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えいむじえばーあふたー  作者: 蒸らしエルモ
『春植えざれば秋実らず』
27/32

27:英国紳士切腹事件


「皆さん、こんにちは!『美花星メグル』です!前回の配信ではおししょーにボッコボコにされましたが、今日は一矢報いますよ!」


 第9回の配信である。

 場所はまたもや〔アカシ〕近郊の海岸であった。


 前回の配信では、師弟プレイヤー用の『稽古』モードを使ったPVPを行った。

 そしてメグルは完全に敗北した。それはもう見事に負けた。


 結果に文句はない。運など関係なく、純粋な力負けだった。

 だが、ゲームとしてレベルが上のプレイヤーに挑んでいるのだから負けても仕方ない。と、メグルは思いたくなかった。


 格上が相手でも勝ちを拾えるように、幼少の頃から修練を積んできたのだ。

 それを封殺されては立つ瀬がない。

 しかしながらメグルは、イーバに技量で優っているわけではないことを昨日散々教え込まれた。


 それでも勝ちたいと、彼女は考えた。

 そしてあることに思い至る。

 勝つまで戦えば良いのでは?と。


 それを鹿頭の師匠であるイーバに伝えると、彼は大笑いしながら条件付きで了承した。

 1日に多くても10回まで。イーバが止めと言ったら終わりにすること。

 『稽古』を行うのは配信中のみにすること。

 『稽古』の後も冒険すること。


 メグルはこの条件を受け入れた。

 さらには口が滑って「これだけでいいんですか。」なんてことを言ってしまった。

 イーバはメグルの一言を受けて、ならばとさらに条件を追加した。

 追加された条件は、イーバの他のプレイヤーと交流を持つこと、であった。


 メグルが『稽古』継続の経緯を視聴者に話すと、チャット欄が沸いた。

 これまでメグルと交流を持てたプレイヤーはほぼいない。

 降って湧いたチャンスに、ファンは喜びを露にした。珍しくイーバを褒めてすらいた。

 現金な奴らめ、とチャット欄を覗いていたイーバはふと思う。そう言えばファンネームはあるのか、と。

 早速聞いてみた。


「ところでメグルちゃん。ファンネームは決めてあるのかな?」

「もちろんですよ、おししょー。ファンの人たちと話し合って決めましたよ!」


 おししょーのいない時に!と笑うメグル。

 向日葵のような見事な笑顔を見せるメグルを見て、しかしイーバは安心しない。

 ファンと話し合って決めた?自分が見つけるまで話し合えるほどの視聴者が居なかったメグルが、ファンと話し合ったのならそれはイーバが掲示板から誘導してきた奴らが大半になる。

 悪ふざけの予感しかしない。

 勿論、女の子であることは流石の彼らとて弁えるだろう。だが、それは真面目に考えることとイコールにはならない。

 恐る恐るイーバは質問した。


「それは、何と言うのだ?」

「マーマイトです!」

「なんて?」


 予想外の変化球にガクンと膝の力が抜ける。

 疑問しかない。


「だから、マーマイトです!」


 聞き間違いや空耳であれば良かったのに。

 イーバの願いも虚しく、メグルは自信満々に繰り返した。

 彼女は師に語る。いかにしてその名を付けるに至ったのかを、誇らしげに視聴者と交流した内容を伝えた。


 曰く、初めに候補に上がった物は星から連想した物たちであった。

 その中でも有力な候補であったのが『星の観測者(スターゲイザー)』だ。だがメグルはこれに不満を持った。可愛くないな、と。

 すると、視聴者たちはそこからさらに連想をしていった。縮めて『観測者(ゲイザー)』では視聴者たちも満足しなかった。

 その時、誰かがコメントした。『スターゲイジーパイ』なる食べ物があると。メグルは偶々そのコメントに注目した。どんな食べ物かが気になった。

 視聴者たちは面白がったが、メグルはどんな食べ物か知らない上に長いからあまり気乗りしなかった。それを見てチャット欄ではさらに連想が進んでいき、出てきたのが『マーマイト』。響きは可愛らしく、食べ物らしいというのも悪くない、とメグルは感じた。

