皇帝は家出した娘(精霊?)を探す
「お久しゅうございますわ、陛下。突然先触れがあるんですもの、着物に陛下の御好みの香を焚き染めることもできませんでしたわ」
そう言って艶っぽく微笑んだ暁明の妃の一人・雪花は、傍に控えた侍女に命じて華やかな香りの茶を入れさせた。
「最近の陛下ときたら蓮の君のことばかり、妾は寂しゅうございましたわ。どうぞ今夜は可愛がって下さいませ」
「雪花は幽霊話が好きだったな。祖母君が降霊師の血筋だったのが影響だと。いつだったか宮殿に出る幽霊の話をしてくれただろう?お主、幼女の霊が出る場所は知らぬか?」
「唐突ですわね?」
「次の夏の宴では怪談を披露しようと思ってな。実は峰風が怪談が苦手で、あやつの怖がる顔を見て笑ってやろうと思ったのだ」
「まあ、陛下は御人が悪いですわ。赤子や幼女の霊なら後宮のそこかしこにいますが、峰風様を驚かせたいというならば正殿の近く…ああ、同じく視える兄が正殿の裏にある山の社で幼女の霊を見たと言っていましたわ」
「裏の山の社…そうか、ありがとう」
それだけ言うと暁明は縋る雪花の手を払って宮を辞し、峰風を共に裏の山の社に向かった。
「陛下、朽ちた社に何の用なんです?」
峰風の言う通り今は崩れかけた社しかない場所だが、前のとき暁明はこの社に密かに蓮花の祠を作ったのだった。
罪のなかった最愛の妃を処刑したことを悔やみながら何度も歩いた山道を、ぶつぶつ文句を言う峰風を伴って歩けば、
(見つけた)
「峰風、此処で待て…薄気味悪かったら先に戻って良いぞ」
「…走り去りたい気持ちは山々ですが、側近としてそれはダメでしょう」
「それじゃあ詩でも歌ってろ。できるだけ早く戻る」
そう指示すると暁明はその場に峰風を残し、短い階段をゆっくり昇った。
「見つけたぞ、悪戯娘」
「…どうして」
「娘が家出したら連れ戻すのが親の仕事だろう?……どうした?『御父様じゃない』って言わないのか?」
「……分かっているくせに。大人のくせに意地が悪い!」
「はいはい」
そう言いながら暁明は娘娘に手を伸ばすと、その小さな体に触れることができたので、暁明はそのまま抱き上げると優しく抱きしめた。
「精霊じゃなくって縛霊だったのだな…ここで死んだのか?何歳まで生きた?」
「…15歳。春鈴母様と青鈴母様が育ててくれた。二人は宮を追い出された後も姿を変えて後宮の、麗花様の下女として働いていて、それで御母様の産んだ子を遊女の子と取り換えるって話を聞いたんだって」
「あの二人がお前を……俺の調査では麗花の侍女が塀の外で死体で見つかったことまでは分かった。あれは春鈴と青鈴がやったんだな」
「うん…本当なら私を御母様の元に戻したかったんだけど、麗花様の下女だったから……それが原因で御母様が処刑されたから、私がいなかったら二人は後を追っていたって」
「…そうか」
腕の中の感触が変わったので、暁明が腕を解いて娘娘を覗き込むと、そこには10歳くらいの女児がいた。
「蓮花に似てるな」
「春鈴母様もそう言ってた…二人はとても優しかったよ。御母様のこと、色々教えてくれた」
「…そうか。10歳、この頃に俺が殺されたのか」
「うん。皇帝が暗殺された後、この国には後継ぎもいなかったから荒れたの。住んでいた街も盗賊が攻め込んできて、そのうちの一人に殺されそうになったとき歌声が聞こえたの。青鈴母様が御母様の歌だって言ったのは聞こえたんだけど、気づいたら私は5歳の姿でここにいたの」
「蓮花が助けてくれたのか」
「うん。でも、おっかしいの。絶対に死んだって思ったのに、実はここは私が生まれる前の時代で、あなたは15歳の私と同じ年の男の子なんだもん。あ、もちろん最初はそんなこと解らなかったけど、あなたの名前は暁明だったし、その後に御母様が現れた、未だ若い春鈴母様と青鈴母様を連れてね」
娘娘はくすくすと笑う。
「この祠から後宮は遠かったし、御母様の歌を聞くわけにはいかなかったら遠目に見るだけだったけど、御母様は春鈴母様と青鈴母様から聞いた通りだった。だから私、あなたに興味をもったの。母様たちが話してくれなかった御父様、後世で希代の名君とうたわれたあなたがなぜ無実の御母様を処刑したのか…そしたら、あなたは前を覚えてるんだもん。本当に…吃驚した」