30:スイッチ入れたら切れなくなっちゃった
酒呑んで愚痴を吐き出したら止まらなくなったテンション。
レジェンダリークエスト『禍福は糾える縄の如し 壱』が開始されてから10日目になる。
時刻は午後8時30分。
イーバは『撫養城』から南南西に500mほど離れた森の中に居た。
目的は1つ。とあるサプライズのためである。
イベントとして見た時、レジェンダリークエスト『禍福は糾える縄の如し 壱』は失敗であり、盛り上がりに欠けていた。
イーバは、これが連続したクエストで壱は失敗が前提にある、いわゆる負けイベであることを半ば確信していた。
そして、その推測は当たっており運営は現状を座視していた。
「でもなあ、それでは面白くなかろうよ。」
独り言を呟きながら準備を進める。
そう、面白くないのだ。
失敗前提のクエストを押し付けられて、後で楽しい思いが出来るから我慢してね。なんて、とてもじゃないが従っていられない。
ガリガリと地面に図式を描いていく。
プレイヤーたちも不甲斐ない。
運営の思惑通りに動くか、端から動きもしないか。そのどちらかしかいない。
それはとてもつまらない。
我らは運営の駒ではないのだ。そんな有り様でNPCと何が違うのか。現実と何が違うのか。
イーバの胸中には怒りがあった。
全て掌の上だと言わんばかりの運営。
それに操られるように動くプレイヤー。
不満を抱きつつ現状に甘えているプレイヤー。
何一つ考えず他人に流されるプレイヤー。
なんと、つまらぬ。
だから、全部ぶっ壊してやろう。
彼はそう考えた。
その胸の奥で燃え盛る怒りの炎で、趨勢の決まった盤面をひっくり返してやろうと、そう決めた。
用意してあったアイテムを地面に並べる。
この数日は弟子に『稽古』をつけた後、四国エリアに赴きひたすら調査した。
モンスターの数、進行速度、ポップの速さ、種類の傾向、フィールドの影響、行動の目的、モンスターの通過した跡の様子などなど執拗に記録した。
『撫養城』を襲うモンスターが途中から増えなくなったことにも気付いていた。
当然、その理由も調べた。
モンスターが来た方へと遡って行けば、理由はすぐに分かった。『三郎様』だ。
『三郎様』は徐々に北上していた。モンスターらは、それに近づかないように『三郎様』より北にいた場合は『撫養城』へ向かい、南にポップした場合はその場に留まっていたのだ。
モンスターの流れを『三郎様』が塞き止めていたということである。
検証班もモンスターの増減については調査をしていたらしく、掲示板に本日午後9時頃に大侵攻が発生すると書かれているのをイーバも見た。
運営はその書き込みを否定しなかった。
故に、プレイヤーはそれを鵜呑みにした。
だが、一部の情報が不足していることをイーバは知っていた。
確かに、午後9時頃にモンスターの大群が『撫養城』に襲いかかる。そのモンスターは『三郎様』に恐れをなして逃げ出したものたちで、半狂乱になって暴れるだろう。
しかし、真に恐れるべきなのはその後なのだ。
モンスターによる村落の建造物への被害を調査した時に、2種類の痕跡があることに気がついた。雑に通り抜けただけのものと徹底的に破壊して更地に変えたものだ。
『三郎様』に従う眷属の襲来。本命はこちらだ。
『三郎様』の怒りによる氾濫は、『三郎様』の意思のもとに行われるものなのだ。
それまでのモンスターの襲撃は、いわば余波に過ぎない。
本命と思い込んでいる襲撃を凌いだ後に、『三郎様』とその眷属が襲来したならば、間違いなくプレイヤーは敗北する。
「"自由"を謳うのならば、ワシが少し暴れた程度どうということはあるまい。」
アイテムを配置し終え、図式も描ききった。祭壇が、完成する。
運営の決めた筋書きに抗うための一手、その準備が完了する。
「お前、僕の領域で何をしている。」
森の中から声がかけられた。声変わり前の、少女のように高い少年の声だ。
イーバの広い視野にその姿は既に入っていた。
少年だ。
イーバのような枝分かれした1対の角を持つ遍路姿の少年だ。そのあどけない顔立ちに怒りを滲ませて、少年は再び口を開く。
「ここが僕のモノだと知っての狼藉だな。何故そんなことをする。」
イーバは少年を正面に見るよう向き直る。
「これはこれは、三郎様ではございませんか。お初にお目にかかります。式神イーバと申します。」
「挨拶など、どうでもいい。僕の問いに答えろ。」
「お答えするも何もご覧の通りにございます。」
そう言いながら、イーバは誇示するように両手を広げた。
「そうか。お前、僕に喧嘩を売っているんだな。」
『三郎様』は語気を荒げてそう言った。
