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えいむじえばーあふたー  作者: 蒸らしエルモ
『春植えざれば秋実らず』
8/32

8:いつだって巡り合わせ

初狩り、キャリー、スマーフ、チート。どれも嫌いです。(所信表明演説)

バグ、グリッチはモノによりますが。

でも一番嫌いなのは、相手の通信環境によるラグ。

ラグでミラージュウルトが倍に増えたのは今でも許さない。


『なあ、あれ……。』


『……動画の人だ。』


『うわ、ホントに鹿じゃん。』


『…………踏まれてぇ。』


 イーバとしょっつるは《レジェンダリークエスト》のために撫養城へと向かうべく、まずはその中継として帝都に来ていた。

 来ていたのだが……。

 あちらこちらからヒソヒソと話す声が聞こえてくる。中には不躾にも指を指す者まで居た。

 イーバはそれを見てさすがに面白くないと感じたのだが、うっかり口にすると隣の不発弾(しょっつる)が爆発して街中なのに襲いかかってきそうであったために黙っていた。


 イーバの視野角は鹿頭であるために鹿のそれと同一になるよう再現されている。それはすなわち、310°以上の範囲が見えているということである。鹿が色盲な点や紫外線まで視認できる点までは再現されていないが、広い視野だけでも強みである。反面、立体視は人の頭であった頃よりも苦手になり距離感が掴めなくなってしまったが。


 とにかくその広い視野と、ついでに聴覚で周囲の様子を鮮明に捉えていたイーバは、掲示板の影響力をしみじみと実感していた。

 それで苛立つ気持ちがないと言えば嘘になるが、すぐ脇でイライラオーラを遠慮せずにぶち撒けているしょっつるが居ることで、かえって冷静に受け止めることが出来ていた。


(……後で掲示板に張り付いている連中は煽り倒そう。)


 絶対に仕返しはするが。それとこれとは別なのだ。


 そんなわけで、目のつり上がった憤懣遣る方ないといった様子のしょっつると、それを特に諫めるでもなく平然と隣に並んで歩く鹿男のイーバに近づこうとする者は1人として居なかった。

 皆、遠巻きに見るだけだ。

 時折、しょっつるにガンを飛ばされて慌てて店の中や路上裏に逃げていく。そして、離れた頃にこそっと覗くのだ。イーバには見えていたが。


 しかしどうしたものか。

 イーバとしてはこちらに被害が出てるでもなし、しょっつるの様子はいつもよりキレてるな、くらいにしか思わない。

 だが、この状態でクエスト的に前線拠点である撫養城に連れ立って行くのは躊躇われた。


 何せ、面倒事の予感しかない。


 帝都は、低レベル層のプレイヤーも多く治安維持を担うNPCも多く治安が良い上に、居を構える知人も少ないために絡まれるようなことはまずない。

 しかし前線となれば、NPCも少なくプレイヤーも程度の差こそあれはっちゃけている者が多くなる。知人もそれなりに居るし、まず間違いなく絡まれる。

 そうなれば、しょっつるが暴れだすだろう。


(なんかガス抜き出来ないものか……。)


