわかっても、僕は何も言わない。

 真実を言ったところで、場を冷ますだけだし、女子の暇つぶしを潰してしまう。

 それに、僕はただの配達員だから、それに徹すれば良いんだよ。

 登場人物には、ならなくていい。




「好きです! 付き合ってください!」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」

 放課後の校舎裏という何ともベタな所で行われた告白を、佐々木は赤面しながらあっさりと受けた。

「おめでとうー!」

「お、お前ら! なんでいるんだよ!」

 物陰から見ていた群衆が、一斉に二人を祝う。


 いつ別れるんだろ。




 歩道橋の上から見る景色。

 夕陽に照らされた街々なんてものは、見飽きる前に見る気もしなかった。

 それにしてもすごかったな。

 よくあそこまで演じられるものだ。

 引くに引けなくなったのかな?

「ねぇ」

 知ったような似たような、どこか成長を感じる声は、幼馴染の西垣さやのものだった。

「なに?」

「久しぶりだよね、話すの」

「うん。僕からは話しかけてないし、さやからも話しかけてないからね」

 意味のない絡まった言い方をするのは、最近ついた僕の悪い癖だ。

「最近、どう?」

「変わりないよ、何も」

「そっか」

 黙り込んだ二人。それでも騒がしく感じるのは、車通りが多いからか。

「要件は?」

 空白が続く。

「ないなら、帰るから」

 いつもより大きな歩幅で歩いている事に、3歩目で気付く。

「私、まだ好きだよ」

 立ち止まっても振り返ることはできなかった。

「僕のこと、からかって楽しい?」

「からかってなんかない!」

「今日の告白見て、面白そうだなと思ったの?」

「違う! ……けど、きっかけを貰ったのは違わないよ。私の気持ちもちゃんと伝えたいなって……」

 希望を持ちたい年頃か。

 幼馴染という信頼か。

 いや、そろそろおかしくなったんだ。

「さや」

 地面ばかりを見てきた眼をさやへ向ける。

 暖簾の隙間から覗けるように、前髪の向こうで、さやは「なに?」と眉をひそめた。

「僕は心が見えるんだ」


 嫌い。


 浮遊しているその文字は、漫画のふきだしのようで、花火みたいに僕に正面を向けている。

「顔を見れば、何を考えているか全部わかるんだ。嘘だと――」

「じゃあ、何で私の気持ちがわからないの?」

 嘘だと思ってくれて良い。遮られた僕の言葉は、言い直さなくて良いようだ。

「わかるよ、さやは僕を嫌っている」

「嫌いじゃない!」

 

 嫌い。


「さやがなんて言おうと、僕には本心が見えている。無駄だよ」

 瞼を絞るさやを見て、僕は少しだけ罪悪を感じた。

 意地悪な言い方だったかな。

 見えるからって、相手の気持ちなんて考えられないんだよ。

 見慣れた地面に視線を落とす。

「さや、ごめん。忘れて」

 カンッと金属音が響いて、さやは歩道橋の手すりに足をかけた。

 走り出した身体は妙に重たくて、頭は走馬灯で支配されていた。



 中学一年生の時、友達が自殺した。

 授業中、トイレに行くかのように、当たり前に窓枠を越えた。

 地面に寝転ぶ彼女は、魚みたいに呼吸して『死にたい』とだけ最期に漏らした。

 その日から、僕の目は壊れた。

 これはきっと、彼女がそうしたのだと僕は思っている。

 彼女がいじめられているのを、僕は見てみぬ振りしたから。



「何してんだよ!」

 さやの身体に飛びついて、二人一緒に倒れ込む。

「私を見て!」

 流れる涙をそのままに、揺らぐことないまっすぐな声で僕に問う。

「今の私は、何を思ってる?」

 見えているもの。

 僕はそれを声にしたくはなかった。

「聞かなくてもわかるだろ……」

「言って」

「自分の気持ちを人に聞くなんて、間違ってるよ」

「言って。お願いだから」

 凛とした態度のさやに、僕は正直を声にした。

「死にたい」

 これは誰の言葉だ。

 さやの思いか。

 あの日死んだ彼女が果たした思いか。

 僕の、か。

「ううん、それは違うよ」

 さやは、とても小さく微笑んだ。

「私は生きていたい。生きたくて生きたくてしょうがない」

「その嘘は、さやを苦しめるだけだよ」

「どうして、反対のことばかり言うの?」

「それはさやの方だろ。僕は、見た事を言っているだけだよ」

 転げた体を起こし、さやは目を細くして嬉しそうに笑った。

「そっか」

 さやは僕の頭を持って、自身の胸に押し当てた。

「その目は、天邪鬼なのね。本心と反対の思いを見てしまうだなんて」

 あぁ、そうか。確かにそうだ。

 佐々木も告白した女子も、二人を祝う友達も。

 皆、嘘なんて付いてなかったんだ。

 僕は、人を拒絶し過ぎた。だから気付けなかったんだ。

「そんなこと考えもしなかったよ」

「私はすぐ気付けたよ。だって、昔っから嘘が付けないじゃない」

「うん。それは、さやも同じだったね。忘れてたよ。酷い事ばかり言ってごめん」

「良いのよ。見えるから信じてしまったの。私たちは、見せられないから伝えるの」



「大好きだよ」



 彼女の言葉は、僕の心に永久に残し続ける。

 嘘であれ、本音であれ、僕は彼女の言葉を信じることにした。



 僕は心が見える。

 あべこべの心が。

初めて短編を書きました。

楽しかったです。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

よろしければ評価をお願いいたします。

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