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えいむじえばーあふたー  作者: 蒸らしエルモ
『春植えざれば秋実らず』
31/32

31:適材適所

前回闇を吐き出したので、イーバさんはわりと絶好調です。


「っがあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「こんっのぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 2体の巨怪が、稲妻を落とし、森を押し流し、大気を焼いて、嵐を巻き起こす。互いにぶつかり合い、締め上げて、爪を突き刺し、肉を食い千切り合う。

 大地は砕かれ、天は暗雲に覆われ、降りしきる雹は離れた場所にある『撫養城』をも巻き込んでいた。絶えず爆音と咆哮が轟き、避難していた村人NPCたちは混乱のあまり、騒ぎ出す。

 プレイヤーたちもNPCたちを宥めながら、一体どうなるのかと事態の推移を見守る者が多かった。


 そして、イーバと『三郎様』は互いに互いを撃ち殺すべく、全力を振るっていた。

 災害が顕現していた。

 絡み合って転がれば、それだけで森が開けた。

 隙を見て尾を叩きつけて、相手を打ち倒せば小さな谷が出来上がった。

 術を撃ち合えば、余波で窪地が生まれる。池が出来る。あちらこちらで火の手が上がる。


 イーバが一際大きな声で吠えた。


「らあァァァァァァァ!!!!」


 【【【【木行術:天地雷同】】】】


 同一の術を同時に展開し、重ね合わせて極大の威力を生み出す。

 龍もろともに天地を貫く光の柱が生まれた。

 『三郎様』が光に飲まれる。

 ビリビリと大気が震え、音が消し飛んだ。

 眩い閃光に一帯が塗り潰される。

 遅れて、天地全てを揺さぶる衝撃が届く。


(まずい。消耗が激しい。それに…………。)


 あまりの光量に、ゲーム的軽減処理が働いてもなお、見た者全ての視覚を奪い去った光の柱が細まっていく。

 唯一、術者として己の術からの影響を受けなかったイーバはそれを見た。


 龍だ。

 焼け焦げ燻る鱗と、片方の角が砕け、大きなダメージを負ったことが明らかではあるものの、未だ闘志衰えず殺意を漲らせる龍の姿がそこにあった。

 雷をその身で受け切って、反撃の手を用意したその龍は殺意のままに準備した術を起動させる。


「ゴオァァァァォォッ!!!」


 龍の咆哮とともに濁流が押し寄せる。

 蛇が鎌首をもたげるように持ち上がった水の塊は、その質量でもってムカデの甲殻を叩き潰す。

 水とは重いものだ。素人が見様見真似で滝行をして、下手すれば頸椎を折ってしまうように大量の水をまとめて被るのは危険極まる。

 そんな水が、土砂や砕けた樹木ごと叩きつけられれば如何ほどのものか。

 さらにはそれが、一撃で終わらずに継続して行われるとなれば……。


 その結果が、『三郎様』と呼ばれる龍の眼前に広がっていた。

 土石流に大地は抉られ、巻き上げられた土砂はムカデの身体を拘束するのに一役買っていた。

 ほんの十数秒、それだけでイーバが行使した術以上の環境破壊が成し遂げられた。


 そこには新たな湖が生まれていた。


 いや、実際は削られて窪んだ辺り一帯に、水が貯まっただけの巨大な水溜まりだ。広いが浅い。それだけのものだ。

 だが、湖と見紛うほどの大きさと水量を湛えるそれは、見る者皆に神の力というものを感じさせた。





 『撫養城』からその様子を見ていた検証班の一員であるつやつやボディは、絶句していた。

 ほんの数分の戦闘だ。

 だが、その規模はこれまでに見てきたどんな戦闘をも上回っていた。

 戦闘の余波はこちらにまで届いていて、避難民たるNPCは半狂乱になっていた。衝撃や爆風にモンスターたちも怯え惑い、防衛戦自体は楽になったが、NPCを宥めるのに人手を割く羽目になったのはどんな皮肉だろうか。