小さな身体から濃密な水気が迸る。
対してイーバは、その発せられる怒気を正面から受け止めて答える。
「その通りだ、見て分かれ。クソ野郎。
楽しんでこそのゲームだろうが。負けイベ?受け入れてなるものかよ。ワシは抗うぞ。全てを費やして。」
イーバの目は爛々と輝いていた。
怒りに満ちていた。憎悪に濁っていた。現実を倦んでいた。悪意の、呪いの塊だった。
『三郎様』が気圧されたように、一歩後退る。
少年はわずかに震えた声で、鹿男に問いを投げる。
「……お前。お前は何故そこまでするんだ。
何が突き動かしている。所詮、お前たち式神にとってこの世界は仮初ではないか。お遊びのようなものだろう。何故そこまで全力なんだ。」
イーバは鼻で笑った。
「お遊びだから。楽しむために全力を出すんだろうが。
現実はクソだ。
努力は報われないことの方が多かった。話の通じねえ奴ばかりだ。そのくせ自分の意見は押し通そうとしてきやがる。こちらの提案は無視だ。下手に出れば付け上がる。言葉選び1つ間違えただけで人格を否定されて、実態を見ねえで理想ばかり押し付けてきやがる。独り善がりの理想をだ。
どんだけ言葉を尽くしても理解なんてされねえし、手ぇ出されてもこっちは耐えるしかねぇ。何でも頼ってきやがるくせに、気に入らねえとすぐ責め立てられる。知らねえよ、自分達で解決しろよ、わざわざ巻き込むんじゃねえよ。何でお前の面倒を見なきゃいけねえんだよ。お前は大人だろうが、自分で解決しろよ。奴隷以下の待遇で、親より手厚く面倒見ろだと?理不尽にも程があるだろ。警察呼ぶぞと脅されて、本当に呼べばそこまですることないだろと被害者ぶられる。病んでもそれが当たり前で、常に人手が足りない砂上の楼閣だってのに未来の展望なんてものはねえ。俺たちの時代はといつもマウントを取られ、時代の変化を受け入れねえでこちらの努力不足にされちまう。狭い世界しか知らないからダメだなんて賢しげに否定されて、御大層な肩書きのお偉方は何一つ改善してくれねえのに責任ばかり現場に押し付けやがる。金は出さねえのに知恵を出せ、力は出せだ。生きてても良いことなんてねえし、死んだところで良いことねえ。
そんなクソをどうにか乗り切るために、こちらに来てんだろうが。」
そこでイーバは一息入れる。
溜め込んでいたものをここまで吐き出したのは初めてで、彼自身も戸惑っていた。それと、同時に心地よさも感じていた。そして、ぼやけていた怒りの輪郭がハッキリとしてきたことを自覚した。
「ゲームは楽しくなきゃいけねえんだよ。」
別に負けイベであるのが嫌なのではない。
理不尽が嫌なのだ。
ほぼほぼ無理な条件を出しておいて、でもクリアは可能ですから。と、言い訳をする見苦しい姿勢が嫌なのだ。
自分達で謳い文句にした"自由"を取り上げるような勝手な真似が嫌なのだ。
そんな現実みたいなところが嫌で嫌で堪らないのだ。
「だから、『三郎様』よ。あんたには悪いが、ワシは抵抗するぞ。儘ならない思いなんてもう十二分に味わっているからな。」
「……勝手なことを!」
「そうだな。ワシは勝手だ。嫌っている連中と大して変わらんのだろう。
だがなあ、それが人間なのよ。悪いが、これだけは譲れぬ。」
イーバはそう言い放つと、祭壇の上で何かを握り潰した。
それと同時に、イーバが地面に描いた図式が淡い光を放ち始める。
「お前!何をした!」
「まだ、何も。」
鹿の角が輝きを放ち始める。緑色の光だ。
凄まじい勢いで、周囲を満たしていた水気が木気に相生されていくのを『三郎様』は知覚した。
驚きを露にする『三郎様』をよそに、鹿の角は輝き続けて木気を練り上げていく。練り上げられた木気はイーバの身体に収められ、霊力の薄くなった空間には離れた場所の水気が喚び寄せられる。そして、集められた水気はさらに木気に相生される。
木気を生み出すためのシステムが完成していた。そのための祭壇だった。
「くっ!」
『三郎様』も周囲の水気を掌握することで、木気への相生を阻もうとする。しかし、一度ついてしまった勢いは止まらない。
生み出された木気によって、水気の掌握を逆に阻害されて、さらには『三郎様』自身が放出する水気まで相生されようとしていた。
「ムカデ擬きの分際でェ!」
怒りに声を震わせ、『三郎様』が叫ぶ。
鹿の角は光量を増しながら輝き続け、木気を生み出し続ける。
膨大な量の木気をその身に抑え込みながら、イーバは笑う。
「さあ!行こうか、掌の外へ!」
法衣をインベントリにしまい、皮袋を脱ぎ捨ててムカデへと身体を変化させる。鹿頭の肉は溶け落ち、白い頭蓋骨のみが残る。
