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えいむじえばーあふたー  作者: 蒸らしエルモ
『春植えざれば秋実らず』
29/32

29:やりやがった!あの野郎!

少し長いですが、キリ良くしたかったので投稿です。

イーバでもメグルちゃんでもない一般プレイヤー(一般じゃない)のお話です。


 レジェンダリークエスト『禍福は糾える縄の如し 壱』が開始されてから10日目になる。


 拠点エリア『撫養城』の防衛を続けているプレイヤーたちの士気は低かった。

 ひたすらに続くモンスターの襲撃とその変化のない状況に、プレイヤーたちは飽き飽きしていたのだ。

 モンスターの数の変化やボスクラスの登場といった細かな違いはあった。だが、それだけだ。

 ひたすらモンスターを狩り続け、拠点を守り続ける。

 クリアの可否よりも、終了するまでの時間を気にしていた。指折り数えて防衛戦の終わりを待っていた。


 クエストアイテムである『三郎様の力の欠片』が未だに見つかっていないことも、プレイヤーの士気を挫いていた。

 少しずつだが手掛かりは掴めている。

 捜索すべきエリアも絞り込めつつあった。

 それでも、探す手が足りなかった。

 離脱するプレイヤーが増えていたのだ。お陰で効率が下がり、負担が増えてさらにプレイヤーが離脱する悪循環が発生していた。

 状況は停滞していた。


 この状況は運営の想定を下回っていた。プレイヤーが積極的でないのは、イベントとして考えると大きなマイナスだ。

 ユーザーに適度なストレスと快感を与える、そのバランスの調整が運営の仕事だ。このクエストに限って言えば、それは失敗していた。


 そう、この『禍福は糾える縄の如し ()』に限って言えば失敗だ。


 だが、壱があるなら弐や参もある。これは元々連続するクエストの予定なのだ。

 運営は壱でフラストレーションを溜めさせ、以降のクエストで爽快感を得られるように企んでいた。

 そう、いつかイーバが予想したように、これは失敗することが前提にあるクエストなのだ。

 クエストである以上、クリアの条件もそれを達成する手段も用意されている。そこは公平であった。

 だが、運営の想定でもクリアされる確率は僅かであったというのに、士気が落ちて離脱するプレイヤーが増えている現状でクエストを達成出来る見込みなど万に一つも無かった。

 さすがに運営として、フラストレーションを溜めさせ過ぎたからどこかでガス抜きをさせようと考え、新たな計画を練り始めていた。

 彼らは今日も、気を抜いてクエストの推移を見守っていた。その時までは。



♦️


「モンスターが少ない?」


 『撫養城』防衛に加わっているプレイヤー『アルテリオン』は、その報告を聞いて顔をしかめた。それはアルテリオン自身も感じていたものであり、誰かに指摘されたことで嫌な予感がしたのだ。