 地形が変わっていた。

 光の柱が轟音とともに現れ、それが消えると大きなクレーターが作られていた。その後に現れた意思を持つかのように動く濁流と、それによって生まれた湖。

 双眼鏡を覗かずとも目視出来るほどの変わりようだった。


「いやいやいや、どうすんですか。あれ。」


 同じように観察していたフォーセルの呟きに頷くことしか出来なかった。

 どう戦えば良いのだろうか。

 あれほどの広範囲攻撃の前には、陣形など意味をなさない。

 大半のプレイヤーは初撃で文字通り沈められるだろう。

 有象無象への足切りのラインが高過ぎる。


「このクエスト、負けイベだとは思っていたが……。勝ち目無さ過ぎだぞ、運営。」


 激戦を繰り広げ、『三郎様』は確かに消耗している。あれだけ傷を負っていて、実はピンピンしてますなんて言われた時には、このゲームを続けていける気がしない。

 追撃に移らず様子を伺うように動きを止めていることも、消耗を確信させる。


(だが、勝てるのか?負けイベのボスだぞ。)


 プレイヤーたちはどう動くべきか。

 『三郎様』と戦っていたイーバの姿は、ここから確認出来ない。死んだと見るべきだろう。

 斥候として派遣されていた者たちは、戦闘の巻き添えになってとうに死に戻っていた。

 血気に逸って、向かって行ったプレイヤーもまた然り。


「防衛戦自体はどうにか乗り切れるか?」


 『三郎様』がイーバとの戦闘で退いてくれるのであれば、『撫養城』は無事に済む。消耗していることと、負傷していることから考えれば撤退してもおかしくはないはず。


 しかし、つやつやボディには『三郎様』がそうすると思えなかった。

 『三郎様』は数日前から徐々にこちらに接近していた。『撫養城』は今や目と鼻の先だ。果たして、ここまで来て退却するだろうか。

 それに『三郎様』は、式神(プレイヤー)が脅威となり得ることを知った。敵は叩ける内に叩くものだ。そう考えると、早い内に『撫養城』を落として支配下に置いてしまう方が『三郎様』にとって面倒が少ないはずだ。

 だが、同時にその脅威となる式神が『撫養城』に陣取っている可能性も考えるだろう。


 つやつやボディとしては、『三郎様』は襲撃をかけて来るものだと考えていたが、己が思考の迷宮に陥ったことも自覚していたため、誰か他の人物からも意見が欲しくなった。

 フォーセルに目を向けるが、彼は彼で異形化やその能力に興味を惹かれているようで、相談役には適さないだろう。


 そこで、つやつやボディは忙しいことを承知でアルテリオンに連絡を取ることにした。

 フレンド欄を呼び出し、チャットを送ろうとする。直接聞きに行った方が早いかもしれないが、櫓の登り降りが面倒だしこの後の展開を見逃したくなかったからだ。


「……おかしいな。」

「どうしたんです?」


 視線は『三郎様』の方に向けたまま、フォーセルがつやつやボディの呟きに反応する。


「いや、アルテリオンが居ないんだ。」

「指示出しかなんかじゃないですか。」


 フレンドチャットは拠点エリアのような安全圏でしか通じない。相手が戦闘エリアにいる場合は表示が灰色になり、ログアウト時は表示が白くなる。アルテリオンの表示は灰色、それは『撫養城』の中には居ないということだ。