 そこで、視聴者たちにアンケートを取ったところ賛成多数により『マーマイト』に決定した次第である。とのことだった。


「……マーマイトって可愛いのか?」

「マーメイドっぽくて良くないですか?」


 さて、これで分かったのはメグルの悪ふざけではないことだ。彼女は至って真面目に考えて、己の感性によってそう名付けた。

 どうしたものかと、イーバは内心頭を抱えた。


 別に不都合は無い。無いのだが、イギリスの発酵食品を名乗るファンたちでは、新規の視聴者を呼び込みにくい。

 それこそ、本物のマーマイトのように癖の強いチャット欄やファンたちになってしまう。今でさえ、その傾向があるというのに。

 ……やっぱり不都合あるな、これ。


『すまんかった。』

『てっきりアンタが止めると思ってた。』

『まさか内緒にしてたとは。』

『気付いて放置してるとばかり……。』

『ごめん。』

『メグルちゃんそれ気に入ったのね。』

『草。』

『ドンマイ。』

『そんなことになってたとは知らんかった。』

『今明かされる衝撃の事実っ!……マジで?』

『マーマイトかぁ。うーん。』


 チャット欄を見やれば、悪乗りを反省するコメントやそもそも知らなかったというコメントが流れていく。

 彼らもメグルが本気で名付けるとは思っていなかったのだ。ネットに触れている者からすると、英国料理と英国兵器は大概ネタにされるものだ。ネタとして消費されなかったことが予想外だった。