森を割り、木々をへし折り、ムカデの巨怪が正体を表す。
「……ッオオォォォォォ!!!」
遅れて『三郎様』も人の姿から、本来の龍へと戻ろうとする。
そこをイーバは容赦なく襲った。
莫大な量の木気を使用し、バフや補正込みで1500を上回った知力値で繰り出した一撃は、イベントのボスとして上位陣のプレイヤーを敵に回す想定をして設計された『三郎様』の防御をも易々と貫き通し痛撃を与えた。
天が裂けるかのような雷撃が叩き込まれ、『三郎様』が吹き飛ばされる。
ズドン、という衝撃が大地を揺らした。
そこで攻撃の手を緩めず、イーバは追撃を放つ。
雷が雨のように浴びせかけられ、大地は抉られて森は吹き飛ばされ、辺り一帯に轟音と地響きが満ちる。
立て続けに撃ち込んだ雷撃による煙と砂埃で『三郎様』が視認できなくなったために、イーバは1次攻撃を中断した。
様子を窺いながら、周囲の水気から木気を生じさせ続ける。
地を這うように低い唸り声が聞こえてきた。
いつでも術式を展開して叩き込めるように構える。
ゴオッ、と風が吹き荒れ煙が散らされる。
龍が姿を表した。
灰色に近い黒の鱗が全身を覆う、蛇のように長い体躯と身体の大きさに比して小さめの手足を持つオーソドックスな龍だ。
その身体は最大展開したイーバとほぼ同等のサイズである。
ゆっくりと身体を起こしながら、龍はムカデと睨み合う。
龍が、咆哮をあげる。
水気を練り上げ生成した重く高純度な龍気が、無秩序かつ無遠慮に撒き散らされる。世界全てを揺るがすような叫びに、隠れて様子を窺っていた斥候たちは悶え苦しんだ。彼らは身体の奥の奥から揺さぶられ、押し潰されるかのような感覚を味わっていた。
龍の咆哮は北にある『撫養城』にまで到達した。カタカタと雨戸のサッシが揺れ、NPCは皆恐慌状態に陥った。
木気が押し退けられ、周囲を再び水気が満たしていく。
「うるせぇ!」
イーバは吠える龍に、容赦なく尾での一撃を見舞った。顎の下にモロに入った。
クリティカルヒットした一撃で咆哮は止められ、龍は森へと叩きつけられる。
木々が薙ぎ払われ、砂塵が舞い上がる。
彼は止まらない。
溜め込んでいた鬱憤を吐き出すかのように、次々に術を発動していく。
スキルや術の名前を詠唱することなく、ただ敵を蹂躙する姿はモンスターと何ら変わりなかった。
森が消し飛ばされ、地面が砕かれ、大気は焼き焦げ、爆音が鳴り響く中、ただただひたすらに術を行使し続ける。
傍から見れば優勢に思えるイーバだったが、余裕があるわけではなかった。
合間に回復を差し挟み、術だけでなく単純な暴力の行使も交えることでリソースの消耗を軽減している。
だがそれでも、リソースの減少が著しい。
巨体を維持するだけでもコストがかかるのだ。そこに術を組み合わせては、どうしても負担が大きい。
(初撃で制圧するっ!)
さらに術の回転速度が上がる。五行相生を、術の展開と同時にこなす。補給しながら攻撃をする。
止めず、迷わず、ノーブレーキで突っ走る。
「死ぃねぇぇぇぇぇ!!!!」
叫びながら術を放ち続けるイーバを突然、衝撃が襲う。
「ぐぅっっ!!!」
横合いからの重い一撃に、イーバは殴り倒される。
ズズゥン、と揺れとともイーバが森に沈む。
反対に『三郎様』が身を起こす。
「ムカデ擬き風情が、よくもやってくれたなァ!」
龍の身体から、怒りとともに龍気が立ち昇る。
不思議なことに、黒いはずなのに輝いて見える。斥候役も、『撫養城』から見ていた者たちも、その神々しさに思わず見惚れた。
「ムカデ擬きの式神よ。お前は、許さぬ。この四国三郎が葬り去ってくれよう。」
龍が、告げる。
戦いの終わりを、未来を告げる。
「く、くくっ。ふははっ!
いいぜ、第2ラウンドだ!」
ご高覧くださりありがとうございます。
よろしければ、いいねや評価をいただけると励みになります。ブクマ登録をしていただけると、喜んで続きを書きます。よろしくお願いします。
・イーバ
察してらっしゃる方が大半でしょうが、彼は教員です。ですが今は療養休暇に入っているため、時間が余っていてゲームが出来るわけです。
ちなみに彼がキレ散らかしているところで出た話は、実際の経験から一部抜粋したものです。オブラートに包んだり、特定に繋がりそうな部分はカットしました。
彼は子どもや授業の準備に関わるところ、行事の用意などは教員が力を尽くすものと認識しているため、あまりそこでの残業などに不満は持っていません。納得できればいくらでも働くタイプなので、結局社畜みたいなものです。が、それ以外での負担、特に保護者関係は嫌っています。