 とある予感がしたつやつやボディは、フレンドの位置検索を行う。

 その答えは予想通りだった。


「はあ、ズルいなぁ。」

「さっきからどしたんすか、つやボさん。」

「……アルテリオンの奴、あそこに居るみたいだよ。」


 そう言って、つやつやボディはつい先ほど出来たばかりの湖を指差した。





 土砂に埋もれ、水に沈められながらもイーバはまだ死んでいなかった。

 全身の甲殻は罅割れ、脚は何本もへし折れていた。体節の継ぎ目からは体液と一緒に木気の呪力も流れ出し、死の一歩手前、辛うじて生きているという有り様だった。

 身体を動かそうにも覆い被さる土砂と水の重さに負け、力を込めれば却って死を早めるだけだった。

 水面からほんの少し顔が出ていたことで、何とか周囲の様子を掴めるが、出来ることはもうそれくらいだった。


「愚かなムカデ擬き。僕に勝てるわけがないだろうが。」


 頭の上から声が降ってきた。

 『三郎様』が近くに居るらしい。

 全く気付けなかった。そちらを見ようにも、水と土砂に覆われていない部分は僅かしかないために見られなかった。

 今のイーバは右側の視界、それも半分程度しか見えていない。どうも『三郎様』は、左側に居るようだった。それもかなり近い。


「お前は水気が木気を生ずるところに勝機を見出だしたのかもしれないが、それくらいで僕に勝てるはずが無いんだよ。」


 『三郎様』の姿()見えないが、どうやら瀕死のイーバ相手に勝ち誇っているらしい。

 なんとも人間臭い挙動である。


 これは都合が良い。


「ん?なんだお前。何が可笑しい。何故笑っている!?」


 笑っているのかどうか、イーバ自身に判別は出来なかった。そんなことにかかずらっている余裕はなかったのだ。

 身体の内側から崩壊が始まっていた。

 どうにか呪力の漏出を食い止め、1秒でも永らえようと必死だった。

 死が目前に迫っていた。


「死に損ないのムカデ擬きめ。大人しく死を受け入れれば良いものを、何粘ってるんだよ!」


 すぐ近くで水気が練り上げられ高まるのが感じ取れた。


(……あともう少しだけ、時間が欲しい。)


 時間を稼ぐために、賭けに出ることにした。


「……のう、『三郎様』。」


 イーバが声を発したことに驚き、高まっていた呪力が乱れる。

 こういう時に口を開かずとも発話が可能な異形頭が、便利なものだと強く実感出来る。

 呪力の漏出を抑え、なんとか木気をこの場に留めようと努力しながら『三郎様』に話しかける。


「ワシは言うたぞ……。」

「何の話だ。」


 イーバは賭けに勝ったことを確信した。

 『三郎様』の気を引き、攻撃を中断させた。

 あとはそれを続けるだけだ。


「楽しくなければいけないと。そう言うた。」

「ああ。それがなんだ。」

「あれは、ワシに限ったことではない。」

「……?どういうことだ。」

「それから、ワシは抗うとも言うた。」

「だからなんだ。」

「勝つのは誰でも良かった。ワシはただ抗いたかった。押し付けられた理不尽を覆せると証明したかっただけだ。」

「お前はさっきから何を話している!」


 イーバの、普段の三分の一ほどになった視覚が、待ち焦がれていた者の到着を捉えた。


「……ふっ。さあ、第3ラウンドだ。」

「ハッ!この期に及んでまだ勝てると思っているのか。その死に体で!」

「ふははっ!その通り。ワシはここまでよ!