 そんなことを考えていた時、イーバの広い視野がそれを捉えた。

 往来の真ん中(ただし空白地帯)で突然立ち止まるイーバに、しょっつるは怪訝そうな顔をする。


「……何よ。どうかした?」

「しょっつるよ。あちらを見てみろ。」


 そう言ってイーバはとある店の方を指差した。

 その先には武器屋と、1人の少女。


「……あ"?だから何よ。ただの初心者でしょ。」

「よく見ろ。あやつ、配信者だ。」

「だからな……に……。…………そう、配信者、ねぇ。」


 イーバの意図が伝わったか、しょっつるがニタァと笑う。


「いいわ、ノってあげる。やるわよ。」

「「初心者、最前線まで育ててみた。」」


 魔の手が、少女に迫る。


♦️


「……えっと、ここが武器屋なんですね。」


 努めて現状を説明しながら少女は武器屋の入り口に立つ。

 彼女の背後には、ふよふよと赤く発光する球体が浮かんでいた。この球体が配信中の証である。ちなみに緑の球体は録画中、青の球体が写真撮影だ。


「そ、それじゃあ、入ってみます!」


 少女、キャラクターネーム『メグル』は、新人弱小個人配信者である。

 チャンネル登録者数は19人、最高同接3人の彼女は今日も虚空に向けて話しかける。

 前回の配信、『Aim the ever after』での初回配信はキャラクターメイクからチュートリアル終了までを放送したのだが、まるで伸びなかった。

 それも仕方ない話である。

 ゲームは既にバージョン4、今さら新人が始めるところなど大手配信者であったり熱心なファンであったりしなければ視聴しないものだ。

 ましてやメグルは新人配信者、そもそもの知名度がなくチャンネルの動画自体本数がまだ少ない。注目されないどころか、視界に入れてもらうところからがスタートなのだ。


 それでも、それでもいつか有名になるぞ!と、決意を胸に今日もメグルは配信をする。

 そうしてメグルが、ただの武器屋に不釣り合いなほどに意気込んで入店しようとした時のことだ。


「おや、ただの武器屋に討ち入りでもするのかね? お嬢さん。」


 背後から声がかかった。

 男の声だった。低く深みがありながらもどこかおどけたその声に、メグルはなんとなしに叔父を連想した。生真面目な父と違って、よく遊んでくれた叔父はメグルにとって少し年の離れた兄のような存在だった。


(い、いきなり何!?)


 配信中に話しかけられるなど、メグルには初めてのことだ。というか、ファンとの交流自体がほぼない。いや、そもそもファンがほぼいない。

 メグルはパニックになっていた。


「な、なんでしょお!?」


 メグルはテンパりながらも返事をし、背後を振り返る。そして止まる。


「うひゃあ!?」


 そこには、鹿が立っていた。


(チュートリアルで街中にモンスターは出現しないって言ってたのに!)