 モンスターは戦術的に連携したりしない。

 これまでは、何かに追い立てられるようにこちらに向かって来ていた。まるで逃げるように。

 それが少なくなったと言うのは、モンスターのポップに何か制限がかかったか、あるいは何か移動を阻害する要因があるかだ。


 アルテリオンは後者だと直感した。

 そして、その阻害する要因が取り除かれた時にはどうなるのか。

 決まっている。堰を切ったようにモンスターが雪崩れ込んでくるのだ。この『撫養城』目掛けて。


 その情報をアルテリオンに届けたプレイヤー『つやつやボディ』も同じことを考えていた。

 だから話したのだ。有力クランを統括するリーダー、アルテリオンに。


 アルテリオンは直ぐ様クランチャットに書き込みを行う。

 そう遠くない内にモンスターの総攻撃が予想されること、これまでの規模より大きいことが予想されること、今の内に対策を整えておきたいこと。

 それらをクランメンバーたちに共有していく。


「それから。」


 つやつやボディが口を開く。

 アルテリオンは目線で先を促す。


「例の目撃情報だが、裏が取れた。」


 ピクリとアルテリオンの眉が動く。

 例の目撃情報。それはここ数日、『撫養城』の防衛に参加しているプレイヤーたちがモンスターの群れの中に人影を見たというものだ。

 人影は小柄な少年であったと、アルテリオンは聞いていた。

 目撃したプレイヤーは1人2人ではなくかなりの人数に及び、皆同一の特徴をあげていた。なんでも、その少年には角が生えているらしい。


 つやつやボディはこの謎の少年について調査した。

 まず、目撃したプレイヤーから情報を収集した。それから、集めた情報を基にモンタージュを作成した。そして、それらの情報を持ってNPCに取材をした。

 取材の対象は、3日目に『三郎様』の怒りの理由を伝えに来た村長だ。

 渋る村長を宥めすかし、モンタージュを見せることで口を割らせた。


「どうやら、その少年とやらが『三郎様』で間違いないらしい。村長は震えていたよ。姿を現すことは稀らしい。」

「なるほど……。『三郎様』が襲撃に加わると?」

「その可能性は十分にあるだろう。」


 アルテリオンは、やれやれと首を振った。

 今の状況で敵のボスまで襲撃に来るとすると、とてもじゃないが耐えきれない。

 草臥れた様子のアルテリオンに、つやつやボディは同情的な視線を向ける。自分たちは検証班として、それなりに自由な身で良かったなと思いながら。


 アルテリオンとつやつやボディの会話と同様のものが、『撫養城』のそこかしこで行われていた。

 警戒を要することが、あっという間に広められた。

 クランチャットのみならず、掲示板やフレンドチャットも活用されて、『撫養城』にはイベント開始当初に近い数のプレイヤーが集まってきていた。




 物見櫓に登り、上からその様子を眺めていたつやつやボディは、脳内で勝ち目を試算する。

 モンスターの減少は不正確な情報だが2日前には始まっていたらしい。

 すぐに気付かなかったのは、モンスターの数がイベント開始から徐々に増え続けていたからだ。増えていたモンスターが増えなくなったことを、多くのプレイヤーが「この数で打ち止めなのだ」と錯覚した。


「今までの最大規模の倍くらいはありそうだ。」


 つやつやボディはぽそりと呟く。

 近くにいたプレイヤーの誰も気付かないほどの小声で発せられたその予言が、当たるかどうかはもうじき分かる。

 モンスターの襲撃にはとあるルールがあった。

 それは周期的におおよそ同じ時間間隔で行われるということだ。運営にも慈悲の心があったのだろうか。


(……いや、無いな。)


 つやつやボディは内心で否定する。

 慈悲の心があるならこんな罠みたいなクエストを用意しないだろう。

 参加機会を平等に与えるとかの名目で、管理の効率化とプレイヤーの不満軽減あたりが狙いだろう。

 つやつやボディはそう推測した。




 時刻は午後8時43分。

 アルテリオンは防衛戦線の構築を指揮していた。

 つやつやボディら検証班の予想では、モンスターの決壊はこの後、午後9時頃の襲撃時に発生する可能性が高いらしい。

 掲示板にそれらが書き込まれた際に、運営が全く反応しなかったことが情報の確度を高めた。

 『Aim the ever after』の運営は誤情報の拡散を嫌っており、誤りを大勢に広めようとするとすぐに対処してきていた。そんなこれまでの動きと比較すると、今回の検証班の予想はそれほどズレたものじゃないと、多くのプレイヤーは考えた。

 そうして、検証班の予想のもとに多くのプレイヤーが集い、『撫養城』は久々に明るく活気のある賑わいを取り戻していた。

 襲い来るモンスターなぞ何するものぞ、蹴散らしてくれよう。と意気軒昂なプレイヤーたちを見てアルテリオンは、表面上はにこやかに頼りにしてるぞなどと声をかけるが、内心では調子の良い奴らだと扱き下ろしていた。