あとは任せたぞ。」


 イーバの身体が爆散する。ただポリゴンに変わるのではなく、その身に溜め込んでいた濃密な木気を撒き散らしていく。

 彼は1人で勝てると思っていなかった。

 何せ『三郎様』はボス、それもレジェンダリークエストなんて大層な名前の連続クエストの大ボスだ。

 だから、人を呼んだ。

 『三郎様』を仕留められるであろう人材が、ここに来るようにした。そう、弱点をつける人物を。


「人のこと便利使いして、後で覚えてなさい。まったく。」

「ああクソッ、面倒なこと押し付けやがったな。あの野郎!」


 姿を現したのは赤い髪を靡かせる美女と、覇気を感じさせない草臥れた雰囲気の男。

 しょっつるとアルテリオンだ。


 しょっつるはすぐさまイーバの遺した木気を利用して、五行相生を行う。


「【木気は火気を生ず】!」


 濃密な木気が爆発的な火気へと転じる。

 だが、水気の塊である『三郎様』に火気は利かない。

 故に、この男が必要なのだ。


「【火気は土気を生ず】。」


 さらなる五行相生。火気が一気に土気へと変換されていく。


「お前ら!」


 辺りは黄金色の輝きに包まれる。

 『三郎様』も既に狙いは察していた。この消耗した状態で、真面に受けるのはまずいと気が付いた。


「【火行術:炎侵牢】!」


 変換しきれなかった木気を活用して、相生した火行術で時間を稼ぐ。一瞬退路を塞げればそれで十分だった。

 アルテリオンの術が間に合うからだ。


「【土行術:地顎咬狼】。」


 大地が巨大な狼の頭へと変じ、『三郎様』の胴を咥えて放さない。ミシミシと噛み砕こうとする狼に、『三郎様』は叫びをあげて暴れ逃げ出そうとする。

 五行相剋の理。土は水に剋つ。このゲーム世界でのルールが、『三郎様』に文字通り牙を剥いていた。

 怒りと苦しみの混じった咆哮が轟く。その龍の吠え声には焦りが滲んでいた。


 アルテリオンが静かに剣を構える。

 その動きに合わせて、『三郎様』がビクリと震えた。

 迸る土気の質と量が『三郎様』に確かな死を予見させた。

 なんとか逃れるべく必死の抵抗をする。


「【潰頭巒卷(かいとうらんま)】。」


 アルテリオンが厳かにスキルの発動を告げる。

 大地が捲れ上がり、『三郎様』の頭部を包み込むように動く。

 頭を振り、踠き、術を繰り出して抵抗を続けるも、そそり立つ土の壁はそれらを意に介さない。

 巻き込むように、覆い被さるように、捕えて逃がさぬように土の壁が『三郎様』の頭を囲い込む。もうその叫び声も遮られて聞こえなかった。


 アルテリオンが剣を振り下ろす。

 『三郎様』の頭を囲んで被さっていた土が、一瞬で大地に返った。中に納めていた頭ごと。

 立っているのが困難なほどの地響きに、しょっつるは驚きの声をあげた。

 無惨にも頭部が叩き潰され引き千切られた『三郎様』の首から下は、幾度かの痙攣の後にポリゴンとなって爆散した。


「……あじゃぱー。」


 あれだけ大暴れしていた『三郎様』が、これ程呆気なく殺されたことにしょっつるは、呆れと驚きが混じった声を出す。

 しょっつるはアルテリオンへの繋ぎと足止め要員で呼ばれたために、苦労を感じることなく倒せてしまったことに現実感が湧かなかったのだ。


「クソッ。後始末どうするかな。クランメンバーへの説明に検証班との情報共有、協力してくれたプレイヤーへの対応に……。ああ、もう面倒臭ぇな!」


 アルテリオンは今後の対応に頭を悩ませていた。

 今回の『三郎様』との戦闘は、イーバからの連絡で飛び出してきた独断専行なのだ。

 リーダーだから良いだろ、と横柄な対応をすればクランは割れる。クラン外のプレイヤーたちとも揉める要因になってしまいかねない。

 それもこれもイーバのせいだが、肝心の元凶は死に戻って現場に居ない。

 ……そこでアルテリオンの首筋にゾワリとした感覚が走る。

 パッとフレンド欄を呼び出すと、イーバの表示は白くなっていた。ログアウト中である。


「逃げやがって、クソ野郎があ!」


 アルテリオンはぶちギレた。

 面倒事を放り投げてトンズラこくとは良い度胸してやがる、絶対許さん。とアルテリオンは怒りに燃えた。

 とりあえず出来ることとして、大量のメッセージを投げつけて通知爆撃を仕掛けておく。

 その後の対応次第では強硬策だ。腐れ縁で長い付き合いがあるが、今回ばかりは相応の礼をするつもりだった。


 戦いが終わり、そろそろ『撫養城』に戻ろうかという時だった。

 『天の声(ワールドアナウンス)』が響く。

 やけに遅かったのは処理に手間取ったためである。

 この時点での『三郎様』撃破は想定外と言って良いが、それでも万一に備えてルート自体は用意してあったのだ。

 遅れたのはそのルートへの統合や各プレイヤーの貢献度の判定、未回収の『力の欠片』の処理、ボス戦の追体験の用意にとあるプレイヤーについての確認と許諾を取るための準備などなど、処理することが盛り沢山だったのだ。


ご高覧くださりありがとうございます。

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・祭壇で握り潰した物

あれは斥候さんたちが持っていたアイテムと同系統の通信アイテムです。破壊をトリガーに選択した相手に一定時間声を届けます。1度に5人まで対象に出来る優れ物ですが、一方的に届けるだけという弱点もあります。

前話でとんでもなく愚痴っていたのは半分くらい本音ですが、あの間にフレンドの位置を検索していました。


・【怪獣大戦争】

どう見てもボスキャラなムカデのプレイヤーと、マジでクエストのボスな龍による大規模戦闘てす。

運営が編集した動画が掲示板で公開され、人気を博しました。

地形が変わり、数百m離れたところまで余波が届く激しい戦闘は、見応え十分です。ただし、音量と画面の明るさ調整が必須であります。

一部のプレイヤーはチートの疑いをかけましたが、運営自身によってその説は否定されました。

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