 メグルは咄嗟に武器を、腰に差した刀を抜こうとする。


 だが。


 柄頭を鹿男の手によって押さえられてしまい抜刀出来なかった。

 圧倒的なステータス差に、押さえられた刀はピクリとも動かない。

 安全地帯であるはずの街中で襲われた突然のピンチに、メグルは背筋が凍る思いだった。

 そんな混乱したメグルに、どこかからかうような声が聞こえた。


「ふむ、元気結構。なかなか良い反応だ。

しかしそれを抜けば、たちまちお嬢さんは罰則対象(イエローネーム)の仲間入りだ。止した方が良いと思うがね。」


 先ほど背後からかけられた男の声が、目の前の鹿から発せられていた。

 メグルは目をパチクリさせた。改めて見れば鹿の頭上にはプレイヤーアイコンが表示されていた。


「……え?何これ?」


 全くわけが解らなかった。

 すると困惑するメグルを見かねたかのように、また1人、今度は女が声をかけてきた。

 赤毛の女は同性のメグルから見ても綺麗で、メグルは思わず口をポカンと開けて見つめてしまう。

 そんなメグルと鹿男を見て、彼女は呆れたように首を振った。


「だから言ったじゃない、あんたじゃ驚かれるって。

大丈夫。そいつはプレイヤー、モンスターじゃないわ。」

「その通りだ。怯えることはない。」

「その子の反応は至って普通よ。」

「ぐぬぅ……。」


 どこかしょんぼりとした様子で、刀を押さえていた手を放し後ろに下がる鹿男。

 メグルはその様子を見て、つい先ほどまで恐怖の対象だったはずの鹿男に謎の愛嬌を感じていた。

 わずかに、メグルの心理的なハードルが下がる。

 しょっつるはそれを見逃さない。


 イーバと位置を入れ替え、しょっつるがメグルに近づく。同性であることを利用して距離を詰めて、優しげに話しかける。


「見たところ、あんたバージョン4からの初心者でしょ。武器屋の前でモタモタしてるからどうしたのかな、と見に来たのよ。」

「……あ、はい。初めて武器屋に入るから気合い入れてました!」

「そ、そう。これから何度も出入りするからそんなに気張らなくても良いと思うわよ。」


 言われてみればその通りだ。

 ちょっと気張りすぎていたかもしれない。メグルはそう思い、目線を下に落とした。

 メグルが地面に視線を向けた瞬間、美しかったしょっつるの顔がニタリと笑う。

 カメラはそれも撮影していたのだが、残念なことにメグルの同接は少ない。今この時は0人で、彼女に目の前の怪しい女から逃げろとアドバイス出来る者はいなかった。


「何か困ってるなら、相談に乗ってあげても良いわ。同じプレイヤーの誼みでね。」


 感極まってメグルは勢いよく頭を上げた。その目はキラキラと光っている。まるで地獄に仏、救いがやってきたかのような顔だ。

 ちょっとしょっつるですら戸惑っている。


「ほ、ほんとですか!ありがとうございます!私ちょっと悩んでて……。

でも嬉しいです!こんな親切な人に会えて!」


 いつの間にやら、メグルはしょっつるの手を両手で握りしめてブンブンと振っている。全身から喜びが溢れだしていた。


 ヒマつぶし~、くらいの感覚で声をかけたしょっつるは、ひきつった笑顔だ。想定と違う。

 まさかこれほどに喜ばれるとは……。


 しょっつるに退かされて、インテリアくらいの地位に落ちて傍観していたイーバも、何やら自分たちの思惑とは全然違う方向へと転がっていきそうな気配をひしひしと感じていた。

 そこで、軌道修正を図る。


「……う、うむ。そうだ。武器屋の前で立ち話と言うのもなんだ。そこの茶屋にでも入ろう。その方が話もしやすかろう。」

「そうね。悩み事の相談するならそっちの方が良いわ、きっと。」

「で、でもアタシお金持ってないですし……。」

「高々茶の一杯や二杯、遠慮は要らん。なんなら茶菓子も頼むと良い。美味いぞ。」

「ま、私らだって中堅よりかは上だし、それくらいで痛むような薄い財布じゃないわ。

こいつに奢ってもらいなさい。」


 一瞬だけしょっつるにガンを飛ばされ、イーバは少しだけ小さくなりながら首肯する。


「う、……では、その、お言葉に甘えます。」

「いーの、いーの。行きましょう!」

ご高覧くださりありがとうございます。よろしければ評価とかいいねとか、ブックマークなんていただけるとモチベーションがすごく上がります。執筆速度もついでに上がります。よろしくお願いします。


・異形頭の視界について

 色や形、可視光の範囲などは人の時のままになっています。そこまで変えてしまうと、さすがにプレイに支障をきたすからです。

 視野はその頭部の種類や形状に依存します。

 肉食獣や猛禽類は比較的人間に近い感覚で物が見える設定です。

 草食獣や鳩、鶏のような鳥は目が横についているために視野が広くなり、立体視を苦手になります。

 それから、昆虫は複眼の処理がゲーム的に負担なので人間とそのまま同じになっています。一部のファンから不満は出ましたが。

 さらに、実在する動物モチーフではない妖怪の頭に式体改造した場合の視野も人間と同一になります。

 例を挙げると、のっぺらぼうですね。目がなくても以前と同じように見えます。


 検証班たちはこれらの情報をまとめた上で、扱いやすさでランキングをつけました。

妖怪頭=昆虫頭>肉食獣>猛禽類>草食獣=一部鳥類


 下位2つは、酔う・物にぶつかる・躓く・敵を狙いにくいなどの理由でオススメされていません。

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