皇帝は娘(精霊)の父親捜しを邪魔する
「ねえ、ねえ、あの人って何て名前?職位は?奥さんはいる?」
「仮に妻がいても絶対に教えん。全く、精霊が簡単に蓮花から離れていいのか?」
暁明は自分の周りをふよふよと飛ぶ娘娘を睨んだが、「このあと御母様と御茶するんじゃないの?」という言葉にチッと舌を打って手元の書類に視線を戻した。
「貴方って結構行儀悪いわよね。本当に前の御父様と同じ人?実は別の人が転移して皇帝と入れ替わったんじゃない?」
「馬鹿言え、俺は昔からこんなだ。そりゃ廷臣たちの前では一応皇帝らしくしているが」
「ふうん、疲れない?」
「疲れるから定期的に蓮花を補給しているんだろうが」
「おーい、なに寒いことを言ってんだぁ?」
決済済みの書類を受け取りにきた側近の峰風が、独り言を言う暁明に首を傾げる。
本来は精霊の娘娘を見ることができるのは主である神女・蓮花だけなのだが、神の悪戯か娘娘は蓮花には見えず、なぜか神女ですらない暁明だけが見ることができる。
この点について暁明が首を傾げると、
― 子どもは親を選べないっていうじゃない?だから私を産む御母様とは必要以上にやり取りできないようになっているのよ ―
(絶対にこの子と話ができないようになってやる)
娘娘の仮定が本当ならば現時点で暁明が娘娘の父親になる未来はないということになるため、暁明は何とも言えない気合を入れた。
そんな主人に峰風はまた首を傾げたが、放っておくことにして手に持っていた書類の束を机において暁明の前に山脈を作った。
「あらら~、また山ができた。このままじゃ御母様と御茶は無理そ~。さっき青鈴が『桃』っていうやつで御菓子を作るって言っていたけど、桃ってどんな味なの?」
「桃は西方の国から輸入した果物で、甘いな。多少酸っぱさもあるが、口に入れるとじゅわっと甘さが広がる」
「へえ~、流石皇帝様だね、博識~」
「はいはい、お褒めの言葉をありがとう」
淑やかで落ち着いた印象の強い蓮花が先ずしないであろう、ニシシと音が聴こえそうな笑みを浮かべた娘娘に呆れた目を向けたが、どこか憎めないものもあって暁明は釣られるように笑ってしまった。
「おお、いつも無表情のイケメンが笑うと威力がスゴイ」
「そんなイケメンな父親が欲しくないか?」
「美形は3日で飽きるって言うよ?」
「俺は蓮花なら100年見続けても飽きない自信があるぞ」
「うちの主の独り言が酷いし寒い…蓮花様不足かなぁ。不貞腐れる前に少し仕事を減らしてやるか」
そう言って峰風が書類の山脈の一部を減らしたことを見た暁明と娘娘は、お互いの顔を見合わせてニシシと悪戯が成功した子どものように笑った。
***
それからも娘娘は暁明の傍にいた。
「四六時中俺の傍にいるけど…蓮花の精霊っていうより俺の守護霊だな、お前」
「こんな可愛い子が傍にいることを喜びなよ」
「はいはい、嬉しい嬉しい」
笑いながら暁明は娘娘をなだめると、手元の書類をパラパラと確認して不敵な笑みを浮かべる。
「あ、極悪人がいる…何か始めるの?」
「後宮の人員整理だ、とりあえず居るだけの妃を大量に整理する」
暁明の後宮には自薦他薦の妃が30人ほどいるが、蓮花を除けば政治的に無視できないのは上位三名のみ。
彼女たちとは入宮直後の初夜のみ情けを与えたが、その夜以外は定期的に訪問をしても御茶を飲みかわす程度で閨を共にしていない。
三名以外には入宮しても挨拶のみで、共に過ごすこともなかった。
「貴方の御手付き以外の妃を下賜するってこと?」
「…子どもの台詞じゃないぞ?」
「見た目と中身の差って魅力的に見えるんだって。冷酷な皇帝が実は小動物好きとか、冷酷な皇帝が実は甘い物が大好きとか」
「…それは蓮花の理想の男か?」
「私の理想」
「お前か…まあ、小動物なら。蓮花が好きなら宮で猫を飼うことを薦めるか、厨の鼠対策にもなるし」
「あ、一瞬『爸爸』って呼びそうになった」
「現金な奴だな」
「小悪魔的魅力って言うんだって」
「誰が?」
「翠花様。あ、今度の訪問では絶対に堕とすって、怪しい薬を握りしめて気合入れてたよ」
娘娘の言葉をきっかけに、暁明の頭に年齢の割に可愛らしい印象の小柄な妃が浮かんだ。
「陛下」と鈴が鳴る様な声で甘えてくる女が裏でそんなえげつない物を用意していると思うと、魔窟といわれる後宮という存在にうんざりする。
「情報ありがとな」
「媚薬?」
「子どもが気にすることじゃない。ま、お前の御母様以外とは懇ろにならないから安心しろ」
「それについては信頼してる」
俺の評価が一つ上がったな、と喜ぶ暁明に娘娘は少し驚いたような顔をして、「ふんっ」と赤い顔でそっぽ向いた。