 これまで『撫養城』を守り続けていたのは自分たちだと言う意識があるからだ。

 そんなところで、後からノコノコやって来た奴らが何を言おうが面白いことなど1つとて有りはしない。

 アルテリオンは複雑な思いを抱きながら、自分と同じく不満を感じているクランメンバーを宥めていった。


「いや、彼は凄いな。あんな苦労を買って出ているなんて頭が下がる思いだよ。」


 つやつやボディは物見櫓の上から、アルテリオンたちの様子を見て感心したように呟く。

 それを聞いて、ともに物見櫓に居た検証班のプレイヤー『フォーセル』は白い目を向けた。

 言葉と裏腹に面白がっているつやつやボディを、相変わらずのクソ野郎だなと思ったためである。

 フォーセルから向けられる視線を無視して、つやつやボディは森に双眼鏡を向ける。


「静かなものだな。」


 森からは一切の動きが感じられなかった。

 まるで全てが死に絶えたかのように静かだった。明らかに異様だ。これまで防衛戦に参加していたプレイヤーはもちろん、今日初めて参加する者も異質な空気を感じとっていた。


 午後9時が近づく。あと数分だ。

 だと言うのに、森からは鳴き声1つ聞こえてこない。

 その時だった。


「ん?あれは?」


 フォーセルが何かに気付いた。

 その声に、つやつやボディもフォーセルの指す方へ双眼鏡を向ける。


「ぼんやりとだが、何か光っているな……。」


 『撫養城』から見て、南南西になるだろうか。500mほど離れた所で何かが光っていた。

 明らかな異変に『撫養城』に集ったプレイヤーたちは色めき立つ。いよいよ何か始まるのか。期待と焦燥感が胸で渦巻く。


 つやつやボディとフォーセルは、物見櫓の上で謎の発光を観察していた。

 光は徐々に輝きを増していく。


「緑色の光……。」

「木気だと?おかしいな。」


 防衛戦が行われている『撫養城』周辺とそこから見える範囲全てが、『三郎様』の影響下に置かれている。

 四国三郎である『三郎様』は吉野川の化身。すなわち、河川の神、龍神である。当然、その身に宿すのは水気だ。

 故に、辺り一帯は水気に満たされていた。水気の色は黒。緑に光るはずがない。


「何か、いや誰かが居るのか?」


 敵陣真っ只中と呼んで良い場所に誰が居ると言うのだろうか。だが、『三郎様』が水気を木気に変換する理由など無い。

 つやつやボディとフォーセルは、輝きが強まっていく様子を固唾を飲んで見守った。



 アルテリオンは想定外の事態でも、落ち着いて対処していた。

 これまで観測されなかった緑色の光、午後9時を過ぎても姿を見せないモンスター、血気逸る一部のプレイヤーたち、頭を悩ませるものは沢山ある。

 それでもアルテリオンはリーダーとして、それらの問題に対処していく。

 光の発生源には斥候を送った。

 モンスターが待ち受けている可能性を考え、あくまで迎撃する方向で作戦は変更しなかった。

 どうしても言うことを聞かないプレイヤーは、囮として敢えて自由に森に入らせた。



 ジリジリと待つこと、数分。

 アルテリオンの元に、斥候役から無線アイテムでの連絡が届く。緊急事態発生の取り決めだ。

 努めて冷静さを保つように心がけてアルテリオンは通話する。


「どうした?」

『光の発生源に到着。2人の人影を発見。推定『三郎様』と……。』

「それと誰だ。」


 そう問い掛けた瞬間のことだ。

 ズン、と足元が揺れた。地震かと思ったが、ふと思う。このゲームでこれまで地震なんて無かったな、と。

 揺れがどんどん大きくなる。やけに長い。

 通話先も大変な様子なのか、慌てる声や物音が聞こえてくる。


(……何の音だ?メキメキと……木が倒れる音か?)


「おい、大丈夫か!?

