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えいむじえばーあふたー  作者: 蒸らしエルモ
『春植えざれば秋実らず』
6/32

6:火の女王様と鹿頭の下僕

まさか5話でメインキャラの1人が脱落(復帰予定)するなんて…………。


「……で?どうすんのよ。」

「いや、どうするもなあ……。」


 与兵衛が突如として消えた。

 それがイーバを悩ませていた。

 いや、彼が消えた理由についてはどうでも良かった。アカウント停止なのでいずれ復帰するし、やったことがバカ丸出しでしょうがないとしか言いようがないからだ。


 それよりも消えたということ自体がイーバを困らせていた。

 単純に頭数が減ってしまったからだ。


 あんなバカをする奴でも先行組。バージョン4となったこのゲームの最古参なのだ。しかもそれなりにやり込んでいて、『式体改造』の他にも追加されたコンテンツに触れていたプレイヤーだった。

 つまり、イーバは与兵衛が戦力になると見込んでいたわけである。

 これからクエストに挑むにあたって使い倒してやろうと目論んでいた。

 それがこの有り様である。

 なんなら、掲示板でオモチャにされてあからさまに不機嫌なしょっつるまで残されたので大弱りだ。

 戦力低下、ムダに掲示板が大騒ぎ、爆弾処理。


 しばらく悩んでイーバは決めた。


「うむ、今日は諦めよう。」

「は?」


 しょっつるはここまで来てのまさかの振り出しに、殺意も露にイーバを睨む。

 理由次第ではPKも辞さない、という意思が剥き出しの血走った目はイーバの動きを身じろぎ一つとて見逃さないと言わんばかりに見開かれていた。

 イーバはその視線を真っ向から受け止めながら、堂々たる様子で己れの考えを明かした。


「まあ、まずは聞いてくれ。いくつか理由がある。

1つ、頭数が減った。戦力は3割減だ。これは痛い。

2つ、火力が足りん。つるちゃんは火属性を主に扱うからこのフィールドそのものと相性が良いのだが、ワシがダメだ。この頭に合わせて属性を水と木に寄せてしもうた。与兵衛は金の属性で木属性に有利をとれるからいけると踏んだんだが、居なくなってはダメージリソースが心許ない。

3つ、やる気が上がらん。なんだろうか、今日は止めとけと言われているようだ。もう攻略に集中できる気がせん。

ここのクエは先送りにしてはどうだろうか?」


 むむ、としょっつるが睨むのを止める。

 どうやらイーバの言い分に理があると感じたらしく、腕を組んでうんうん唸りだした。

 やがて、腕を解いたしょっつるは両手を挙げて降参の意を示しながら言った。


「……そうね。今日は止めときましょ。」

「後で、あのバカからは迷惑料をせしめてやるとするかのぉ。」

「というか、1回ボコすわ。」


 (1回で済めば良いが……。)イーバは内心に浮かんだ言葉を、寸前で口にするのを止めた。

 鹿頭にも脳みそは詰まっているのだ。


♦️


 クエストの進行を一旦放棄することを決めたならば、このような辺鄙な場所に居続ける必要はない。

 しょっつるとイーバはそのように結論付けて、近場の町まで戻ることにした。


「……なんて言うか。私、今回完っ全に無駄足を踏まされた感じなんだけど。」

「……いやはや、申し訳ない……。」


 ガサガサと下生えをかき分け先をいくしょっつるに、項垂れながら後を着いていくイーバは、数時間前に出立した町までもう少しのところまで帰ってきていた。


「まあ、何度も責めるのは違うと思うから許すけど。あんた今回みたいなのは止めときなさいね。」

「……はい…………。」

「反省してんならいいわ。ていうか、与兵衛の方がよほどヤバいわ。思い出すだけでムカついてきた。運営に追加制裁希望しようかしら。」

「……いや、一度決まった処分を覆すのは、帳消しにするのも追加するのも厳しいと思うのだが。」

「ウソよ、ウソ。言ってみただけ。」


 会話を重ねながら、森の中を行く。

 もう町も近いからだろう。

 出現するモンスターのレベルは低く、高レベルである2人から離れていく挙動をとるため、移動を煩わされることはなかった。


 森の終わりが見えたところで、しょっつるが急に立ち止まる。

 イーバも釣られて立ち止まり、彼女の様子を伺った。よもや、襲撃か。しかし自分の感知範囲には何もいないが……。と、イーバが鹿頭を傾げているとしょっつるは震えた声で問うてきた。


「……ねえ、このまま町に入るとさっきの動画の件で何か言われるんじゃないかしら……。」

「うむ、知ってる者も居るだろう。多少はあると見て間違いないな。」

「…………はぁー。もう最悪……。」


 しょっつるはその場に座り込むと、膝を抱えて小さくなってしまった。

 イーバは珍しいしょっつるの様子に目を丸くする。彼女がここまで意気消沈しているのは初めて見るのだ。


「何もそこまで落ち込むことは無かろう。」

「何よ。あんたと違って私は繊細なのよ。」


 噛みついてくるも普段の勢いがない。

 ああ、これは完全に不貞腐れているな。

 イーバはそう思いながら、説得を試みる。


「だがな。そうは言っても町に入らぬわけにはいかんだろう。」

「別に私は武器の耐久値とか関係ないし……。」


 もう完璧にいじけてしまっていた。

 確かにしょっつるは素手で戦う都合上、武器耐久を気にせずに済む。だが、防具は別だ。さらに言えば消耗品だってそうだ。安全にログアウト出来る場所も少ない。

 無補給で町の外に滞在し続けることはかなり厳しい。それこそ、辻斬り的にPKを繰り返して装備や物資を強奪し続けなければ出来ないだろう。いや、それでもおそらくは途中で採算がとれずに限界が訪れる。

