皇帝は最愛の女をまた妃とする
何かの違いで過去が変わったら蓮花に会えないと思った暁明は記憶にある通りに行動した。
その努力と願いが叶い、暁明が16歳を少し過ぎたときに神力をもつ神女の蓮花が大神殿の神官に伴われて王城に連れてこられた。
神女装束に包んだ華奢な体でしっかりと立ち、玉座を凛と見るその瞳は懐かしい、前の人生で見た蓮花の姿だった。
(嗚呼、彼女がようやく手元まで来た)
一回目と同じく、蓮花は暁明の側室の一人になった。
暁明はすぐに蓮花を己の唯一の花と宣言したかったが、前回の失敗を繰り返さないように辛抱強く時を待った。
蓮花の神女という立場は皇妃となるのに一切の問題はなく、その慈愛に満ちた穏やかな気性もあって前回も皇后に望まれたのだ。
そんな彼女を暁明が処刑した原因は二つ。
一つは蓮花に信頼できる者が少なかったこと、もう一つは暁明が蓮花の愛情を信じていなかったことだった。
かつて暁明は蓮花の「愛しています」という言葉を信じることができなかった。
一つは嫉妬がある。
蓮花が神殿から連れてきた使用人は仲良く、皆が蓮花を慕い、蓮花は彼らに対して暁明には見せない笑顔を向けていた。
それが暁明の悋気を煽った。
蓮花に対して彼らにそんな笑みを見せるなと怒りを向けては蓮花を委縮させ、その蓮花の萎縮が暁明の焦燥感を煽った。
その結果、暁明は蓮花の涙ながらの嘆願を無視して彼らを全員解雇した。
もし彼らが『あのとき』蓮花の傍にいれば違う未来があったに違いない。
前回の暁明は何度も後悔に襲われた。
だから今回の暁明は蓮花の「家族」という言葉を信頼し、彼女が大切にする使用人を信頼し、関係改善と、蓮花の使用人からの信頼を得ることに尽力をした。
「妃様、皇太子殿下がいらっしゃいました」
今回の暁明は蓮花の侍女である春鈴に笑顔で出迎えられ、その声を聞いて部屋に来た蓮花に笑顔で出迎えられた。
「どうだ、何か不便はないか?」
「不便などあろうはずがありませんわ。殿下にも、殿下のお傍の方にも大変気を使っていただいております」
ふわりと花が開く様に微笑んだ蓮花に暁明が目を細めると、その熱い視線に気づいた蓮花は目元を赤く染め上げ、そんな蓮花の前に春鈴が茶器一式を差し出す。
「ありがとう、春鈴。そうだ、殿下がお気に召しそうだって言って青鈴が作った焼き菓子があるでしょう?未だ試作だと分かっているけれど十分美味しかったし、殿下に御出しできないかしら?」
「ほう、そちの宮の者がそんな嬉しいことを?ぜひご相伴に預かりたいが、無理であろうか?」
「私が御二人のお願いに弱いと分かっていてそんなことをなさるのですね。仕方がありません、青鈴の愚痴は私が聴き取ることにいたしましょう」
春鈴の言葉に蓮花と共に微笑みあい、その夜は褥で蓮花に寵を与えて天に上るような歓喜を味わって眠る。
翌朝は時が経てども夜伽に慣れない蓮花の初々しさを目で楽しみ、政務に向かう。
暁明は幸せだった。
暁明が蓮花と幸せになることに未来を知っていることは最大の武器だった。
だが、同じ武器をもつ者が現れたとき、暁明が蓮花と共に歩く未来は不確かなものになった。
「『初めまして』と言うべきなんだけど私はずっと貴方を見てきたから全然初めましてじゃないんですよね。でも神様は挨拶が大事って煩いし……初めまして、「元」御父様。私、蓮花の娘です。とりあえずは『娘娘』と御呼び下さい。名前は未来で御母様が素敵なものをつけて下さる予定なので未だありません」