一時撤退の許可は出す。すぐに帰還しろ!」

『……あれは…………おきぃ…………りゅ…………むかで………………ぃばか!……い、まきこm…………。』

「何だ!どうした!?」


 通信は途絶した。

 アルテリオンは『撫養城』内部の通信室から飛び出した。大急ぎで駆ける。

 そして、南側の窓からそれを見た。


「龍と…………ムカデ……。イーバか!あの野郎、何しやがった!」



 つやつやボディとフォーセルは、揺れる櫓の上で柱にしがみつきながらそれを見ていた。


 爆発的な光の拡大。


 そして2体の巨怪の顕現。


 対峙する龍と鹿の頭蓋骨を頭にした大ムカデ。森の木々の高さなど遥かに上回る巨体と、圧倒的な霊力の威容に『撫養城』は押し黙る。

 そこに笑い声が響く。


「ふっ、くくっ…………。あっははははっ!」


 つやつやボディは笑っていた。

 フォーセルはその馬鹿げた光景に唖然としていた。


「そうか、そうだったな!クソっ!気付かなかった!」


 つやつやボディは笑いながら己を罵倒する。

 答えを見せられていたのに理解していなかった、と喜びながら怒っていた。


(……その気持ちも分からなくはないけどな。)


 フォーセルも似たような気持ちだった。

 まさか、あの説教耐久配信に秘密が隠されていたなんて思いもしなかったからだ。


「イーバ!お前わざと黙っていたな!

このサプライズのために、見せておきながら説明しないでいたんだな!」


 聞こえやしない距離であるのに、つやつやボディは大声で喚いていた。してやられた気持ちだった。


 式体改造した部位は、基本的に見た目が人外のそれになる。イーバの鹿頭が分かりやすいが、何かをする必要なく異形なのだ。

 対して、配信内でイーバが体をムカデのそれに変化させた時、彼は木気を練り上げ大仰に変身して見せた。だから、それを見た者たちは全身の異形化にはそういった何かしらのプロセスが必要なのだと勘違いさせられた。

 だが、違った。ムカデになるのに必要な手順ではなかった。見せられたのは()()()ムカデになる手順だったのだ。

 そして、これがそれを最大限に発揮した結果だ。

 あの数十mはあるだろう体躯に、膨大な霊力、もはやプレイヤーの域を飛び出していると言っても過言ではない。


「つやボさん。あれって普段から出来るんですかね?」


 フォーセルから質問が飛んでくる。いや、彼の目には確信の光があった。


「多分無理だろう。普段から出来たらバランスブレイカーも良いところだ。ある程度事前の準備や条件があるはずだ。」

「ですよね。……そう言えば、以前配信中に今回のイベントは相性が良いって発言してましたね、彼。」

「……ああ、言っていたな。……水気、あるいは木気で満ちたフィールドが条件の1つか?」

「あり得ますね。」


 櫓の上で互いの考えを交換し合う2人。

 その下では、森から逃げ出してきたモンスターと迎え撃つプレイヤーの戦いも始まっていた。



 『禍福は糾える縄の如し 壱』10日目の夜。

 後に【怪獣大戦争】と呼ばれる事態の始まりである。

ご高覧くださりありがとうございます。

よろしければ、いいねや評価をくださると大変励みになります。ブクマ登録までしていただけると、それはそれは喜んで続きを書きますので、よろしくお願いします。


・アルテリオン

バージョン1からの古参勢です。イーバとも面識があって、フレンド登録もしています。鹿がなんか好き放題やってるのにキレて、後でメール爆撃しました。大手クランのリーダーをやらされていて、他クランとの折衝やイベントでのまとめ役など、面倒事を振られやすい人です。生え際の後退が気になり始めています。


・つやつやボディ

検証班の1人です。イーバともフレンドでそこそこ気が合うようです。この日は検証班持ち回りでの『撫養城』の周辺警戒の当番でした。この人も異形化の検証に参加していて、腕が河童のようになっています。乾燥肌が悩みです。


・フォーセル

検証班の1人で、この人も周辺警戒の当番でした。『小鬼将軍の全身鎧』で全身の異形化に挑戦しましたが、異形化出来ませんでした。ちなみに、小鬼が好きとかそんなことはなく、検証する際に手元にあったからそれにした、という後先考えない人です。わりとしっかりメグルちゃんの配信を見てるアストロノーモです。

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