「あ、そう言えばなんか楽器みたいな名前も勧められました。長いし却下しましたけど。」


 メグルが呟く。

 英国面に染まった流れ、楽器みたいな名前、長い名前。イーバはそれが何かすぐに気が付いた。


「それは。……パンジャンドラムって言わなかったかい?」

「そうです!それそれ!音楽っぽいのはいいんですけど、アタシ別にドラマーじゃないから無いなって却下しました。」

「それ正解。」


 それはもう完全に悪ふざけである。

 とりあえず、イーバは打てる手を打つことにした。


「メグルちゃん、ファンネームはこちらで考える。マーマイトは残念だけど却下だ。チャット欄の連中もふざけたことを反省している。」

「えっ!あれ、おふざけだったんですか?」

「1種の内輪ネタみたいなモノだ。」

「……そう、だったんですか…………。」


 思いの外気に入っていたらしく、メグルは肩を落とした。

 イーバは、高速で謝罪と励ましのコメントが流れていくチャット欄を彼女に見せる。

 どうやら本当にネタだったらしいことを納得し、メグルは「しょうがないですね。」と呟いた。


 そしてイーバは周囲にぐるりと視線を巡らせる。

 2人を囲むように人だかりが出来ているのだが、そちらに向けて声を張る。


「何か知っているものはいるか!」


 周囲を囲むのは、メグルの配信の視聴者だ。でなければ、こんな何もない所に集まったりしない。

 それもわざわざ見に来る連中なら、かなりディープな層だろうとイーバは考えた。ファンネームを考えた時にも視聴していた可能性がある。


 1人、ビシリと肘を真っ直ぐに伸ばして堂々と進み出てきた者がいた。

 その姿は、燕尾服にシルクハット、ステッキとまるで往年の喜劇王チャーリー・チャップリンかのようだ。ご丁寧にちょび髭まで整えている。


 その場にいる誰もが思った。こいつの仕業だ、と。


 英国紳士らしきプレイヤーが口を開く。


「それ、全部私です。」


 沈黙が場を満たす。だろうなと皆が感じた。


「何故、そんな真似を?」


 イーバは一応動機を問うた。


「いや、面白いかな、と。それから、英国面に落とす絶好の機会だと思ったものですから。」

「切腹を申し渡す!」

「なんですと!?」


 イーバは即座に有罪と判決した。

 切腹を申し渡すと同時に、人集りが英国紳士被れを囲むように形を変える。

 紳士擬きが叫ぶ。


「何故ですか!裁判長!」

「配信を面白くしようという心意気、自ら名乗り出る姿勢、実に結構。

なれど、己の思い通りに配信者を動かそうとすることなど許されぬ。主役は配信者であることを心得よ。

また、お主は一度も謝罪の言葉を口にしておらぬ。故に、切腹を申し付ける。」

「くっ!」

「介錯致す。」


 周囲の人の壁から、1人の男が進み出る。

 その手には既に抜き身の剣が握られている。

 メグルは戸惑い、見ていることしか出来なかった。


 困惑するメグルを余所に、事態は勝手に進んでいく。

 燕尾服の男がその場に正座し、剣を持った男が脇に立つ。

 そして、切腹と介錯が行われた。

 ポリゴンが爆散し、消える英国紳士。静かに剣を納める介錯人。それを見守る群衆。

 一体いつの時代の話なのか。メグルは混乱の最中にいた。


「介錯、お見事。

これにてこの件は仕舞いとする!ファンネームについては、チャンネルのコミュニティに掲示することを約束しよう!」

「「「おお!」」」


 英国紳士を囲んでいた人の壁が一斉にはけていく。そのやけに統率の取れた動きに、メグルは少しだけ怖くなった。

 一仕事終わった充実感を漂わせて、イーバがメグルの方を振り向く。


「おや?メグルちゃん、どうしたのかな?」

「えっと、今のは?」

「そうか、メグルちゃんは知らないのか。今のも内輪ネタになるな。このゲーム内で行われる『切腹』だ。」

「はあ……。」


 説明になっていない説明に、メグルは首を捻る。

 だが、イーバは彼女のその様子を意図的に無視して話を進める。


「ファンネームについては配信後に相談しよう。ついでにその時に、他にも相談したいことがある。」

「分かりました。けど、今のは?」

「『切腹』だな。」


 あ、答える気無いな。メグルはそう気付いた。

 実際、イーバはメグルに教える気などさらさら無かった。

 『切腹』は内輪ネタとして、別に知らなくて良い部類に入る。今回は犯人も観衆もイーバの知り合いが多かったために、さっさとけりをつけるべく行ったがやらずに済むならその方が良い手段だ。

 そんなものを教える気には、到底なれなかった。


「さてと、今日は『稽古』するのかい?」

「……えっと、ちょっと休憩したらお願いします。」


 メグルは気勢を殺がれた様子だ。

 イーバは彼女がやる気になるまで待つことにした。良いファンネームが浮かばないか、と考えながら。

ご高覧くださりありがとうございます。

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・『切腹』

『あちゃー』内で明らかな非がある時に、当該プレイヤーが責任を取るために行う自決です。一部のプレイヤー(主に古参勢とスレ民)が活用しています。

申し付け役、介錯人、観衆が揃っている場合でなければ実行されません。揃えずに『切腹』を行おうとした場合、または三者が口裏を合わせて『切腹』を強要した場合、加えて『切腹』を知らぬ者に強要した場合は処罰の対象になります。

割腹による自傷ダメージ→介錯で食い縛り発動→自傷による継続ダメージで死亡。というプロセスで行われ、介錯人はPKの判定を受けずに済みます。

不慣れな介錯人が時折失敗してレッドプレイヤーになるのはご愛嬌。そうした場合、直ぐ様『切腹』を行いレッドから脱するように取り計らいます。

運営としては、『切腹』は全ての場合でログの検証が必要になるため好ましく思っていません。が、今日までしぶとく残っているため、仕方なく問題発生時のみ対応という形にしています。

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