 おそらくそのあたりも分かっていながら、駄々をこねているのだ。イーバはそう結論付けた。

 そして、深く考えずにしょっつるにとっては衝撃的な事実を告げる。


「何か言われるかもしれんが、面と向かって言ってくるバカは居らんだろう。

掲示板の奴らもすぐに飽きる。というか、既に別の話題に移っておるぞ。『女王様だし』と大して気にしては━━━」

「ちょっと待って。」

「ん?いや、だから話題は一過性に。」

「そうじゃなくて。掲示板の奴らは私を何と呼んでいるの……?」

「『女王様』だな。『赤の』だとか『火の』だとか付くこともあるようだ。」

「………………。」

「もしかして、知らなかったのか?」


 押し黙るしょっつる。

 いったいどうしたのかとイーバが見ていると、彼女はブルブルと震えながら勢い良く立ち上がった。

 その目は怒りに燃えていた。


「どういうことよ!何でそんな呼ばれ方してるわけ!?」

「ワシに当たられてもなぁ。心当たりは無いのか?」

「あるわけ無いでしょ!」

「そうか。……残念ながらワシにはあるぞ。」

「…………え?」

「……朱雀門防衛戦指揮権強奪事件。PKギルド『虎穴』自爆テロ事件。柴原村解放交渉という名の脅迫事件。第三回イベント攻略作戦会議乱入事件。」

「えっと、その……。」

「まだあるぞ。第四回イベントでの突撃部隊の指揮及び死なば諸共作戦の決行。奥立村村長籠絡事件。それから━━━」

「ストップ!ストーップ!

分かったわよ、私が悪うございました!」

「……よくよく考えるとお主、なんでまだこのゲームをプレイできているのだ……?」


 改めてその所業を列挙してみると、いかなイーバであってもドン引きである。さらに言えば、ここからまだ並べられることに驚きである。

 完全に悪役。いや、悪党である。

 こいつ下手なPKプレイヤーよりも迷惑かけてないか?一緒にいて大丈夫か?イーバの脳裏を疑問がよぎる。

 いや、自分は悪業じゃなくて悪目立ちなだけだからセーフ、セーフ。

 あまり深く考えると自分の立場も危うくなりそうなので封殺した。

 同時に、ゲーム運営とプレイヤーたちの懐の広さに感謝した。


 見下ろせばしょっつるは再び地面に座り込み、膝を抱えていた。

 女王様呼びが相当堪えたらしい。加えて、過去の行いを直視させられたことで悶えていた。

 彼女にもやりすぎた、という思いがあったらしいことにイーバはこっそり安堵した。


「さて、どうしたものか」


 与兵衛はアカウント停止に、しょっつるは過去の己れに刺されて行動不能だ。どちらも自業自得なのでしょうがないとしか言いようがないのだが、ここから自分はどうしようか。

 イーバは頭を悩ませる。

 与兵衛については放っておくとして、目下問題はしょっつるだ。

 彼女をどうするか。


 置いていくか?出てくるモンスターはレベル的に安全帯だ。PKプレイヤーは、8人片付けたばかりだしすぐにお代わりは無いだろう、多分。だが、置いていった場合は後が怖い。しょっつるに何をされるか……。これは無しだな。

 イーバは首を振る。カサカサと、角が周囲の枝や葉に当たって音を立てた。


 無理にでも運ぶか?……それこそ無理だな。ハラスメント警告が出るだけだ。与兵衛と同じアカウント停止はごめんである。

 イーバはまたも首を振った。良い案が思いつかない。


 何かテンションを上げるものを出す?……難しいか。クエストの情報は既に開示してしまった。エサになるものはまだ無くはないが、手札を切るのは効果的に行いたい。

 イーバは首を、振らなかった。

 ちょうどその時に、天の声(ワールドアナウンス)が響いたからである。


 彼は直感した。これだ、と。

 見ればしょっつるは座ってこそいたが、顔を上げていた。バチリ、と視線が合う。

 2人は揃って意地の悪い笑みを浮かべた。

ご高覧くださりありがとうございます。


ゲーム内の属性は、陰陽五行をモチーフ(というか、流用)にしています。いずれゲームシステム的な解説は出す予定です。

本話の終わりに流れたアナウンスについては次回ですね。


・式体改造について

 作中で条件などには触れましたが、それ以外にも隠し要素が存在します。

 カルマ値や信頼値(対NPC)などのマスクデータを参照して、同じ素材を使っても改造後の式体の形状が変化するのです。カルマ値が低い(悪に寄っている)と異形に、信頼値が高いとコミカルに、陰陽師からの好感度が高いと特殊な効果が付く可能性が上昇します。

 イーバは、リアルな鹿頭(特殊効果付き)なので、カルマ値は低い信頼値は低い好感度は高い、となります。

 PKプレイヤーでも部位が丸々異形になることは少ないです。トップ連中はなってしまいますが。

 一般的なプレイヤーだと丸々異形になることはまず無いです。猫耳や角だけ、牙だけみたいにコスプレっぽくなります。


 式体改造によって生じるメリットデメリットについてはまたいずれ。

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